Housework3 隆靖のハーレム&プチパパ体験日和

早朝、六時半頃。

「隆靖お兄ちゃん、起っきろーっ!」

「うぼぁっ! ウィゾマーちゃん、その起こし方やめろって。重い」

 隆靖はウィゾマーの声ですぐに目を覚まし、苦しそうな表情でお願いする。彼の腹の上に思いっきり乗っかられたのだ。

「もう、隆靖お兄ちゃん、重いは失礼だよ。アタシまだ三〇キロちょっとなのに」

「いっててて」

 さらに強く密着されてしまった。

「早く起きて朝ご飯作ってぇー」

「分かったから早くのいて」

「はーい」

 ウィゾマーが大人しくのいてくれたと思ったら、

ウォォォォォーッ! ヴォォォォォォォーッ!

今度はサトゥンサが乗っかって来た。ハイテンションな気分で雄たけびを上げる。

「サトゥンサまで。めちゃくちゃ重いから早くのいて」

「サトゥンサは今体重五〇キロくらいだな。サトゥンサ、早くのきなさい」

 ウィゾマーに注意されると、

 ウッフォ。

サトゥンサは名残惜しそうに隆靖の体から離れた。

「オスのオランウータンは大人になると八〇キロくらいになるんだよな」

 隆靖は昨日と同じようにカーテン裏に隠れて私服に着替え始める。

 ウッホ。

「サトゥンサ、カーテン捲って俺の着替え覗かないでくれ」

 トランクス丸見え状態の時に覗かれた隆靖は、呆れ気味に注意した。

「サトゥンサとピョネコンティは、アタシが着替えてる時も毎日のように覗いてくるよ。サトゥンサ、今日は大人しくお留守番しててね。日本じゃオランウータンを自由にお散歩させられないから」

 ウフォーン。

サトゥンサはしょんぼりしてしまう。

「いっしょにプール行きたかったのか」

 隆靖はちょっぴり同情したようだ。

「アタシも本当はサトゥンサを連れて行きたいよ。サトゥンサ、お土産買って帰るから」

 ウフォフォフォォォォォォォッーッ!

 サトゥンサはウィゾマーの計らいに大喜びだ。雄たけびを上げ、隆靖のベッドの上をぴょんぴょこ飛び跳ねる。

「あの、サトゥンサ、ベッドが傷むから、やめて欲しいな。サトゥンサは、俺んちで留守番させるつもりなのか?」

「うん、明るいうちにアタシんちへ帰らせると絶対目立っちゃうし」

「それもそうか。サトゥンサ、俺の部屋は荒らさないでね」

 ウフォ♪

「分かってくれてはいるみたいだな。ウィゾマーちゃん、やっぱ今朝も俺が作らなきゃいけないのか?」

「当然でしょ。契約期間中なんだから」

「面倒くさぁー」

 隆靖は目覚めはすっきりとしていたが、だるそうに朝食作りをこなしていった。

 今朝はシリアル食品にキウイとバナナ。準備に要した時間は十分足らず。昨日以上の手抜きである。

 サトゥンサもテーブルイスに腰掛けて、いっしょに朝食を取る。

「サトゥンサ、新聞読みながら朝ご飯食べるのはやめなさい。お行儀悪いよ」

 ウィゾマーが注意すると、

 ウフォウフォゥ。

サトゥンサは大人しく新聞を横に置いた。

「サトゥンサ、お父さんみたいね」

 母はにっこり微笑む。

「ニュースに興味あるオランウータンか」

 自分の席と眼鏡をサトゥンサに奪われ、立って食事をしていた父も深く感心していた。

 隆靖は朝食後は食器洗い、

ウィゾマーちゃんと絵梨乃姉ちゃんの下着に触れるのは、なんか罪悪感が……。

そして洗濯も今日は干す所まで全て一人でやらされたのだった。

          ※

九時ちょっと過ぎ。

隆靖達は電車を乗り継いで近隣の東京サウスアイランドパークを訪れた。屋外プールもあるが、例年通り六月三〇日まで休業中だ。

みんなはガラス張り吹き抜け開放感たっぷりのドーム内へ。

「水着のお店寄って行こう! あたし、新商品見たいっ!」

「俺は全く興味ないや」

隆靖以外のみんなはプールゾーンへ向かう前に、スイムショップへ立ち寄ることに。

「みんなはビキニとか紐パンとかTバックタイプの水着は着ないの?」

「実帆子ちゃん、高校生の私には過激過ぎるよ」

「わたしはこれは無理です。こんなの着たら隆靖さんも目のやり場に困っちゃいますよ」

「Tバックのは、日本のお相撲さん以上におしり丸見えだね。アタシはワンピースタイプの方が好き♪」

「ワタシもそれが一番落ち着くなぁ」

「みんなまだまだ子どもね。このタイプの方がトイレに行きたくなった時便利なのに。あっ、あの海パン、隆靖にぴったりかも」

 女の子みんなで楽しそうに商品を眺めている中、

なんとも手持ち無沙汰だ。

 隆靖は店外の休憩所ベンチでスマホをいじりながら待機。

「隆靖お兄ちゃん、実帆子お姉ちゃんがかっこいい海パン買ってくれたよ。ほら見て。アタシの故郷のジャングルにもいるキングコブラさん柄。これ穿いて」

「俺、そんな派手なのは着ないから。無駄遣いはダメだよ」

 五分ちょっとでみんな戻って来てくれた。

 いよいよプールゾーンへ。

やっぱ女の子達はまだ着替え終えてなかったか。予想は出来てたが、カップルや家族連ればっかりだな。

 隆靖が一番早く着替えを済ませ、プールサイドへ。ショートスパッツ型の地味な紺色水着姿で前方に広がる光景を眺めていると、

「隆靖、どう、似合う?」

 実帆子が露出たっぷりのライム色ビキニ姿で現れ、こう問いかけて来た。

「似合わない」

 隆靖はろくに見ずに即答する。

「ひどいなぁ隆靖。隆靖の高校も水泳の授業もうすぐ始まるでしょ? 特訓してあげよっか? あたしも水泳そんなに得意じゃないけど、クロールなら五〇メートルくらいはノンストップで泳げるよ」

「べつにいいって」

「あぁん、もう。それじゃ、いっしょにゴムボートに乗って遊ばない?」

「断る」

「隆靖ったら、照れなくっても。昔はよく遊んだじゃん」

 実帆子はくすっと微笑む。

「隆靖お兄ちゃん、やっぱりキングコブラさん柄の穿いてくれてなーい」

「隆靖くん、この水着どうかな?」

「隆靖さん、お待たせしました」

「タカヤス、これで目立たないかな?」

 他のみんなは露出の少ないワンピース型水着だ。他のみんなは露出の少ないワンピース型水着だ。ウィゾマーと碧衣はお揃いのトロピカルフルーツ柄、史織里は青地白の水玉柄。

絵梨乃は和風なアジサイ柄で、恥ずかしいのかひまわり柄のパレオも巻いていた。

「みんなよく似合ってるよ」

 隆靖はしっかり見ずに作り笑いを浮かべ、社交辞令のように言ってあげた。

「この風景、故郷を思い出すよ。こんなに人はいっぱいいないけどね。みんな、泳ぐ前に入念にストレッチをするよ。みんなアタシの後に続いてね。まずは開脚ストレッチから。いーち、にっ、さんっ!」

 施設の常夏の島再現度に満足げなウィゾマーはノリノリだ。

「いっち、に、さん」

 掛け声を出して楽しそうにこなしていく実帆子。

「ウィゾマーさん、そこまで曲げるのは無理です」

 優佳もやる気満々でウィゾマーの動きに合わせようとする。

「周りの人は全然やってないのに、なんか恥ずかしいな」

「ワタシも。めちゃくちゃ見られてるよね?」

「俺もだ。今日は遊びだし、べつにやる必要なんてないよな?」

「碧衣お姉ちゃん達も真面目にやってー」

 他の三人は照れくさそうに準備運動をこなしていった。

 首の運動で閉め、

「それじゃ、泳いでくるね」

 ウィゾマーはプールへ駆け寄り、

「それーっ!」

前方宙返りをしてドボォォォンと飛び込んだ。

「ウィゾマーさん、身体能力凄過ぎ」

「飛沫がほとんど上がってないのがさらに凄いよね。ワタシも水泳の練習もしようと思ったけど、これだけ人多いと恥ずかしくて出来ないよ」

「私も泳ごうとは思わないな。ビーチボールで遊ぶ方がいいよ。ねえ隆靖くん、ふくらませてー」

「足踏みポンプ使ったら簡単だろ」

「それだと隆靖くんに見せ場を作れないと思って」

「作る必要ないと思うんだけど……分かった、分かった。ふくらませてあげる」

 隆靖は地球儀型ビーチボールの空気穴の部分を口にくわえ、息をフゥフゥ吹き込んでいく。

「疲れたぁー」

 満タンにした時にはかなり息が切れていた。

「ありがとう隆靖くん、さすが男の子だね」

 碧衣から感謝されるも、

「隆靖、肺活量少なそうね。時間かかり過ぎ」

 実帆子にくすっと笑われてしまう。

「隆靖くん、こっち投げてー」

「分かった。それじゃ俺はあの辺にいるから」

「隆靖くんもいっしょにビーチボールしよっ♪」

「俺はいい」

 隆靖は碧衣に向かって投げると、そそくさ四人がいる場所から離れていく。

「隆靖ったら、せっかくのハーレムなのに。碧衣ちゃん、こっち投げて」

「実帆子ちゃん、いっくよーっ。それーっ。あっ、ヤシの木の方へ飛んでっちゃった。ごめんね」

「ドンマイ、ドンマイ」

「ミホコお姉さん、パス」

「それっ」

「絵梨乃さーん、わたしのとこへよろしく」

「はいどうぞ。あっ、プールの中入っちゃった」

 四人は不器用ながらもビーチボールで遊び始める。

 それから五分ほど経った頃、

「あたし隆靖のとこ行って来るね」

 実帆子は優佳に向けてトスを上げるとそう伝え、ここから立ち去る。

ガジュマルって独特な形だよな。

 同じ頃、隆靖はベンチに腰掛け、プールサイドに生えている熱帯植物を観察していた。

「ねえ隆靖、碧衣ちゃんといっしょにこれに乗ってあげて」

 そこへやって来た実帆子は、途中レンタルコーナーに寄って借りて来たビニールボートをかざす。

「嫌だって」

「あそこのカップルだってやってるでしょ?」

「俺と碧衣ちゃんはカップルじゃないし」

隆靖はベンチから立ち上がり、スタスタ早歩きで逃げていく。

「待って隆靖」

「しつこい」

 隆靖が不快な気分でこう呟いた直後、

「隆靖くん、危なぁい!」

 碧衣の叫び声。

 ビーチボールが飛んで来たのだ。

「ぐわっ!」

 それは隆靖の後頭部に直撃した。

「ごめんね隆靖くん、わざとじゃないの。怪我はない?」

 碧衣はぺこぺこ何度も頭を下げて謝ってくる。

「碧衣ちゃん、俺は平気だから、気にしないで」

 隆靖は優しく伝えた。

「ねえ碧衣ちゃん、このボートに隆靖といっしょに乗ってあげて」

「えっ、それは、ちょっと、恥ずかしいな」

 碧衣は照れくさそうに笑ってためらう。

「ほら、碧衣ちゃんも嫌がってるだろ」

「あぁん、残念」

「タカヤス、アオイちゃん、三〇秒だけでもいいから乗って」

「碧衣さん、隆靖さん、お願いします」

「それじゃ、乗ろっか、隆靖くん」

「あっ、ああ」

 隆靖と碧衣はプールに浮かべたビニールボートに乗っかると、向かい合った。

「なんかバランス悪いね。ちょっと動いたら落ちそう」

「そうだな」

けれどもお互い視線は合わせられずにいた。

「二人とも、はいチーズ」

 実帆子に防水デジカメでちゃっかり撮影されてしまい、

「こらこら」

「実帆子ちゃん、恥ずかしいよ」

 隆靖は苦笑い、碧衣は照れ笑いする。

「タカヤスとアオイちゃん、本当のカップルみたい。ユカちゃんも、テツヒデくんとこういうことしてみたいなって思ってる?」

「いやべつに」

「本当かなぁ優佳ちゃん」

「本当です実帆子さん」

 優佳がむすっとした表情できっぱりと伝えた直後、

「うっ、うわぁっ!」

「きゃっ!」

 隆靖と碧衣の乗ったボートが転覆してしまった。二人とも水中へ放り出される。

「やっほー隆靖お兄ちゃん、碧衣お姉ちゃん」

 ウィゾマーが水中から底の部分を手で勢いよく押し、バランスを崩させたのだ。

「こらウィゾマーちゃん、危ないだろ」

「ウィゾマーちゃん、私びっくりしたよ」

 しかめっ面の隆靖と、にっこり笑顔の碧衣の反応を見て、

「えへへっ」

 ウィゾマーは得意げに笑う。

「ウィゾマーさん、ダメですよ、そんなことしたら」

 優佳は叱らず優しく注意。

「はーい。ごめんなさい。アタシ、ウォータースライダーで遊んでくるねーっ」

ウィゾマーはそう伝えてその設備がある場所へ駆けて行った。

「わたしもウォータースライダーで遊ぼっと。あれ大好き」

 優佳も後に続く。

「隆靖は碧衣ちゃんといっしょに乗ってあげなよ」

 実帆子はこう勧めてくる。

「それはちょっと……」

「あの、隆靖くん、いっしょに乗って。一人じゃちょっと怖いから」

 碧衣に手首を掴まれお願いされ、

「わっ、分かった」

 隆靖は緊張気味に承諾した。

「隆靖と碧衣ちゃんは、二人乗り専用のあれに乗るべきね」

 実帆子は三種類あるウォータースライダーのうち、最も傾斜が急なのを指した。

「いやいや、俺は緩やかな青色の方に」

「私もそっちがいい。もっと緩やかな子ども用の方ならもっといい。あれは見るからにものすごーく怖そう。ライオンさんの口からして」

「タカヤス、アオイちゃん、カップルに大人気だからあちらに乗ってみて」

「あっちの方が絶対楽しいですよ。わたしもあれに乗るので」

「優佳ちゃんも乗るなら、乗ってあげてもいいかな」

「しょうがない、一回だけだからな」

 実帆子、絵梨乃、優佳はわくわく気分、碧衣と隆靖は億劫そうに待機列へ。

「実帆子お姉ちゃん、アタシも身長制限ぎりぎりクリアー出来たから、あの急なやつに乗るぅ。実帆子お姉ちゃんいっしょに乗ろう!」

「いいわよ。よかったねウィゾマーちゃん」

「うん、四月の身体測定の時は139.6しかなかったから嬉しい♪」

 一四〇センチのラインになんとか並べてウィゾマーは大満足げだ。

「すごく楽しそうにはしゃいでるね」

「よく楽しめてるな。俺には感覚が理解出来ん」

 乗ろうとしているウォータースライダーから急降下したカップルを見て、碧衣と隆靖は苦笑い。

 実帆子とウィゾマーの後ろに隆靖と碧衣。その後ろに優佳と絵梨乃が並んだ。

「もう順番回って来たわ。それじゃみんな、お先に」

「楽しみ、楽しみ♪」

 実帆子とウィゾマー、わくわく気分でゴムボートに乗り込み、

「それじゃ、行ってらっしゃい」

 お姉さん係員からの指示で出発。ちなみにウィゾマーが前だ。

「隆靖くん、前に乗ってね」

「分かった」

 ついに順番が回って来た隆靖と碧衣は、恐々とゴムボートに乗り込む。二人とも手すりをしっかりと握っていた。

「彼氏さん、怖がらずに頑張って♪ それじゃ、行ってらっしゃい」

 お姉さん係員からの気遣いの声もかけてもらっていよいよ出発。

 二人の乗ったゴムボートが、高さ十メートルの場所から急斜面を猛スピードで急降下していく。

「うわぁぁぁっ!」

「きゃぁぁぁっ!」

 落下地点でザブゥゥゥーンと高く水飛沫を上げ、二人ともずぶ濡れに。

「隆靖くん、大丈夫?」

「当然」

 ボートの動きが落ち着いたのちそんな会話を交わした直後、

「実帆子お姉ちゃん、あれもう一回乗ろう!」

「うん! 今度はあたしを前に乗らせてね」

 プールサイドを走ってまた同じウォータースライダーの方へ向かっていくウィゾマーと実帆子の姿を目にした。

「ウィゾマーちゃん、こういうの好きなんだね。私はもうこりごり」

「俺ももういい」

隆靖と碧衣はくたびれた様子でプールサイドに上がり、ゴムボートを仲良く持ち合って返却しに行く。

「ワタシ、けっこう恐怖を感じたよ」

「わたしも。でももう一回だけ乗りたいって感じたな」

 続いて落下した絵梨乃と優佳も返却場所へ向かい隆靖と碧衣と合流した。

 それから十分近く、四人で実帆子とウィゾマーが戻ってくるのを待つと、

「実帆子お姉ちゃんとイルカボートで遊んでくるねーっ」

「隆靖も碧衣ちゃんとイルカボートで遊んであげなよ」

 ウィゾマーと実帆子はそう伝え、いっしょに人工ビーチのあるプールの方へ向かっていった。

「ここのプール、ビーチでは今年から貝殻拾いも出来るようになったみたいだね」

「隆靖さん、わたし達といっしょに貝殻拾いしましょう」

「子どもっぽいから俺はいいや。俺、あの辺にいるから」

 隆靖は逃げるようにここから立ち去っていく。

「隆靖くん、大人の人もやってるのに」

「ワタシ、タカヤスの気持ち分かるな」

「隆靖さん不参加かぁ。スコップ三つ借りて来ますね」

 碧衣達が貝殻拾いをし始めてから一五分ほどのち、

「ん? あれは」

 そこから三〇メートルほど先の休憩ベンチに腰掛け、熱帯植物を眺めながら過ごしていた隆靖が、碧衣達のいる方へふと視線を向けると、異変が。

「きみ達、かっわいいね」

「おれらと遊ばない?」

 大学生と思わしき男二人組が碧衣達のもとへ近寄って来ていたのだ。一人は茶髪ショート系ウルフカット、もう一人は黒のロングヘアだった。背丈は二人とも一八〇センチ近くはあり、日焼けした褐色肌でそこそこがっちりしていた。

「すみません、他に連れがいるので」

「あの、申し訳ないですが他を当たって下さい。わたし達よりももっと魅力的な若い女性他にもたくさんいらっしゃるでしょう? あそことか」

「ワタシ達、そんなにかわいくもないでしょう?」

 予想外の事態に三人とも戸惑い怖がってしまう。

「おれらきみらくらいの中高生くらいの垢抜けない子が好みやねん。遊ぼうぜ。なっ!」

「パフェ奢るから」

「いえ、けっこうですから」

 絵梨乃が震えた声で断ると、

「まあまあそう言わずに」

 茶髪の方が絵梨乃の腕をグイッと引っ張った。

まさか、本当にナンパするやつが現れるとは。漫画やアニメみたいな展開って、本当にあるんだな。どうしよう? 勝てそうな気がしないし、でも、行かなきゃダメだろう。

 隆靖はこの事態にすぐに気付いたようだ。数秒悩んだのち、勇気を振り絞って彼らのいる方へ急いで駆け寄って行った。

「あっ、あのう」

 到着すると、

「あっ、隆靖くん」

 碧衣の表情が綻ぶ。

「ん? 彼氏?」

「いや、まあ、正式には違いますが、そのようなものでして」

 茶髪の方に問われ、隆靖はびくびくしながら答える。

「どっちなんだよ?」

 もう一方の男に睨まれると、

「ハハハッ」

 隆靖は苦笑いして、

 実帆子姉ちゃん、助けに来てくれないかな?

 こう思いながら数十メートル先でウィゾマーとイルカボートで楽しそうに遊んでいる実帆子の方をちらっと見た。

 二人ともまだ気付いていないようだ。

「こんなひょろい男よりオレ達と遊んだ方が絶対楽しいぜ」

 黒髪の方が碧衣に近寄る。

「あの、やめてあげて下さい」

 監視員の人でもいいから早く助けに来てくれよっと願いながら、隆靖が俯き加減でぼそぼそっとした声でお願いすると、

「あぁ?」 

 茶髪の方に顔を近づけられる。

「とにかく、ここは、お引き取りを……この子達、迷惑してるんで!」

 隆靖はやや険しい表情を浮かべ、勇気を出して彼なりにきつい口調で伝えた。

「分かった、分かった」

「しょうがねえ」

 すると大学生風の男二人組は隆靖を睨んだのち舌打ちし、素直にここから立ち去ってくれた。

「殴られるかと思ったぁー」

 隆靖はホッと一安心する。けれども心拍数はなかなか治まらない。

「隆靖くん、ありがとう」

「タカヤス、すごく恰好よかったよ」

「隆靖さん、男らしさを見せましたね」

 みんなから感謝されるも、

「いや、まあ、みんな無事でよかったよ」

 隆靖はまだ恐怖心でいっぱいで、照れくささは感じられなかったようだ。

「隆靖くん、あの怖いお兄さん達がまた私達のところに寄ってくるかもしれないから、いっしょにいて」

「分かった」

 それからしばらく隆靖も交じって貝殻拾いを楽しんでいると、

「ただいまーっ! イルカボートとっても楽しかったよ」

「あたしお腹すいて来たわ。そろそろお昼ごはん食べましょう」

 ウィゾマーと実帆子が戻ってくる。

「私達、さっき怖い大学生風のお兄さん二人組にナンパされちゃったんだけど、隆靖くんがすぐに助けに来てくれて追っ払ってくれたよ」

 碧衣は嬉しそうにさっきの出来事を伝えた。

「隆靖、さすが男の子ね」

「隆靖お兄ちゃん格好いい! 正義のヒーローだね」

「いや、俺は特に何も出来なかったけど、みんな、お昼ご飯、何食べる?」

 隆靖は照れくささを隠すようにプールに隣接するファーストフード店の方へ目を遣る。

「ドリアンジュースが売ってるじゃん。今夏の新メニューみたいね。あたし、ちょっと飲んでみたい」

 実帆子は興味津々。

「私何年か前、夢の島の熱帯植物館でにおい嗅いだことあるけど、悪臭にしか感じなかったよ」

「俺も同じく」

「わたしもドリアンは食べたいとは思わないわ。あの1,プロパンチオールなどの強烈なにおい成分のせいで」

「ワタシも食べたことはないけど、食べたくはないな。ウィゾマーちゃんの故郷ではドリアンはあるのかな? ドリアンはタイのイメージだけど」

「アタシの故郷、タイやマレーシアの食文化も浸透してるけど、ドリアンは受け入れられなくて栽培もほとんどされてないよ。アタシ、市場で売ってるのを見たことはあるけど、においをしっかり嗅いだことはないな」

「せっかくだし、試しに買ってみるわ」

 実帆子は衝動に駆られ購入することに。三百五十円を支払うと、

「お待たせしました。ドリアンジュースでーす」

 店員さんからドロッとした黄土色の半液体が並々と注がれた、トロピカルなデザインの紙コップがストロー付きで手渡された。

「すごい色ね」

 ドリアンの強烈な香りが周囲に漂う。

「私このにおい、久々に嗅いだよ」

「やはりきついです」

「くっさぁーい。でも、実帆子お姉ちゃんのお部屋のにおいよりはマシかな」

「実帆子お姉さん、こぼさないようにして下さいね」

「水着がドリアン臭くなってしまいそうだな」

「うーん、これはちょっと……」

 実帆子は少し啜ってみて、後悔の念に駆られたようだった。

「私、ちょっとだけ飲んでみるよ。どんな味なのかな?」

「協力してくれて助かるわ。はいどうぞ」

 碧衣は勇気を出して実帆子から受け取る。

 少し口に含んでみて、

「においはすごーくきついけど、甘みが強くて美味しい♪」

 そんな感想を抱く。

「意外や意外。甘くてすごく美味しい♪」

 続いて絵梨乃も恐る恐る試飲してみて、とっても幸せそうに飲み込んだ。

「不味くはないけど、もういいや」

「……微妙です。これは加工されてるからまだ飲めたけど、そのままのドリアンは食べれそうにないです」

 ウィゾマーと優佳も結局試飲してみてこんな感想。

「隆靖、まだ半分くらい残ってるけど飲んでみる?」

 実帆子に目の前にかざされ、

「いや、いい」

 隆靖は当然のように拒否。不味そうだったことはもちろんだが、間接キスになってしまうことも拒んだ理由のようだ。

「私が残りを飲むよ」

「アオイちゃん、ワタシも飲みたいから少し残しといてね」

「うん、癖になるよねこの味」

 碧衣と絵梨乃は協力して、残った分を快く飲んでくれた。

「碧衣ちゃん、絵梨乃、これ、口臭消し効果があるみたいよ」

 ちょっぴり罪悪感に駆られた実帆子は、同じ店で売られていたジャスミンキャンディーを購入し、この二人に渡してあげたのであった。

「わたし、ロコモコにしようっと」

 優佳は他のお客さんが手に持っていたそのメニューをちらっと眺めて決断する。

「あたしはたこ焼きとアイスコーヒーにするわ」

「俺はミーゴレンとフランクフルトにするか」

「アタシはチョコバナナクレープとストロベリージュースとフランクフルトにするぅ」

「私はトロピカルフルーツカレーにしよう。あとパイン味のソフトクリームも」

「ワタシは、お好み焼きとマンゴーソフトにするよ」

みんなお目当てのメニューを受け取ったあと、

「ここ、六人掛けのはないみたいだな」

「隆靖と碧衣ちゃんは、あっちの席に座ってね。さあどうぞ」

「みんないっしょがよかったけど、仕方ないね。隆靖くん、座ろう」

「……うん」

実帆子→絵梨乃→優佳→ウィゾマーの並びで四人掛け円形テーブル席に、隆靖と碧衣はそのすぐ隣の二人掛け円形テーブル席に座った。

「隆靖お兄ちゃんのフランクフルトの方がアタシのより大きくない?」

 ウィゾマーは二本のフランクフルトをじーっと見比べてみる。

「同じだと思うけど」

「隆靖お兄ちゃんの方が三ミリくらい大きいよ。交換して」

「いいけど」

 隆靖は快く承諾。

「ありがとう。あ~、美味しい♪」

ウィゾマーはカプリといい音を立てて味わう。

「隆靖のフランクフルトは、もう少し大人になるまで碧衣ちゃんに食べさせちゃダメよ」

「実帆子姉ちゃん、何下品なこと言ってんだよ」

「あいてぇっ」

 隆靖は耳元で囁いて来た実帆子のおでこをぺちっと叩いておく。

「隆靖くん、私のカレー少し分けてあげるよ。はい、あーん」

 碧衣はカレーの中にあったパパイヤの一片をさじで掬い、隆靖の口元へ近づける。

「いや、いいって」

 隆靖は困惑顔を浮かべ、左手を振りかざして拒否。右手で箸を持ち、麺を啜ったまま。

「あーん、やっぱりダメかぁ」

 碧衣は嘆く。でも微笑み顔で嬉しそうだった。

「隆靖さん、お顔は赤くなっていませんが、きっと照れていますね」

「タカヤス、一回くらいやってあげたら?」

 優佳と絵梨乃はにこにこ笑いながらそんな彼を見つめた。

「出来るわけないだろ」

 隆靖は苦笑いしながら伝え、引き続き麺をすする。

「赤ちゃんみたいで、恥ずかしいもんね」

 ウィゾマーはチョコバナナクレープを美味しそうに頬張りながら言う。隆靖の気持ちがよく分かったようだ。

「たこ焼きとアイスコーヒーだけじゃ少し物足りないな。かき氷買ってくるね」

 実帆子はそう伝えて席を離れた。

「アタシは波の出るプールで泳いでくるね」

 ウィゾマーはストロベリージュースを飲み干すと、すぐに席を立ってその場所へ駆け寄っていく。  

「ウィゾマーさん小学生みたいに元気いっぱいね」

「そうだね。若さだね。パインソフトすごく美味しいよ。隆靖くん、少しあげるよ」

「いらねー。そんな酸っぱいの」

「酸っぱくないよ」

「それでもいらねー」

「もう、全部食べちゃうよ」

 碧衣はにっこり笑顔でそう伝え、最後の一口を味わう。

「タカヤス、フルーツあまり好きじゃないもんね」

 絵梨乃はマンゴーソフトを頬張りながら呟いた。

 それから約五分後、碧衣がカレーも残り僅かまで食べ終えた頃に、

「隆靖、碧衣ちゃん、ヤシの実ジュースも買って来たよ。はいどうぞ。二人で仲良く飲んでね」

 実帆子が戻って来て、隆靖と碧衣の目の前に置いていった。

 まさにカップルでどうぞと言わんばかりに、ヤシの実にストローが向かい合わせに二本刺さっていた。

「俺、これは飲みたくないな。不味そう」

「私一人じゃ飲み切れないよ。隆靖くんも協力してね」

「飲み切れなかったら協力してあげる」

「たぶん飲み切れないよ」

 碧衣はカレーも平らげると、

「いただきます」

 ストローに口をつけ、美味しそうに飲んでいく。

「じゃあこれ、捨ててくるね」

 隆靖は席を立って、近くのごみ箱に紙皿を捨てに。

「予想通りの行動ですね」

「ワタシもこうなると思ってた」

「隆靖もいっしょに飲まなきゃ」

 優佳と絵梨乃と実帆子は、ブルーハワイかき氷を頬張りながら二人の様子を微笑ましく観察する。

「もうお腹いっぱい。あとは隆靖くんが飲んで」

「やっぱり残したのか。まだ半分以上はあるな……やっぱあまり美味くはない」

 隆靖はこう思いながらも、もう一方のストローで快く飲んであげる。

 そんな時、

「みんなもうプール入らないのぉー?」

 ウィゾマーが戻って来た。

「俺はもういい。っていうか元々プール入る気なかったし」

「私ももういいな」

「ワタシもー」

「わたしもです」

「あたしももうじゅうぶん満喫したわ」

「そっか。アタシもじゅうぶん泳いだからもうここ出てもいいよ。アタシこれから映画見に行きたいな」

 こんなウィゾマーの希望により、みんなはこのあとは泳がずに東京サウスアイランドパークをあとにした。

隣接する大型ショッピングモール内のシネコンに向かっている頃、遠藤宅では、

「サトゥンサちゃん、ピョネコンティちゃん、美味しい?」

 ウッフォッフォ。

「じつに美味ですみぃ」

 サトゥンサとピョネコンティはリビングにて母にざる蕎麦を振舞ってもらっていたのだった。

ちなみにきちんと箸を器用に使ってお行儀良く食べていた。

「そういえばピョネコンティちゃんは、ロボットだけど食べた物はどうなるのかしら?」

「体内で堆肥に分解されて、時々肛門から排出される仕組みになっているのですみぃ。我輩はエコロジー仕様なのですみぃ」

「そっか。コンポスターみたいね。一家に一台欲しいロボットだわ」

         ※

隆靖達がシネコンへ辿り着くと、

「これ、みんな見るよね?」

ウィゾマーは壁にいくつか提示されてあるポスターのうち、お目当てのものに近寄った。

「ウィゾマーちゃん、まだそんな幼稚なの見たいんだな」

 隆靖はにこにこ笑う。それは、本日公開されたばかりの女児向け魔法もありのファンタジーギャグアニメだった。

「隆靖くん、私もこのアニメ大好きだよ。さすがに一人じゃ見に行きにくいと思ってたからちょうど良かったよ。次の回は一時半から始まるみたいだね。もうすぐだね」

「これ、CMで予告流してましたね。わたしもちょっと気になってたの」

「ワタシの好きな声優さんも何人か出てるし、けっこう面白そう」

「今大学で習ってる発達心理学入門の勉強になりそうだし、あたしも見ておきたいわ。動物キャラが中心でイケメンショタキャラもいるから、大友ウケは悪そうね」

「俺はこの辺で待っとくよ。チケット代の節約にもなるし、そもそも高校生の見るものじゃないし」

 隆靖は当然、見る気にはなれず。

「隆靖お兄ちゃんもいっしょにこの映画見よう。さっき隆靖お兄ちゃんの三倍くらいは年上に見えるおじちゃんが一人で入って行ったよ」

「仕方ない」

 ウィゾマーに背中をぐいぐい押されチケット売り場の方へ連れて行かれる。

「ウィゾマーちゃん、これはどうかな? ゾンビがいっぱいよ」

 実帆子は他に上映されているホラー映画のポスターを指した。

「それは絶対に嫌ぁっ!」

 ウィゾマーは顔をしかめ、すぐにポスターから顔を背けた。

「わたしもそれは見たくないです」

「俺も、進んで見ようとは思わんな」

「私もこういう実写のホラー映画はものすごく苦手だよ」

「ワタシもー」

「アタシは誘われたら見るけどね。中学生一枚、高校生四枚、大学生一枚」

 実帆子が代表して、お目当ての映画六人分のチケットを購入。受付の人がその入場券と共に入場者全員についてくる、キラキラして可愛らしいおもちゃのペンダントをプレゼントしてくれた。 

「ウィゾマーちゃん、これ。俺こんなのいらないから」

「ありがとう隆靖お兄ちゃん♪」

 隆靖は速攻ウィゾマーに手渡す。ウィゾマーが受け取ったものとは種類違いだった。

チケット売り場向かいの売店でドリンクやポップコーンなどが売られていたが、みんなお腹いっぱいなため何も買わず、お目当ての映画が上映される5番スクリーンへ。

「碧衣ちゃん、周り幼い女の子ばっかりだから、やっぱり、俺達は入らない方が……」

「まあまあ隆靖くん。気にしなくてもいいじゃない。たまには童心に帰ろう」

 隆靖は否応無く、碧衣に背中をぐいぐい押されていく。

「隆靖さん、気にせずに」

「隆靖、幼い娘を連れたパパの気分になればいいじゃん」

 優佳と実帆子はその様子をすぐ後ろから微笑ましく眺める。

 真ん中より少し前の列の席で、隆靖はウィゾマーと碧衣に挟まれるように座った。座席指定なのでそうなってしまった。ウィゾマーの隣が実帆子、碧衣の隣が絵梨乃、絵梨乃の隣が優佳だ。

視線を感じるような……。

 隆靖は落ち着かない様子だった。他に五〇名ほどいた客の、七割くらいは小学校に入る前であろう女の子とその保護者であったからだ。

      *

 上映時間七〇分ほどの映画を見終えて、

「碧衣お姉ちゃん、とっても面白かったね」

「うん、私また見に行きたいな」

ウィゾマーと碧衣は大満足な様子で5番スクリーンから出ていた。

「隆靖、上映中一度も碧衣ちゃんと手を繋がなかったね。しかも途中寝てたし」

「退屈な映画だったからな」

「隆靖お兄ちゃんは面白く感じなかったの?」

「ああ。もろに幼児向けだし。ウィゾマーちゃんと同じ年の子でも子どもっぽいからってこの映画見ない子の方がずっと多いと思うよ」

「幼児向けでもアタシはすごく面白いと思ったけどなぁ。隆靖お兄ちゃん、乳幼児向けのアニメや絵本とかを楽しんで見てあげることも、イクメンパパにとって大事なことだよ」

 ウィゾマーから注意された。

「はい、はい」

 隆靖は余計なお世話だといった感じの生返事だ。

 みんなは続いてシネコン隣接のファミリー向けアミューズメント施設へ。

「ウィゾちゃん、これからいっしょにプリクラ記念に撮ろう」

「もちろんいいよ」

「わたし、プリクラ撮るの久し振りだな」

「私も」

「ワタシは、つい先週お友達と撮ったよ」

女の子五人は最寄りのプリクラ専用機の前へ近寄っていく。

「隆靖、いっしょに写らないの?」

「実帆子姉ちゃん、状況的に考えて俺は写らない方がいいだろ。俺も写りたくないし」

「隆靖、女の子五人の中に男の子一人だからって照れくさがらなくてもいいじゃん。ハーレム王になれるこのチャンスを思う存分楽しまなきゃ」

「隆靖くんもいっしょに写ろう。高校時代の思い出になるよ」 

「隆靖さん、お願いします。普段撮る機会なんてないでしょう」

「タカヤスもせっかくの機会だから写って」

「いや、いいって」

 隆靖は気が進まなかったが、

「隆靖お兄ちゃんもいっしょに写ろうよぅ」

「分かった、分かった」

 ウィゾマーに無邪気な表情で腕や服を引っ張られたりしがみ付かれたりすると断り切れなかった。

そりゃ大勢の女の子達と写れることは嬉しいけど、イケメンでもない俺なんかがいっしょに写っていいのかな?

 隆靖は今、こんな幸福感と罪悪感が入りまじった心境だ。

みんなは最寄りのプリクラ専用機内に足を踏み入れると、前側に絵梨乃と実帆子とウィゾマー、後ろ側に隆靖達三人が並んだ。

「アタシこれがいい!」

ウィゾマーの選んだパンダさんのフレームに他のみんなも快く賛成。

「一回五百円か。けっこう高いな」

「隆靖、ここは男の子が出すべきよ」

「まあ五百円くらいならいいか」

隆靖は気前よくお金を出してあげた。

 撮影落書き完了後、

「きれいに撮れてるよ」

 取出口から出て来た、十六分割されたプリクラを真っ先にじっと眺めるウィゾマー。自分が見たあと他のみんなにも見せてあげた。

「ウィゾマーちゃん、隆靖お兄ちゃんとデート、ハートマークって落書きしないで」

 隆靖は迷惑顔を浮かべる。

「いいじゃん隆靖お兄ちゃん、ほとんど事実なんだし」

 ウィゾマーはてへっと笑い、舌をペロッと出した。

「隆靖くん素の表情過ぎるね。もっと笑顔で写らなきゃ。優佳ちゃんは、相変わらず表情がちょっと硬いね」

「本当だ。ユカちゃん性格のきつい女弁護士みたい」

「優佳お姉ちゃん、話しかけづらいがり勉少女っぽいね」

「あれれ? 笑ったつもりだったんだけどな。生徒証の写真はもっと表情硬いよ」

 優佳は照れくさそうに打ち明ける。

「アタシも生徒証の写真は表情めっちゃ硬いよ。睨んでるような感じだな」

 ウィゾマーがさらりと打ち明けると、

「ウィゾマーさんも同じなのですね。それを聞いて安心しました」

 優佳に笑みが浮かんだ。

「優佳ちゃん、今の表情いいね」

 碧衣はサッとスマホをかざし、カメラ機能で優佳のお顔をパシャリと撮影する。

「優佳ちゃん、いい笑顔が取れたよ」

「碧衣さん、恥ずかしいからすぐに消してね」

 優佳の表情はますます綻んだ。

「碧衣ちゃん、見せて見せて。優佳ちゃん、本当にいい笑顔してるわ」

「あたしにも見せてーっ。優佳お姉ちゃん本当にかわいい」

「ユカちゃんのこの笑顔素敵♪ 消すのは勿体無いよ」

 実帆子とウィゾマーと絵梨乃はその写真を眺め、和んだようだ。

「あーん、これ以上見ないでー」

 優佳は表情を綻ばせたまま、頬を赤らめる。

宇多川さん、どんな表情してるんだろ?

 隆靖は気にはなったが、罪悪感に駆られ見ようとはしなかった。

「あたし、次はこれがやりたぁーい」

 ウィゾマーはプリクラ専用機すぐ隣の筐体に近寄った。

「ウィゾマーちゃん、動物のぬいぐるみさんが欲しいんだね」

「うんっ!」

 碧衣からの問いかけに、ウィゾマーは笑顔で弾んだ気分で答える。彼女がやりたがっていたのはお馴染みのクレーンゲームだ。

「あっ! あの日本の固有種、オオサンショウウオのぬいぐるみさんとってもかわいい! お部屋に飾りたぁーいっ」

 お気に入りのものを見つけると、透明ケースに手の平を張り付けて叫び、ぴょんぴょん飛び跳ねる。

 めっちゃかわいいな。

 隆靖はその幼さ溢れるしぐさに見惚れてしまった。

「この異形の両生類、妙なかわいらしさがあるよね」

 実帆子はにっこり笑う。

「ウィゾマーさん、あれは隅の方にあるし、他のぬいぐるみさんの間に少し埋もれてるから、難易度はかなり高いわよ」

「大丈夫! むしろ取りがいがあるよ」

 優佳のアドバイスに対し、ウィゾマーはきりっとした表情で自信満々に言った。コイン投入口に百円硬貨を入れ、操作ボタンに両手を添える。

「ウィゾマーちゃん、頑張れーっ」

「ウィゾマーちゃん、ファイトッ!」

「ウィゾマーさん、慎重にやれば絶対取れますよ」

「頑張れよウィゾマーちゃん」

「ウィゾマーちゃんならきっと取れるわ」

 他のみんなはすぐ後ろ側で応援する。

「みんな応援ありがとう。アタシ、絶対取るよーっ!」

ウィゾマーは慎重にボタンを操作してクレーンを動かし、お目当てのぬいぐるみの真上まで持っていくことが出来た。

 続いてクレーンを下げて、アームを広げる操作。 

「あっ、失敗しちゃった」

 ぬいぐるみはアームの左側に触れたものの、つかみ上げることは出来なかった。

ウィゾマーが再度クレーンを下げようとしたところ、制限時間いっぱいとなってしまった。クレーンは自動的に最初の位置へと戻っていく。

「もう一回やるもん!」

 ウィゾマーはとっても悔しがる。お金を入れて、再チャレンジ。しかし今回も失敗。

「今度こそ絶対とるよ!」

この作業をさらに繰り返す。ウィゾマーは一度や二度の失敗じゃへこたれない頑張り屋さんらしい。

けれども回を得るごとに、

「全然取れなぁーい。なんでー?」

 徐々に泣き出しそうな表情へ変わっていく。

「あのう、ウィゾマーさん、他のお客さんも利用するので、そろそろ諦めた方がいいかもです」

 優佳は慰めるように忠告したが、

「諦めたくない」

 ウィゾマーは諦め切れない様子。ぷくぅっとふくれる。

「気持ちは分かるのですけど……わたしも一度やると決めたことは、最後までやり遂げたいですから」

 優佳は深く同情した。

「このままだとウィゾマーちゃんかわいそう。ねえ隆靖くん、取ってあげて」

「隆靖、ここはお兄ちゃんらしさを見せてあげなきゃ」

碧衣と実帆子が肩をポンッと叩いて命令してくる。

「俺も、クレーンゲーム得意じゃないし。真ん中ら辺のスッポンのやつはなんとかなりそうだけど、あれはちょっと無理だな」

 隆靖は困惑顔で呟いた。

「ねーえ、隆靖お兄ちゃん、お願ぁい!」

「……分かった。取ってあげる」

 ウィゾマーに寂しがる子犬のようにうるうるした瞳で見つめられると、隆靖のやる気が急激に高まった。クレーンゲームの操作ボタン前へと歩み寄る。

「ありがとう、隆靖お兄ちゃん。大好き♪」

 するとたちまちウィゾマーのお顔に笑みがこぼれた。

「さすが隆靖くん、男の子だね」

「隆靖さんの判断は正しいです」

「タカヤス、年下の女の子に甘いね」

「隆靖、かっこいいよ♪」

 他の四人も、彼に対する好感度が高まったようだ。

やばい。全く取れる気がしない。

 隆靖の一回目、ウィゾマーお目当てのぬいぐるみがアームにすら触れず失敗。

「隆靖お兄ちゃんなら、絶対取れるはず♪」

 背後からウィゾマーに、期待の眼差しでじーっと見つめられ、

どうしよう。

 当然のように隆靖はプレッシャーを感じてしまう。

「隆靖くん、頑張れーっ!」

「隆靖さん、ドンマイ!」

「タカヤス、ご健闘を祈るわっ!」

「隆靖、頑張ってね」 

よぉし、やってやろう!

 他の四人からの声援を糧に隆靖は精神を研ぎ澄ませ、再び挑戦する。

 しかしまた失敗した。アームには触れたものの。けれども隆靖はめげない。

「隆靖お兄ちゃん、頑張ってーっ! さっきよりは惜しいところまでいけたよ」

 ウィゾマーからも熱いエールが送られ、

「任せてウィゾマーちゃん。次こそは取るから」

隆靖はさらにやる気が上がった。

 三度目の挑戦後。

「……まさか、本当にこんなにあっさりいけるとは、思わなかった」

 取出口に、ポトリと落ちたオオサンショウウオのぬいぐるみ。

隆靖は、ウィゾマーお目当ての景品をゲットすることが出来た。ついにやり遂げたのだ。

「やったぁ! さすが隆靖お兄ちゃん! だぁぁぁーい好き♪」

 ウィゾマーは大喜びし、バンザーイのポーズを取った。

「隆靖くん、おめでとう! 三度目の正直だね」

「隆靖さん、大変素晴らしいプレイでしたね」

「タカヤス、ワタシ、感動したわ」

「隆靖おめでとう、イクメン力もさらにアップしたね」

 他のみんなもパチパチ拍手しながら褒めてくれる。

「たまたま取れただけだって。先にウィゾマーちゃんが、少しだけ取り易いところに動かしてくれたおかげだよ。はい、ウィゾマーちゃん」

 隆靖は照れくさそうに伝え、ウィゾマーに手渡す。

「ありがとう、隆靖お兄ちゃん。サンちゃん、こんばんは」

 ウィゾマーはさっそくお名前をつけた。受け取った時の彼女の瞳は、ステンドグラスのようにキラキラ光り輝いていた。このぬいぐるみを抱きしめて、頬ずりをし始める。

「ウィゾマーちゃん、幸せそうね」

 ウィゾマーはにこやかな表情で話しかけた。

「うん、とっても幸せだよ」

 ウィゾマーは恍惚の笑みだ。

「ウィゾマーちゃん、楽しい思い出が出来てよかったね」

 碧衣は優しく微笑み、ウィゾマーの頭をなでてあげた。

「うん! もっと楽しい思い出作りたいから、次はジェットコースター乗りたぁーい!」

「そういやここのショッピングモール、ジェットコースターも最近出来たんだったな。俺は、乗らずに近くで待っとくね」

「私もー。ジェットコースターすごく苦手だから」

「隆靖と碧衣ちゃん、まだジェットコースター苦手なままなのね。さすが恋人同士♪」

 実帆子はにこっと微笑んだ。

「隆靖お兄ちゃんと碧衣お姉ちゃんもいっしょに乗ろうよぅ。楽しそうだよ」

「隆靖さん、碧衣さん、お願いしますっ! あのスライダーよりはきっとマシですから」

 ウィゾマーと優佳から強くせがまれ、

「しょうがない」

「隆靖くんが乗るなら私も乗るね」

 隆靖と碧衣はしぶしぶ承諾。

 アミューズメント施設をあとにしたみんなは、別館と繋ぐ間の広場にあるジェットコースター乗り場の乗車待ち列へ。この六人の前後にも大勢の客が二列になって並んでいた。ウィゾマーと実帆子、隆靖と碧衣、優佳と絵梨乃が隣り合う。

親子連れや若いカップル、中高大学生くらいの男性または女性同士のグループなどがほとんどで、この六人のような、男子高校生一人に女子小中高大学生五人というハーレム的な組み合わせは他に見られなかったこともあってか、

この場から、早く抜け出したい。

隆靖は周囲からの視線を非常に気にしていた。

十五分ほど待ってようやく乗れることになり、

「よかった。運よく一番前の席とれた」

「こんなにラッキーなのは、隆靖お兄ちゃんのおかげだね」

 実帆子とウィゾマーは満面の笑みを浮かべる。

「隆靖くん、二列目でも怖いよね?」

 碧衣は暗い表情を浮かべながら、隆靖の右手を強く握り締めた。マシュマロのようにふわふわやわらかい感触が、隆靖の手のひらにじかに伝わる。

「あの、碧衣ちゃん、どうせ離さなきゃいけないから」

 隆靖は少し照れくさがった。

「お似合いの恋人同士ね」

 実帆子は後ろを振り返って微笑む。

「……」

 隆靖は照れくささから、俯いてしまう。

「いい構図です」

 優佳は碧衣のすぐ後ろに座った。そしてちゃっかりスマホのカメラで隆靖と碧衣の後ろ姿を撮影する。

その他の乗客も座ったことが確認されると、座席の安全バーが下ろされた。

 もう引き返すことは出来ない。

「吹き飛ばされないようにしなきゃ」

 碧衣は顔をややこわばらせ、安全バーを必要以上の力でしっかりと握り締めた。

「そんな心配はいらないだろうけど」

 隆靖は男気を見せようとしたのか、素の表情で平静を保とうとしていた。けれども彼の心拍数は否応なく上がってしまう。

〈発車いたします〉

この合図で、ジェットコースターはカタン、カタンとゆっくり動き出した。

「怖い、怖い」

碧衣は周りの風景を見ないよう、目を閉じていた。

 ジェットコースターが坂道を登り切り、レールの最高地点に達した直後、一瞬だけ動きが止まる。

「きゃあああああああーっ!」

 そのあと一気に急落下。と同時に碧衣は口を縦に大きく開け、かわいい叫び声を上げる。もちろん楽しんでいるからではない。恐怖心を強く感じているからだ。

「いえええぇぇぇぇぇーいっ!」

 実帆子、

「きゃあああああああーっん♪」

 ウィゾマー、

「おうううううぅぅぅぅぅ!」

 優佳の三人は喜びと興奮の叫び声を上げる。さらに両手を挙げる余裕も見せた。

「うぅっ!」

 絵梨乃は表情が若干引き攣る。怖かったようだ。

「……」

 隆靖は走行中、男らしさを見せようとしたのか平静を保ち終始無言であった。表情もほとんど変わらなかった。

ジェットコースターから降りた直後、

「このジェットコースター、すごく気持ちよかったわ。無重力擬似体験、最高っ!」

「宇宙飛行士の気分が味わえたね、実帆子お姉ちゃん♪」

実帆子とウィゾマーは幸せいっぱいな表情をしていた。

「楽しんでもらえてよかったわ。碧衣さん、大丈夫?」

 優佳ににこやか笑顔で質問され、

「うん、すごく怖かったけど、今は解放されてホッとした気分だよ」

碧衣は安堵の表情を浮かべて答える。

「思ったよりはマシだったな」

「スピードも遅かったもんね」

 隆靖と絵梨乃もホッとしている様子だった。

「隆靖、声がちょっと震えてるわよ」

実帆子はにやりと笑う。

「そうか?」

 隆靖はほんの少し照れてしまった。

「碧衣お姉ちゃん、お写真が出来てるよ。碧衣お姉ちゃんすごい表情してるぅ。ムンクの『叫び』みたい。記念に買おう」

 降車口を抜けた所に展示されていた写真を眺め、ウィゾマーはくすくす笑う。

急降下する際に一列ごとに写真を撮られていたのだ。

「そんなのいらないよ」

 碧衣は照れ笑いしながら言う。

「よかった。俺、素の表情のままだ」

 隆靖は軽く苦笑いした。

「碧衣ちゃんとってもいい表情してるわ。これぞ絶叫マシーンに乗ったって感じのお顔ね。隆靖ももっと表情崩して欲しかったな」

 実帆子は目にしっかりと焼き付けたようだ。

「碧衣さんのこの表情はレアね。買っちゃおうかな」

「ダメダメ優佳ちゃん」

 碧衣は、楽しそうに眺める優佳の後ろ首襟をぐいっと引っ張って阻止しようとする。

「ごめん、ごめん。買わないって」

 優佳は快く諦めてくれたようだ。

      *

「ワタシ、ちょっとこのお店に用事あるから」

続いて絵梨乃の希望により、モール内のアニメグッズ専門店に立ち寄った。

発売中または近日発売予定のアニソンBGMなどが店内に賑やかに流れる。

「絵梨乃お姉ちゃんは、声優さんのイベントはよく参加する方?」

「ワタシ、声優さんのイベントはそんなに魅力は感じないの。特に女性声優さんの場合、客はディープな男の人ばっかりで怖いから」

 絵梨乃は苦笑いを浮かべながら伝えた。

「そっかぁ。まあ気持ちは分かるな。アタシも日本来てから一回お友達と見に行ったことがあるけど、また行きたいとは思えなかったから」

「ああいうの、男の俺から見ても怖いよ。哲秀がよく見てるアニメイベントのブルーレイで声優さんが挨拶する度にうをぉぉぉーっ、とかオットセイみたいに叫んで、声優さんが歌ってる時はうぉうぉ叫びながらペンライト振り回してすごい激しく踊ってる集団」

「私は恥ずかしがり屋さんだし怖がりだから、声優さんは絶対無理だなぁ」

 隆靖と碧衣も苦笑いを浮かべる。

「ワタシも声優を職業としてやるのは無理。でもアフレコ体験はしてみたいな」

「わたしも同じく」

「アタシもしてみたーい。楽しそう」

「あたしの通ってる大学の学園祭、去年はアフレコ体験コーナーもあったみたいよ。今年もそのイベントあったら連れてってあげるよ。十一月上旬でまだまだ先だけどね」

「ワタシめっちゃ行きたい。ミホコお姉さん、楽しみに待ってるね」

「アタシもーっ」

「私も。あったらいいな」

「わたしも一回体験してみたいです」

「俺は全然興味ないや」

「アニ研の子の自主制作アニメのアフレコだから、あまり期待は出来ないと思うけどね」

「それでもじゅうぶんよ。それじゃワタシ、トーンと原稿用紙買ってくるね」

 絵梨乃はそう伝えてお目当ての画材道具コーナーへ。

 他のみんなは文房具などのキャラクターグッズコーナーへ立ち寄る。

「ナ○トの下敷きとノートと、ボールペンも買おう」

「ウィゾマーちゃん、無駄遣いはし過ぎないようにな」

「はい」

 ウィゾマーがお目当てのグッズを籠に詰めている時、

「お待たせー」

 絵梨乃が戻って来た。籠にはB4サイズの漫画原稿用紙と数種類のスクリーントーンが。

「絵梨乃お姉ちゃんはグッズは買わないの?」

 ウィゾマーが尋ねると、

「うん。ド○ゴンボールとか○ーマとか、お○松さんとかの新作グッズ欲しいのいっぱいあるけど、ここは我慢。今月の小遣い無くなっちゃう」

 絵梨乃は商品棚から目を背けた。

「それじゃ、そろそろお金払ってここ出よっか?」

 碧衣がそう言った直後、

「あっ! ちょっと待って」

隆靖はコミックコーナーにいた誰かに気が付き、近寄っていく。

「やぁ、遠藤君ではあ~りませんか。奇遇ですねぇ」

 哲秀であった。

「哲秀、また同じやつ保存用、鑑賞用、布教用の三つ買うつもりなのか」

 隆靖は哲秀が手に持っていた籠の中を眺め、呆れ気味に呟く。

「遠藤君、この三つは全く違うものですよん」

「タイトル同じだろ」 

「これはラノベをコミカライズしたものなのですが、作者と出版社がそれぞれ違うのですよん。アニメが始まる前に、原作コミカライズ版も買おうと思いまして」

 哲秀はにこやかな表情で主張した。

「表紙は確かに違うけど、なんか、どれも同じような絵柄に見える」

 隆靖は若干呆れ顔だ。

「遠藤君、全く違うではあ~りませんか。目をよく凝らしてみましょう」

 哲秀に軽く鼻で笑われてしまった。

「こんにちは哲秀さん、ここに来るならいっしょに参加してくれればよかったのに」

「やっほー、てっちゃん、奇遇だね」

 優佳と碧衣は嬉しそうにご挨拶。

「どっ、どうもぉ。僕、この近くでやってる科学博見に行った帰りでして」

 哲秀は反射的に床に視線を移してしまう。

「隆靖のお友達の丸尾くんもどきくん! 久し振りね」

「テツヒデくん、お久し振り。また痩せたような」

 実帆子と絵梨乃も哲秀の姿に気付くと、彼の側にぴょこぴょこ駆け寄っていく。

「あっ、どうもどうも」

 哲秀はかなり緊張気味だ。彼の心拍数、ドクドクドクドク急上昇。そんな彼に、

「この子が隆靖お兄ちゃんの親友の哲秀お兄ちゃんかぁ。お金持ちのお坊ちゃんって感じね。はじめまして」

 ウィゾマーは爽やかな表情と元気な声で挨拶した。

「こちらの、子が、遠藤君に目下イクメン候補育成指導しているという……」

哲秀はますます緊張してしまう。年下の現実の女の子は特に苦手なのだ。

「その通りよ。アタシの名前はウィゾマー・モエムットっていうの。今、隆靖お兄ちゃんちでお泊りさせてもらってるんだ」

 ウィゾマーは爽やかな笑顔で伝える。

「そうでしたかぁ」

 哲秀は居心地が悪くなったのか、

「じゃっ、じゃあね」

会計を済ませるとそそくさこのお店をあとにした。

「てっちゃん逃げちゃったね」

「哲秀さん、そんなに慌てなくてもいいのに。シャイな性格をなんとかしてあげたいです」

 碧衣と優佳は彼の後ろ姿を微笑ましく見送った。

「ユカちゃん、テツヒデくんに絶対恋心持ってるでしょう?」

 絵梨乃はにこりと笑い、優佳の肩をポンッと叩く。

「絵梨乃さん、そんなことは全くないからね」

「いたたた、ごめんねユカちゃん」

 きっぱりと否定され、両ほっぺたをぎゅーっと抓られてしまった。

優佳ちゃん、照れ隠ししてるわね。

 実帆子はふふっと微笑む。

 みんなもこの店を出たあと、

「アタシ次は文房具屋さんに寄りたいな」

 ウィゾマーの希望によりそこへと向かっていく。

途中、

「あら、あなた達もここへ来てたのね」

 みんなの背後からこんな声が。

「あっ、保母先生!」

「ここに来ていたとは……」

「こんにちは保母先生。学外でもよく会いますね」

 思わぬ再会の仕方に碧衣、隆靖、優佳は少し驚く。

「保母のおばちゃんだぁっ!」

「こらウィゾマーちゃん、おばちゃんは失礼でしょう。タカヤス達の担任の保母先生、昨日振りですね」

 ウィゾマーと絵梨乃は大喜びだ。

保母先生は娘の波音ちゃんをベビーカーに乗せていた。

「この子が波音ちゃんだね。かっわいい!」

「赤ちゃんって本当にかわいいね」

 ウィゾマーと絵梨乃は初対面の波音ちゃんに目をきらきらさせる。

 この時、波音ちゃんは気持ち良さそうにすやすや眠っていた。

「今日は波音のベビー服と絵本とおもちゃを買いに来たの」

「どうも、はじめまして」

 旦那さんもいた。背丈は一六五センチほどで低め、痩せ型、それほどイケメンでもないが、ほんわかとしていて優しそうな雰囲気を漂わせていた。

「ほっちゃんの旦那さん、マ○オさんっぽい」

 実帆子はそんな第一印象を抱く。

「良きパパって感じの人だね」

 碧衣が褒めると、

「いやいや、それほどでも」

 旦那さんは謙遜してにこやかに笑う。

「おじちゃんは何歳?」

 ウィゾマーが知りたそうに質問すると、

「三一歳だよ」

 旦那さんは快く教えてくれた。

「思ったより年上だ。まだ二十代半ばに見えますね」

 優佳はこう褒める。

「そうかな?」

 旦那さんは陽気に笑った。その直後、

「ふぇぇ、ふぇぇぇ~」

 波音ちゃんが起きて、泣き出してしまった。

「おしっこ出ちゃったみたいだから、おむつ替えてくるわね」

 保母先生が波音ちゃんのおむつに鼻を近づけながらそう伝えると、

「保母のおば、お姉さん、おむつ交換、隆靖お兄ちゃんにやらせてみて下さい」

 ウィゾマーはこうお願いする。

「そうねえ。出来るようになっておいた方がいいかも」

「俺には無理ですよ」

 隆靖はかなり嫌がるが、

「遠藤隆靖君だったね。ぜひやってみてくれ。勉強になるから」

 旦那さんも快く承諾。

「いや、俺まだ高校生だし早過ぎますって」

「高校生でも、保育系の学科の子だと保育実習で赤ちゃんのおむつ交換やるそうよ」

 実帆子は笑顔で伝える。

「俺普通科だから。それに、その保育実習も事故防止のために人形でやるでしょ?」

「遠藤くん、将来のためのいい経験になるからぜひやってみて。手助けするから」

 保母先生からウィンクされお願いされると、

「まあ、一回だけなら」

 隆靖は仕方なく引き受けた。

「隆靖お兄ちゃん、本当のパパらしく頑張ってね。さあ行こう!」

 そういうわけで隆靖はウィゾマーに手をぐいっと引っ張られ、強引に授乳室へ連れて行かれてしまった。旦那さん以外の他のみんなも授乳室へ。

「波音ちゃん、おむつ換えまちゅね」

 保母先生がおむつ交換台に娘の波音ちゃんを寝かせると、

「あぁ~」

 波音ちゃんはすぐに泣き止んでくれた。

「隆靖お兄ちゃん、スキンシップも大事だから赤ちゃんを褒めてあげて」

「どう褒めればいいんだよ?」

「おしっこいっぱい出てよかったねぇ。とかって」

 ウィゾマーからそう教えられ、

「えっ、その、おしっこ。出て、よかったな」

 隆靖は照れくさそうに作り笑いをして棒読みで話しかける。

「うぇぇぇ! うぇぇぇぇぇぇぇっ!」

 すると波音ちゃんは大声で泣き出してしまった。

「保母先生、どうしましょう?」

 隆靖は戸惑う。 

「大丈夫よ。波音ちゃん、おしっこいっぱい出てよかったでちゅね」

 保母先生が赤ちゃん言葉をかけて微笑みかけると、

「ああぁぁぁ、きゃはっ」

 波音ちゃんは泣き止んでにっこり微笑んでくれた。

「さすがほっちゃん」

「さすが本物のお母さんだね」

 実帆子と碧衣は深く感心する。

「いよいよおむつ交換よ。遠藤くん、波音ちゃんの両足を上げて、おしっこついちゃったパンツを脱がしてね」

「はい」

隆靖がその作業をしようと恐る恐るおむつに手を触れたら、

「あぁぁぁ、あぁぁぁ~ん!」

 波音ちゃんはまた泣き出し暴れ出してしまった。

「どうしよう?」

 戸惑う隆靖。

「波音ちゃん、ちょっと待っててね」

 保母先生が抱きかかえてあやして大人しくさせる。

「ありがとうございます。それじゃ、外すよ」

 隆靖は今度は泣かせることなく汚れたおむつを外すことに成功。

「くさっ」

 思わず本音が漏れてしまう。う○こじゃなくて良かったぁ。とも思っていた。

「次はこのタオルでお尻の回り拭いてあげてね」

 保母先生から手渡されると、

「分かりました」

 隆靖はやや緊張気味に、波音ちゃんのお尻周りをその専用タオルで丁寧に拭いていく。

「きゃはははっ」

 すると波音ちゃんはにっこり微笑んでくれた。

「ははっ」

 隆靖も思わず微笑む。

「波音ちゃん気持ち良さそうだね」

「波音ちゃん、かっわいい。アタシも自然に笑顔になっちゃうよ」

「癒されますね」

「うん、タカヤスも嬉しそう」

「隆靖、イクメン経験値アップしたね」

「波音ちゃん、きれいになったね。きれいなおむつ履かせるからね」

 他のみんなも楽しそうに波音ちゃんの笑い顔を眺めた。

「テープで止めるやつよりは簡単そうだな」

 隆靖が新しいパンツタイプのおむつを履かせようと足に触れたら、

「あぁぁぁ、あぁぁぁ~ん、あぁぁぁぁぁ~ん!」

 波音ちゃんはまたまた泣き出し暴れ出してしまった。

「どうしよう?」

 またも戸惑う隆靖。

「波音ちゃん、ちょっと待っててね」

 保母先生が抱きかかえてあやして大人しくさせる。そののち、交換台に波音ちゃんをそっと寝かせ、履かせやすいように両足を上げさせた。

「遠藤くん、今がチャンスよ」

「あっ、はい」

 隆靖は慎重におむつを履かせる。

「よぉし、出来た」

 装着完了し、ホッと一安心した次の瞬間、

「おめでとう遠藤くん、波音もとっても嬉しがってるわ」

「隆靖くん、おめでとう」

「隆靖お兄ちゃん、よく出来たね」

「隆靖さん、お見事でしたね」

「タカヤス、すごく手際良かったよ」「隆靖、上出来だったわ」

 他のみんなからパチパチ拍手された。

「遠藤くん、今からこの出来なら将来素敵なパパになれるわ。いい経験になったでしょ?」

 保母先生からにこにこ顔で問われ、

「はい、まあ。作業自体は簡単だけど、赤ちゃんが暴れると難しいですね」

 隆靖は照れくさそうに伝える。

「きゃははっ」

新しいおむつに換えてもらって、満面の笑みを浮かべて満足げな様子の波音ちゃんに、

「次はおっぱいの時間でちゅよぅ」

 保母先生がにっこり笑顔でこう話しかけると、

「保母先生、おっぱいあげるところ、私も見ていいですか?」

「保母先生、わたしも見たいですっ!」

「アタシもーっ! 保母のお姉さん、見せて下さい! お願いします!」

「ワタシも、見たいな」

「ほっちゃん、見せて見せて」

 碧衣達は強く要望する。

「もちろんいいわよ」

 保母先生は嫌がることなく恥ずかしがることもなく快くOKした。

 母親の貫禄である。

 ただし、

「遠藤くんは、見るのやめて欲しいな」

 こんな条件付きだ。

「俺、全く見たいとも思いませんから」

 隆靖はきっぱりと主張して授乳室から早足に出て行き、休憩所の長椅子に腰掛けてのんびり待っている旦那さんのもとへ。

「何とか無事成功しました。おむつ換える途中、娘さんを一回泣かしてしまって申し訳ありません」

「べつにかまわないさ。ぼくがおむつ替えやってもいつも嫌がられて大泣きされちゃうからね。きみ、女の子いっぱい連れてたけどモテモテだね」

「いや、あの子達は姉と近所の幼馴染なんです。あの子達には、昔からショッピングとか遊びによく無理やり付き合わされてて。荷物係的な感じで」

「ハハハッ。やはりそうか。ぼくと同じだな。ぼくにも姉二人と妹一人がいてね、しょっちゅう無理やり付き合わされたものだよ。女の子向けの下着売り場や水着売り場に連れて行かれた時はいつも居心地悪く感じてたよ」

「俺も同じ経験ありますよ」

「そうか。ぼくは姉に生理用品無理やり一人で買いに行かされたこともあったな。記憶にあるだけでも十回以上は」

「それは大変ですね」

「分かってもらえて嬉しいよ。ぼくの中高時代の男兄弟ばかりの友人には、羨まし過ぎるとか言われたけどね。きみの連れてた女の子達、地味な格好の子ばかりだけど、きみはどう思う?」

「まあべつに、地味でいいと思います。俺、渋谷や原宿にいるような派手な格好の女の子は苦手だし」

「それで良いぞ。きみも将来の結婚相手には、おしゃれに関心のない地味な子を選んだ方がいいよ。おしゃれにやたら拘る子は、服だけじゃなく宝石とかアクセサリーとかブランド物の高価なバッグや財布や化粧品や香水、エステとかにも余計な大金を使うからね」

「その考え、俺にもよく分かります」

「そうか。嬉しいよ」

 旦那さんと隆靖、意気投合していたその頃。授乳室では、

「いっぱい飲んでね」

 保母先生がブラをはずし、波音ちゃんに母乳を飲ませていた。

「波音ちゃん、美味しそうに飲んでるね」

「ほっちゃんの乳首、いい形してるもんね」

「わたし達にもこういう時期があったっていうのは、なんか不思議」

「アタシも癒されるよ」

「ワタシも」

 他のみんなは真剣な眼差しで眺める。

「お腹いっぱいになったみたいだね。おいちかったでちゅか?」

 保母先生が波音ちゃんの背中をなでながら赤ちゃん言葉で問いかけると、

「ぁあぁ~」

 娘の波音ちゃんは満面の笑みを浮かべてくれた。

「あたしもほっちゃんのおっぱい飲みた~い。飲ませて~」

「こらこら遠藤さん」

「あいでっ」

 保母先生は実帆子に軽くでこぴんしたのちブラを着け、半袖ブラウスのボタンを閉じて波音ちゃんを抱きかかえる。ここにいるみんなは隆靖と旦那さんが待っている場所へ。

「保母先生、これからのご予定は?」

 優佳が尋ねると、

「スカイツリーに行く予定よ」

 保母先生は楽しそうにこう伝えた。

「それでは、わたし達とはここでお別れですね」

「よかったら、あなた達もいっしょにどう? 電車賃と入場料は全額先生が払うよ」

「皆さんもぜひどうぞ」

 保母先生と旦那さんは誘ってくれるも、

「アタシはいいよ。入学式のあと家族で行ったばかりだから」

「保母先生、家族水入らずの時間をお楽しみ下さい」

「そこは家族で楽しむべきだよね」

「ワタシ達がいると邪魔になるもんね」

「それに、高額な入場料負担させるのは悪いもんな」

「ほっちゃん、ご家族で楽しんで来て」

 みんな丁重にお断りした。

「べつにかまわないんだけど、気遣ってくれてありがとう。先生今日はとっても楽しめたわ。では月曜日に元気でね。波音ちゃんもばいばいしましょうねぇ」

「あぁぁぁ」

「皆さん、さようなら。またどこかでお会いしましょう」

「まったね、ほっちゃん、波音ちゃん、イクメンパパの旦那さん」

「ばいばーい、波音ちゃん、おじちゃん、保母のおばちゃ、んじゃなくてお姉さん」

「保母先生、波音さん、旦那様、さようならです」

「波音ちゃん、ばいばーい。保母先生、旦那さん、さようなら」

「保母先生、これからもワタシの弟達のことをよろしくお願いします」

「それじゃ、また」

これにてお別れ。

「私達も、そろそろ帰ろっか?」

「そうだな。もう四時半過ぎてるし。あっ、その前に、今夜の夕食と明日の朝食の材料買って帰らないと」

 隆靖達は一階食品売り場へ。隆靖がカートを押して、碧衣はその横を並ぶようにして歩き、他のみんなはその後ろをついていく。

「隆靖さんと碧衣さん、新婚夫婦みたいになっていますね」

 優佳からにこにこ顔で突っ込まれ、

「そうでもないだろ」

 隆靖は困惑顔。

「そう見えるかなぁ?」

 碧衣はちょっぴり照れた。

「隆靖お兄ちゃん、今夜は何を作ってくれるのかな?」

「今夜はすき焼きにしようと思う。ウィゾマーちゃんがいる最後の夜だし、ちょっと豪華にしようかなっと」

「隆靖お兄ちゃん、アタシのためにそんなことしてくれるなんて優しいじゃん」

「いや、べつにそういうわけじゃ。俺も食いたいと思ったし。あっ、この長ネギ安いな」

「タカヤス、天ぷらも作って欲しいな」

「絵梨乃姉ちゃん、勘弁して。揚げ物はむずいから」

 隆靖は野菜コーナーですき焼きの材料をどんどん籠に詰めていく。

 続いて精肉コーナーへ。

「隆靖、この宮崎牛のが食べたいな」

「実帆子姉ちゃん、これは高過ぎだろ。こっちのオーストラリア産のにするから」

「えー、かわいいウィゾマーちゃん最後の夜なのよ」

「隆靖お兄ちゃん、アタシもこの宮崎肉が食べたいな」

「隆靖くん、買ってあげなよ」

「タカヤス、ワタシもこれが食べたい」

「隆靖さん、ここは奮発すべきですよ」

「まあ、いいか。父さんの金だし」

 隆靖は結局わりと高めのすき焼き用牛肉を選び、籠へ。

「タカヤス、暑くなって来たし、そろそろアイスも買っとこう」

「そうだな」

 隆靖達は続いてアイスコーナーへ。一箱八本入りくらいのアイスパックを抹茶味、ソーダ味、柚子味の三箱、買い物籠に詰めた。他に食パン、お味噌、りんごジャムなども。

隆靖が代表してレジを通した後、

「隆靖くん、この入れ方はダメだよ。潰れちゃうよ」

「そんなに気にしなくても……」

 隆靖と碧衣、仲良く協力して買った物を袋に詰める。

「このジュゴォォォーッて出てくるの面白いよね」

アイスを入れた袋の方には溶けないように、ウィゾマーが専用機械にコインを入れてボタンを押し、粉状ドライアイスを入れた。

ここを最後に、みんなはショッピングモールをあとにする。

「雷雨になってるな」

 外は予想外の土砂降りの大雨で、ゴロゴロ雷も断続的に鳴っていた。

「隆靖お兄ちゃん、もう少ししてから帰ろう」

 ウィゾマーは苦い表情で言い、一人で店内へ戻ろうとする。

「ウィゾマーちゃん、ひょっとして雷怖いのか?」

 隆靖はにっこり微笑んだ。

「うん、アタシの故郷は東京以上に雷よく鳴ってて、その度にお布団に潜り込んでたよ」

 ウィゾマーは俯き加減で照れくさそうに打ち明ける。

「隆靖くんも幼稚園の頃、雷鳴った時私にしがみ付いて来たことあったね」

「碧衣ちゃん、俺は全く覚えてないから」

「あったわね、そんなこと。懐かしい」

 優佳は思い出し笑いした。

「隆靖、そんなだったわね」

「実帆子姉ちゃんも笑うなよ。大昔の話だろ」

「ごめんごめん、どこで時間を潰す? そういやウィゾマーちゃん、文房具屋さん行きたがってたよね?」

「そこはもういいや。四階まで戻るの遠いし。アタシ三階のペットショップ寄りたーい」

 こうしてみんなはウィゾマーの希望したお店へ。

小学一年生の頃、カブトムシをここで父さんに飼ってもらったことがあるな。

 隆靖が懐かしさに浸りながら店内を見て回り、

「エリマキトカゲちゃんだ。ワタシのお友達に飼ってる子いるよ。ウィゾマーちゃんの故郷では野生でいるのかな?」

「いや、アタシの故郷でも野生では見かけないなぁ。ニューギニア島にはいるみたいだけど。このスッポン、すごく格好いいっ! 美味しいのかな?」

「ネオンテトラ、かわいいわ」

 絵梨乃とウィゾマーと実帆子が水槽で売られているペットに夢中になっている間、

「寄ったついでにコニちゃんのエサ買っておこう」

優佳は碧衣といっしょにペットフードコーナーへ。コニちゃんとは優佳の飼っているクサガメの名前だ。

「優佳ちゃん、最高級のを買うんだね」

「一回これ与えたら、コニちゃんすっかり舌が肥えちゃって、市販品の亀のエサはこれしか食べてくれなくなっちゃったの」

「あらら。コニちゃんは優佳ちゃんに似てすごく頭良いみたいだね」

「わがままなだけだと思うけど」

     ※

店内で三〇分ほど余分に過ごして再び外へ出た頃には、すっかり晴れ上がっていた。

 地元駅へ戻り、自宅への帰り道を歩き進んでいる頃には午後六時過ぎ。

「ウィゾマーちゃん、駅降りてから急に大人しくなったね」

「ウィゾちゃん遊び疲れちゃったのかな?」

 碧衣と実帆子はついさっきまでとは様子が違うウィゾマーに疑問を抱いた。

「ウィゾマーちゃん、なんか顔がちょっと赤いぞ」

「ウィゾマーさん、お熱あるんじゃない?」

「それっぽいわ」

 隆靖と優佳と絵梨乃もすぐにウィゾマーの異変に気付く。

「なんかアタシ、今、すごくしんどくって」

 ウィゾマーはゆっくりとした口調で答えた。

「ウィゾマーちゃん、本当にお熱があるよ」

 碧衣はウィゾマーのおでこに手を当ててみた。

「大丈夫ですか? ウィゾマーさん」

 優佳も心配そうに問いかける。

「まあ、なんとか」

 ウィゾマーはそう答えるも、ぐったりしていた。

「ウィゾマーちゃん、絵梨乃姉ちゃんの部屋までおんぶしてやろっか?」

 隆靖はふらふらした足取りで歩いていたウィゾマーに、優しく声をかけてあげる。

「ありがとう、隆靖お兄ちゃん」

 ウィゾマーは囁くような声で礼を言うと、隆靖の両肩に手を掛けた。

「しっかり掴まってて」

隆靖は優しく伝え、ウィゾマーが背負っていたリュックもいっしょにおんぶしてあげる。

「隆靖くん、心優しい」

「タカヤス、またもお兄さんらしいとこを見せたね」

「隆靖さん、男らしいです」

「隆靖、本当のお兄ちゃんらしいわね」

 隆靖の気配りに、碧衣達は感心したようだ。

 六時半頃に自宅へ帰り着いた隆靖は、

「母さん、父さん、ウィゾマーちゃんが熱出した」

すぐさま両親に報告。

「あら大変。疲れちゃったのかしら?」

「ウィゾマーちゃん、大丈夫かな?」

 両親と、

 ウフォウフォ?

「お体、大丈夫ですみぃ?」

サトゥンサとピョネコンティも心配そうに接してくれる。

「ウィゾマーちゃん、もう少しで部屋に着くからな」

 隆靖はウィゾマーをおぶったまま階段を上り、絵梨乃のお部屋へ向かっていく。絵梨乃と実帆子とサトゥンサもあとをついていった。

「さあ着いたぞウィゾマーちゃん」

「ありがとう、隆靖お兄ちゃん」

辿り着くと、ベッドの上にそっと下ろしてあげた。

「あたしも幼い頃は遊び疲れて熱出すことよくあったなぁ」

 実帆子は懐かしむ。

 ウホ。

サトゥンサは心配そうにウィゾマーの側に寄り添った。

「あの、サトゥンサ、これ、お土産だよ」

 ウィゾマーはゆったりとした口調で伝えながらリュックからサングラス、海パン、アーモンドチョコレートを取り出し、サトゥンサに手渡す。

 ウフォ、ウホ、ウホ♪

サトゥンサは喜んでいるような表情を浮かべるも、ウィゾマーに向かって申し訳なさそうに深々と頭を下げた。

「こっちはピョネコンティに」

 ウィゾマーはエンゼルフィッシュのペンダント付きネックレスも取り出し、ピョネコンティに手渡した。

「申し訳にゃいですみぃ」

 ピョネコンティは深々と頭を下げながら両手で受け取り、自分の首に掛けた。

「おねんねする前に、パジャマに着替えなきゃ」

ウィゾマーはリュックを床に下ろすとすぐに立ち上がり、スカートを脱ぎ下ろした。パイナップル柄のショーツが露に。マイバッグの方から取り出したパジャマのズボンを穿くと、続いて普段着の上着を脱いで、シャツ一枚姿となった。ブラジャーは当然のようにまだ付けていない。

「ウィゾマーちゃん、半袖のパジャマで寒くないか?」

隆靖は心配してあげる。ウィゾマーの下着姿には特に気にならなかったようだ。

「うん、大丈夫。んっしょ」

ウィゾマーは暗闇で光るフォトプリントパジャマに着替え終えると、すぐさまお布団に潜り込んだ。隆靖に取ってもらった、オオサンショウウオのぬいぐるみを隣に置いて。

「ウィゾマーちゃん、お熱計ろうね」

それからほどなく母がこのお部屋に入って来て、ウィゾマーに体温計を手渡す。

「うん」

 ウィゾマーはパジャマの胸ボタンをはずし、わきに挟んだ。

 一分ほどして体温計がピピピっと鳴るとウィゾマーはそっと取り出し、自分で体温を確かめる。

「37.8分もある」

 ウィゾマーはしんどそうに、不安そうに呟く。

「大丈夫よウィゾマーちゃん、微熱だから今晩しっかり休めば朝には治ってるから」

 母が優しく伝えてあげると、

「よかったぁー」

 ウィゾマーはホッとした表情を浮かべた。

「あっ、ウィゾちゃん、鼻水が垂れてるわよ」

実帆子はとっさに、学習机の上に置かれてあったボックスティッシュから何枚か取り出し、ウィゾマーの鼻の下にそっと押し当ててあげた。

「ありがとう、実帆子お姉ちゃん」

 お礼を言って、ウィゾマーは鼻をシュンッとかむ。

「ウィゾマーちゃん、気分は悪くないかな?」

 絵梨乃は優しい声で尋ねる。

「ちょっと悪いかも。でも、吐きそうなほどじゃない」

「晩ご飯は、食べれそう?」

「あの、お母様、固形物は食べる気がしないけど、コーンポタージュが、食べたいな。あと桃も食べたい」

 ウィゾマーはゆっくりとした口調で希望を伝えた。

「コーンポタージュと桃かぁ。隆靖が用意してあげて」

 母はにこっと微笑みかける。

「えっ、俺が作るの?」

「材料は揃ってると思うから。ウィゾマーちゃんも隆靖に作って欲しいでしょ?」

「はいお母様。隆靖お兄ちゃん、作って来て」

 ウィゾマーから弱弱しい声でお願いされると、

「それじゃ、作ってくるよ」

 隆靖はやる気アップ。

「ありがとう、隆靖お兄ちゃん。楽しみに待ってるね」

 ウィゾマーはとても嬉しそうな表情を浮かべる。

「少し待っててね」

 隆靖がこのお部屋から出て行き、キッチンでコーンスープ作りに励んでいる時、

「隆靖くん、ウィゾマーちゃんのために元気が出る食事作ってあげるなんてえらいっ!」

「いやぁ、母さんに頼まれただけだから」

 碧衣も駆け付けて来てくれた。隆靖に顔を見せたあと、絵梨乃のお部屋へ向かう。

「こんばんはウィゾマーちゃん、日本の絵本読んであげるよ」

おむすびころりんの絵本を持って来ていた。

「ありがとう碧衣お姉ちゃん」

「碧衣ちゃん、気が利くわね。将来確実に立派なママになれるわ」

 実帆子は深く感心する。

「そうかなぁ? それじゃ、ウィゾマーちゃん、読むね。むかし、むかし。あるところに」

 碧衣がこのお話の最後まで読み終えた頃に、

「お待たせウィゾマーちゃん。インスタントで悪いけど」

隆靖が戻ってくる。約束どおり、コーンポタージュを作ってあげた。もう一つのお皿に皮を剥いて雑に切られた桃も。

「それでじゅうぶんだよ。ありがとう隆靖お兄ちゃん、食べさせて」

 ウィゾマーはとっても嬉しそうな笑みを浮かべる。

「それじゃ、あーんして」

 隆靖は熱々のコーンポタージュを小さじですくい、ふぅふぅして少し冷ましてからウィゾマーのお口に近づけた。

「あー」

ウィゾマーは口を小さく広げて、幸せそうに頬張っていく。

風邪引いてる時のウィゾマーちゃん、より幼く見えるな。

 隆靖はそう思いながら眺めていた。

「熱出した時って、お母さんの手料理がいつも以上に美味しく感じられるよね」

 碧衣はにこにこ顔で呟く。

 ウィゾマーはコーンポタージュを全部飲み干し、桃も全部平らげて、

「とっても美味しかった♪ ごちそうさまぁ」

 満面の笑みを浮かべる。汗も全身からびっしょり流れていた。

「お体拭いてあげるね」

「ありがとう、お母様」

「どういたしまして。ちょっと待っててね」

母は機嫌良さそうにそう告げて、お部屋から出て行った。

数分のち、

「遅くなってごめんねウィゾマーちゃん」

 母はお湯を張った洗面器と、二枚のバスタオルを手に持って戻ってくる。そのセットを、ウィゾマーの枕元にそっと置いた。

「待ってましたー」

ウィゾマーは寝転んだまま、小さく拍手した。

「俺、薬用意してくるよ。母さん、風邪薬は確かタンスの一番上だったよな?」

「ええ」

 隆靖は気まずく感じたのか、お部屋から出て行った。

「隆靖お兄ちゃん、いなくなっちゃった」

 ウィゾマーは寂しそうに、小さな声で呟く。

「隆靖ったら、ウィゾマーちゃんの裸を見るのに罪悪感に駆られたのかしら? ウィゾマーちゃん、お体拭くからパジャマ脱いでね」

「うん」

 母に頼まれると、ウィゾマーはゆっくりと上体を起こす。パジャマのボタンを外して上着を脱ぎ、次にシャツも脱いだ。きれいなピンク色をした小さな乳房が露になる。

「ウィゾマーちゃん、お腹は痛くない?」

「うん、大丈夫」

「よかった。それじゃ、拭くね」

 母はお湯で絞ったタオルでウィゾマーのお顔、のどくび、うなじ、背中、腕、わき、お腹の順に丁寧に拭いていく。その後に乾いたタオルで二度拭きしてあげた。

「ありがとう、お母様。汗が引いてすごく気持ちいい」

 ウィゾマーは恍惚の表情を浮かべた。

「ウィゾマーちゃん、パジャマ着せるからバンザーイしてね」

 碧衣に言われると、

「はーい」

 ウィゾマーは素直に返事し、両腕をピッと上に伸ばす。

 碧衣はシャツとパジャマの袖を通してあげ、ボタンも留めて着衣完了。

「次は下を拭き拭きするね。下着脱がすよ」

 続いて母はウィゾマーのパジャマズボンとショーツをいっしょに脱がし、下半身も丁寧に拭いてあげる。

「ふぁ、んっ、気持ちいい」

 おへその下からおしりにかけてなでるように拭かれた時、ウィゾマーはぴくんっとなり思わず甘い声を漏らす。

「きゃはっ」

足の裏を拭いてあげた時にはくすぐったがって、かわいい笑い声を出した。

「はい、拭き終わったよ。足上げてね」

 母は同じように乾いたタオルで二度拭きし、ショーツとズボンを穿かせてあげた。

「おば様、手馴れてますね」

 碧衣は感心する。

「そりゃぁ昔、隆靖と絵梨乃と実帆子のおむつを交換してあげたことが数え切れないほどあるからね。三人とも交換する度いつも大声で泣いて暴れ回ってて大変だったわ」

 母は使ったタオルを絞りながら微笑み顔で言う。

「なんかアタシが赤ちゃんみたいで恥ずかしいよぅ」

「ワタシもなんか照れくさいな」

「あたしもちょっと」

 ウィゾマーと絵梨乃と実帆子は照れ笑いする。

 それからほどなくして、

「母さん、ウィゾマーちゃんの体、拭き終わった?」

 隆靖はお部屋の外から小声で問いかけた。

「うん、もう大丈夫よ」

 母がこう答えると、隆靖は安心してお部屋へ足を踏み入れた。

「これ、薬」

そして小児用のメロン味の風邪薬を溶かした水を母に手渡す。

「ウィゾマーちゃん、次はお薬飲もうね」

 母はそれをウィゾマーの口元へ近づけた。

「これ、苦いからいらなぁい!」

 ウィゾマーはぷいっと顔を横に向ける。

「ウィゾマーちゃん、わがまま言わないの」

 母は笑顔でなだめる。

「アタシこんなの飲まなーい」

 ウィゾマーは頬を火照らせながらぷくぅっとふくれた。

「お薬飲まないのなら、坐薬を使おうかなぁ」

 母がにこっと微笑みかけると、

「えっ! やっ、やだやだやーだぁ。お薬、飲むよ、飲むよ」

ウィゾマーはびくーっと反応し勢いよく上体を起こし、お薬を受け取ってちびちび飲み干していく。 

「ウィゾマーちゃん、坐薬が怖いんだね。気持ち分かるなあ。お尻にぷちゅって入れるの、私もちっちゃい頃風邪引いた時お母さんにしてもらったことがあるけど、逃げ回ってたよ。予防接種並の怖さだよ」

 碧衣は深く同情する。

坐薬というと、俺にも嫌な思い出があるな。

 隆靖は、幼い頃風邪を引いた時に母に取り押さえられ坐薬を入れてもらい、その様子を姉二人とお見舞いに来た碧衣と優佳にばっちり見られた非常に恥ずかしい過去を思い出してしまった。

「あたしは座薬を使った方が良いと思うけどなぁ。早く効いてくるし」

 実帆子はにこにこ微笑みながら意見する。

「坐薬、怖い怖ぁい。それじゃアタシ、もうおねんねするよ。おやすみなさーい」

ウィゾマーは苦虫を噛み潰したような表情でこう告げて、お布団にしっかり潜り込んだ。

それからすぐに、

「あの、風邪うつしちゃうと悪いから、今夜はみんなアタシと別のお部屋で寝てね」

 ひょこっとお顔をお布団から出してこう伝えて、再び潜り込んだ。

「ウィゾマーちゃん、もうぐっすり寝ちゃってる。の○太くん並の早さだね。お大事に。早く良くなってね」

 碧衣はそう伝えてお部屋から出て、自宅へ帰っていく。

 ウフォウフォ。

「お大事にですみぃ」

 サトゥンサとピョネコンティはウィゾマーに向かって手を振り、窓から出て行った。

「ウィゾマーちゃん、おやすみ」

「ウィゾマーちゃん、ぐっすり寝て早く元気になってね」

「ウィゾマーちゃん、お大事にね。隆靖、ウィゾマーちゃんお休みだけど、夕飯作り全部頼むわね」

「母さん、やっぱそうなるのか」

 他のみんなも静かにお部屋から出て行く。

隆靖はキッチンへ向かい夕食作り。並行して風呂も沸かす。給湯器は直っていた。

夜八時頃に夕食完成。

「タカヤス、味が濃い」

「隆靖、味が濃過ぎるからもう少しお醤油少なめにした方が良かったと思うわ」

「絵梨乃姉ちゃん、母さん、俺はそんなに濃く感じないぞ」

「おれもな」

「あたしもー」

キッチンテーブルにてウィゾマー以外のみんなですき焼き鍋をつつく。

明日きっと食べるだろうな。

 隆靖はウィゾマーのために、一人分別のお皿に入れて残してあげた。

この日の夜は、

「絵梨乃、そんなに引っ付かれると暑苦しいよぉ」

「ごめんミホコお姉さん」

 絵梨乃は実帆子と同じベッドで寝ることにしたのだった。

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