04 幼馴染と約束と血眸さまと
『いっちゃんは、どんなときもあたしを助けてくれる。一緒に居てくれる。だってあたしの、王子様だから』
一可は別に、幼いころから玖契村に住んでいたわけではない。
ただ、母の帰省に伴い、正月と盆、それ以外でも時々、彼はこの小さな村落を訪れていた。
当然、村に友達などおらず、遊ぶとき、彼はただ孤独だった。
近衞一可は、どこまでもよそ者であり、どれほど村の中で発言力の強い美千代の孫とはいえ――むしろそうであることが、彼の孤独を際立たせた。
そう、ひとりの少女――久世悠莉と、出会うまでは。
遠巻きに、村の子らが遊んでいるさまを眺めていることしかできなかった一可少年を、悠莉はその持ち前の明るさで、そのまま輪の中に引き込んだ。
初めこそ村の子供たちは難色を示したが、悠莉があまりにも熱心なものだから、いつの間にか根負けして、一可を仲間と認めるようになっていった。
ひとりの少女の振る舞いで、村の名士一族に連なるとはいえ完全なよそ者が、しかし村の一員として認められたのである。
以来、一可は悠莉に、恩義を感じている。
その恩は、並々ならぬものだ。
ある夏の日、悠莉が山に入り、そのまま姿が見えなくなったことがあった。
それに真っ先に気が付いたのは一可であり、村人たちの制止も聞かず、山中を駆けずり回って悠莉を見つけ出したのも、また他ならぬ彼だった。
崖から転がり落ち、右足を痛めて河原で泣いていた悠莉を見つけ、その背に負って、泣きじゃくる彼女をあやしながら村まで連れ帰った一可は、村の一同から賞賛された。
感謝された。
それから本当に、彼は村の人間として溶け込むようになっていったのだ。
だけれど久世悠莉が、なぜ山に入ったのか、そうしてそれをどうして近衞一可が知ることができたのかは、そのまま、彼らふたりだけの大切な秘密になった。
その秘密を交わす際に、結ばれたひとつの約束が『どんなときでも一可は悠莉のそばにいる』というものであり、同時に、そのとき以来びっこを曳くことになってしまった悠莉の、足の代わりになるというのが、一可なりの恩義の示し方だった。
そんなことを思いだしながら、
「調子、どうなんだ」
ぶっきらぼうにそう尋ねると、悠莉は小さく微笑んで、
「ん、ゼンゼンだいじょうぶ」
そう答える。
嗚呼、と、一可は心の中で思う。それは、なにも変わらぬやり取りだったからだ。
姿こそ変れども、幼い過日となにも変わらない、そのままのありようだったからだ。
それからふたりは、いろいろなことを話した。
興味がないからではなく、それは必死でお互いの間隙を埋めようとしているからだった。
彼らの声は小さく、儚く。
そのほとんどは土砂降りの雨の中にとけてしまった。
ただ、
「結婚したいと、考えているひとがいるんだ」
一可のその言葉だけは、奇妙に大きく響き。
「ん。きっといっちゃんなら、幸せに出来るよ」
答えた悠莉の頬笑みは、一可の脳裏に焼き付いて生涯離れることはなかった。
「いっちゃん。いっちゃんはさ、いつまで村にいられるのかなー」
「さあ、いつまでかな。雨がやんで、道路が通れるようになれば、すぐにでも帰りたいのだけど。彼女のことも、待たせているし……」
「そっか……じゃあ、それまではたくさん会えるね!」
「……ああ」
嬉しそうに笑う悠莉に、一可も相合を崩し、頷く。
「ところでいっちゃん」
「なんだよ」
「ここ何年か、帰ってきていなかったでしょ?」
「ああ」
「村はずれの一軒家のお話し、知ってる?」
「それは」
彼の脳裏をよぎるのは、猫と老人、そして
(赤い、血のように紅い、
記憶の中で、わずか一日前の出来事が鮮明によみがえり、一可はブルリと震えた。
その様子を横目で見て、見て取って、しかし悠莉は語る。
「あの家、すごく離れたところに立っているよね。それに、いつできたのかわからない」
「解らないって……最近じゃないのか? 俺が子供のころはなかったし」
一可が問えば、悠莉はゆっくりとかぶりをふる。
「いつの間にかあそこにあったんだよ、いっちゃん」
ぶるり。
もう一度、今度は一層強く。
一可の身体が、震えた。
彼の目の前で、よく知っているはずの幼馴染が、まったく知らない表情を浮かべている。
無表情に近いのだが、目が丸く見開かれ、左の口の端だけが、わずかに持ち上がっているのだ。
(怖い)
一可の背筋が粟立ち、全身に鳥肌が立った。
悠莉が続ける。
「いったいいつから、いつの間にかそこにあったの。この数年のうちにできあがって、だけど新築にはみえない。それより前には確実になかったけれど、でもずっと前からそこにあるような気さえする。おかしな、おかしな建物なの」
「…………」
「それにね、いっちゃん」
彼女は、言った。
表情を変えず、ただし、そこに宿る影を色濃くしながら。
その屋敷には――と。
「その屋敷には――
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