Housework2 お風呂の調子が悪いから、みんなでいっしょに銭湯へ。女湯に変質者現る

早朝、六時頃。

 ガゥォォォォォォォォッ、グゴォォォォォォォォーッ!

 獣の咆哮が隆靖の自室にこだました。

「うわっ! 何だ?」

隆靖はびっくりして飛び起きる。いつもより一時間半くらい早い目覚めだ。

「なぁんだ、目覚ましか。これ、ウィゾマーちゃんが持って来たやつだな。もう朝かぁ」

 枕元に置かれてあったパイナップルの形をした目覚まし時計を止め、布団から出る。

「んにゃっ……おはよう隆靖お兄ちゃん、この目覚まし時計、故郷のジャングルでケンカ中のトラの鳴き声録音したものだけど迫力あったでしょ?」

 ほどなくウィゾマーも目を覚ました。寝起き、とても機嫌良さそうだった。

「あー。うるさ過ぎる。臨場感も溢れ過ぎ」

 隆靖はやや不機嫌だ。

「これよりさらに目覚め効果があるのも入ってるよ」

 ウィゾマーはそう伝え、

 ヴォォォォ、ウォォォォ、ウォォォォォッ!

 スイッチを切り替えて別のアラームを流した。

「うわっ、さらに耳障りだ。何の動物だ?」

「サトゥンサの雄たけびだよ。嬉しい時はこんな鳴き声出すの」

「ウィゾマーちゃん、鼓膜が破れそうなほど半端なくうるさいから早く止めて」

「はーい。さてと、制服に着替えなきゃ」

すぐに止めてくれたウィゾマーは布団から出て、すばやく起き上がる。

「……ウィゾマーちゃん、どうしてパンツ一丁になってるんだよ?」

隆靖は呆れた様子で問いかけた。

「今朝はちょっと暑かったから、無意識のうちに脱いじゃったみたい。男の子が水泳する時の格好になってたね。おかげですごく気持ちよく眠れたよ」

 ウィゾマーは照れ笑いしながら言う。

「……今度から気を付けてね」

 俺、裸のウィゾマーちゃんといっしょに寝てたってことだよな?

けっこう気まずく感じた隆靖は、ウィゾマーのパジャマ上下とシャツが床に散らばっていたことにも今気づいた。

「はーい」

 ウィゾマーはにこにこ顔で素直に返事。持参していた大きなリュックからポロシャツ&吊りスカートの夏用制服と紺のソックスを取り出し、着替え始める。

「ウィゾマーちゃん、年頃の女の子なんだし、俺の目の前で堂々と着替えるのは、やめた方がいいと思うよ」

「べつにそこまで気遣ってくれる必要ないのに」

隆靖はカーテン裏に隠れて制服に着替え始める。

 トランクス丸見え状態の時に、

「おはよう隆靖くん、さっき物凄い鳴き声がしたよね? トラ?」

 碧衣に向かいのベランダからばっちり覗かれてしまった。

「碧衣ちゃんの部屋にもやっぱり聞こえたんだ」

 隆靖は急いで制服ズボンを穿きながら呟く。

「おっはよう、碧衣お姉ちゃん。アタシの持って来た目覚まし時計の音だよ」

すでに着替え終えたウィゾマーは隆靖のすぐ側を通ってベランダに出て、機嫌良さそうに碧衣にご挨拶。

「やっぱりそっか。けっこうびっくりしたよ」

「碧衣お姉ちゃん、今日はいい天気だね。これぞ梅雨の晴れ間だね」

「うん、昨日はお昼過ぎまで雨だったし、夕方にも少し降ったもんね。ウィゾマーちゃん、隆靖くん、私もう一眠りするよ。また学校行く時にね」

「うん!」

 碧衣とウィゾマー、こう打ち合わせてお部屋へ戻る。

「姉ちゃん達はあの音でも目が覚めなかったみたいだな」

隆靖が着替え終えると、

「それじゃ、朝食作り始めるよ」

「はい、はい」

 ウィゾマーに手を引かれ、キッチンへ強制連行。

「あれ? 火がつかねえ。故障か?」

「隆靖お兄ちゃん、まずは元栓開けなきゃ」

「あっ、そっか」

隆靖はお鍋に水を入れ火をつけたのち、生卵をそのまま突っ込む。

「ゆで卵はやっぱ楽だな」

「本当はベーコンエッグ作って欲しかったのにな」

「それむずいし」

「アタシは簡単だと思うよ。自分のお弁当と絵梨乃お姉ちゃんのお弁当も作っちゃおう」

「それも俺がやらなきゃいけないのかよ。めんどいから日の丸弁当にするか」

「こらこら隆靖お兄ちゃん、それは栄養が少な過ぎるって」

「べつにいいだろ」

「ダーメ。白ご飯は半分までにしなさい!」

「分かった、分かった」

 隆靖は昨日の残りのご飯を弁当箱の半分くらいに詰めた。

「トースト焼いて、あとはシリアル食品にするか。それでじゅうぶんな量出来るし」

「隆靖お兄ちゃん、そんなカップ麺と同レベルの手抜きしちゃダメ。包丁使って、フライパンで調理する作業もしなきゃ」

「えー」

 隆靖はしぶしぶ大根などを切っていく。

 どんどん時間が過ぎていき七時頃。

「隆靖、なかなか頑張ってるわね」

 母起床。普段より一時間ほど遅い目覚めだ。

 それから約十五分後、

「おはよう、隆靖、料理張り切ってるな」

 父、普段通りに起床。朝食の前に歯磨き&洗顔&髭剃りを済ませる。

「おっはよう! ママ、パパ、ウィゾマーちゃん、隆靖」

「おはようみんな、今朝はたっぷり寝れて目覚めがいいよ」

七時二五分頃、実帆子と絵梨乃がようやく起きてくる。この二人も普段よりも一時間近く遅く起きて来た。私服の実帆子は今日は水玉チュニックとピンクのキュロットパンツの組み合わせだ。

「絵梨乃お姉ちゃん、寝癖すごいねぇ。直した方がいいよ」

 昨日以上にボサッとなっていた絵梨乃の髪を見て、ウィゾマーは微笑み顔で勧める。

「このままでいいの。お友達もこの方がかわいいって言ってくれてるし」

 絵梨乃はにこっと笑ってこう伝え、朝食を取り始めた。

「絵梨乃姉ちゃんはいつもこうだから」

 隆靖は加えて説明する。

「女子高生なんだし、もっと身だしなみに気遣った方がいいと思うけど」

 ウィゾマーは苦笑いした。

 結局出来た朝食はトースト、ゆで卵、レタス、りんご、味噌汁の五品。

 ちなみにりんごは皮が付いたままで、縦に半分に切っただけのようにされていた。

「隆靖、あたしと絵梨乃のより手抜きね。桃とびわも用意して欲しかったな」

 実帆子は勝ち誇ったような表情を浮かべた。

「皮剥くの面倒だし」

 隆靖は苦笑いで言い訳する。

「隆靖、お味噌汁の具の切り方が雑過ぎるわ。お豆腐もぐちゃぐちゃだし」

 母からも苦言。

「慣れてないからしょうがないだろ」

 ちなみに隆靖は自分のお弁当の残りの部分には冷凍の餃子とミートボールとフライドポテトを詰めた。

 昨日母に作ってもらったお弁当にはチャーハン、ピーマンのひき肉詰め、キンピラゴボウ、ポテトサラダ、チーズと梅しそ入り鶏ささみフライと手間をかけて作られたものが多かったのに対し、今朝隆靖がやったことはレンジで温めるだけの簡単な作業なのでこちらも手抜きといえよう。

「タカヤス、こんなにいっぱい盛らなくていいよ」

「絵梨乃姉ちゃん、朝食はしっかり食べた方がいいよ」

「絵梨乃、ダイエットしたい気持ちは分かるけど、朝ご飯少なめだと元気出ないよ。アタシの通ってる大学でも朝ご飯食べない子が多いって問題になってるよ」

「絵梨乃お姉ちゃん、朝ご飯いっぱい食べないと、お昼になる前にお腹と背中がくっついちゃうよ」

 隆靖と実帆子とウィゾマーがいちごジャムのたっぷり塗られたトーストを頬張りながら忠告するも、

「大丈夫。ごちそうさまー」

絵梨乃は盛られていた分の四分の三以上残した。

「絵梨乃、朝食しっかり取らないとニキビがまた増えるわよ」

 母は、爽健美茶を飲んで口直ししていた絵梨乃のほっぺたのニキビをぷにっと押した。 

「もうお母さん、触らないで。ワタシ気にしてるのに」

「ごめん、ごめん」

「……」

絵梨乃は食器を流しに置いたのち洗面所へ。

「ごちそうさまー。美味しかったよ隆靖」 

それから三分ほどで、実帆子も食べ終わる。

「ウィゾマーちゃんも、早く食べちゃって」

「隆靖お兄ちゃん、そんなに急がなくてもまだ時間あるでしょ」

「じゃあウィゾマーちゃんが洗っといて」

「それはダメ。アタシがやったら部規則違反になっちゃうし」

「べつに守らなきゃいけないほどの重要性はないんじゃないのか?」

「顧問の先生に叱られちゃうよ」

 ウィゾマーも朝食を取り終えると、隆靖は急いで食器洗いを済ませた。

実帆子姉ちゃん、まだ歯磨きしてたのか。

現在、実帆子が洗面所を使用中。

その間に、隆靖はトイレへ行くことにした。

扉を開けると、

「……いつの間に」

 先客がいた。隆靖は少し顔をしかめる。

「ぁん、もう、隆靖お兄ちゃんのエッチ♪ わざとやったでしょ?」

「わざとじゃないって」

 ウィゾマーがパパイヤ柄ショーツを膝の辺りまで脱ぎ下ろして便座に腰掛け、ちょろちょろ用を足している最中に出くわしたのだ。隆靖はとっさに目を逸らす。

「小だけだから、すぐ済むよ」

尚もお小水を出しながらにっこり笑顔で伝えられ、

「そういう問題じゃなくて、トイレ入ったら鍵はちゃんと掛けようね」

 隆靖は申し訳なさそうに扉を閉めてあげた。

実帆子が歯磨き&洗顔を終えたようなので洗面所へと向かっていく。

約三分後、隆靖もその作業を済ませリビングへ戻ると、

「隆靖、今日からはお洗濯もお願いね」

 母から次の指令が。

「母さん、それも俺がやるのかよ」

隆靖は面倒くさそうに呟いて、洗面所へ。無造作に置かれた実帆子と絵梨乃とウィゾマーの汗のしみ込んだ下着類やパジャマには一切手を触れず、籠をひっくり返して洗濯物を洗濯機へ移し洗剤、柔軟剤を適当に入れてスタートボタンを押す。

 洗濯が終わるまで待っていては遅刻してしまうので、あとは母に任せることに。

「隆靖、シャンプー少なくなって来たから帰りに買って来てね。あと今夜の晩ご飯と明日の朝食の材料も。今夜は隆靖が作りたいのを作っていいわ。七千円渡しとくから。お釣りはお小遣いにしていいわよ」

「分かった母さん」

 この要求には隆靖は快く承諾。なるべく安いのを買おうと、彼は心に思った。

「あの、タカヤス。ついでにサ○サーティもお願い」

「それは絵梨乃姉ちゃんが」

「だって買うの恥ずかしいもん」

「俺が買う方がずっと恥ずかしいよ」

「インスタントカレーとシリアル食品の間に挟めばいいじゃない」

「余計変だろ」

 隆靖と絵梨乃、押し問答。

その最中、絵梨乃のお部屋へ自分の通学鞄を取りに行っていたウィゾマーがリビングへ戻ってくる。

「実帆子お姉ちゃんはまだ大学行かないの?」

「あたしは今日は二限からだから、九時半くらいに出るわ」

「残念。いっしょに登校したかったのに」

「隆靖ぅ、ついでにゴミも出しといて。指定の収集場所に置くだけの簡単なお仕事よ」

 母は燃えるゴミの入った大きなゴミ袋を一袋手渡そうとしてくる。

「分かった、分かった」

 隆靖はしぶしぶ承諾。

まもなく午前八時になろうという頃、ピンポーン♪ とチャイム音が鳴り響いた。

 その約一秒後、ガチャリと玄関扉が開かれ、

「おはようございまーす」

 女の子ののんびりとした声が聞こえてくる。

 碧衣だ。学校がある日は、いつもこの時間帯くらいに隆靖を迎えに行くのが昔からの習慣となっているのだ。

「隆靖、彼女が来たわよ」

 実帆子はにこにこ笑いながら伝える。

「彼女じゃないって何百回も言ってるだろ」

 隆靖は呆れ顔だ。

「隆靖くん、眠たそうだね」

「ああ。なかなか寝付けなくって」

「碧衣お姉ちゃん、おはよう」

「おはようウィゾマーちゃん」

 今日はウィゾマーも加わっていっしょに登校。

門を出てすぐ、

「きゃっ!」

 碧衣は突然悲鳴を上げた。そして顔をぶんぶん激しく横に振る。

「あーん、飛んで行ってくれなーい。絵梨乃ちゃんかウィゾマーちゃんか隆靖くぅん、早くとってぇ。耳の裏側」

 庭に生えていた木の葉っぱから落ちた虫が止まったのだ。

「碧衣お姉ちゃん、テントウムシくらいで怖がってちゃダメだよ。ここは隆靖お兄ちゃんが取ってあげて」

「分かった」

 隆靖は碧衣の後頭部を軽くぺちっと叩く。

「あいてっ」

するとそのテントウムシは弾みでようやくどこかへ飛んで行った。

「隆靖くん、痛かったよ」

「ごめん碧衣ちゃん」

「隆靖お兄ちゃん、どうして直接掴まなかったの?」

「虫を直接手で触るのは、ちょっと抵抗が」

「隆靖お兄ちゃんも情けないよ。二人とも、高校生なんだから昆虫嫌いは克服しなきゃ」

「でもね」

「虫の類は大人になるに連れて嫌いになっていくものだと思うけど俺は」

「私もそう思う。これからの季節、歩いてる時とか自転車に乗ってる時とかに虫に激突する確率が上がるのは憂鬱だよ」

「アタシの故郷は一年中、夏の日本以上にいろんな虫が飛び回ってるよ」

「インドネシアは熱帯雨林気候だもんね。私は住めないよ」

「アタシの故郷、年中暑いけど猛暑日にはならないし、熱帯夜にもほとんどならないから、真夏の東京の暑さよりはマシだと思うよ。じゃあまた夕方ね」

ウィゾマーとは遠藤宅から三百メートルほど先の曲がり角で別れた。

「そういや今日数Ⅱの小テストだ。やばいよ」

「私も数学は高校に入ってから急に難しくなったと感じてるよ」

「俺は今も数学得意だけどな」

その後も三人仲睦まじく楽しそうにおしゃべりしながら歩き進んでいき、

「ではまた夕方」

遠藤宅から七百メートルほど先の交差点で絵梨乃とも別れた。違う高校なのだ。

「隆靖くん、手荒れは大丈夫?」

「今のとこは」

その後は隆靖と碧衣、二人きりで歩き進む。心配されて隆靖はやや照れくさそうだ。           

        ※

遠藤宅から二人が通う近隣では二番手の公立進学校、都立駒早川高校までは約一.三キロ。絹山宅と共に惜しくも自転車通学禁止区域に指定されているのだ。 

 八時二〇分頃、隆靖と碧衣が一年五組の教室へ入ると、

「あの、昨日、ママが東京サウスアイランドドームの屋内プール一日無料パスを福引で当てたんだけど、明日でも、いっしょに行きませんか?」

 優佳が近寄って来てこんな誘いをして来た。

「もちろん行くよ。お誘いありがとう。そこのプール、もう長い間行ってないね」

 碧衣は快く乗る。

「全部で七枚もあるので、隆靖さんはお姉さんや、イクメン候補育成指導のウィゾマーさんも誘ってどうですか?」 

「ありがとう、ウィゾマーちゃんは喜びそうだな」

「ウィゾマーちゃんと絵梨乃ちゃんと実帆子ちゃんに知らせておくね。ウィゾマーちゃんは登校したら回収ボックスに預けなきゃいけないみたいだけどまだ通じるかな?」

 碧衣はさっそくその三人にラインでメッセージを送った。

 三〇秒足らずでみんなから返答がくる。

「みんな行くって。よかった♪」

「隆靖さんもぜひどうぞ」

「俺はいいよ」

「そう言わずに。哲秀さんも誘うので」

「じゃ、哲秀が行くなら行くかな?」

 そんなやり取りの中、

「やぁ、遠藤君、おはよう」

タイミングよく哲秀、フルネーム棚網哲秀が登校してくる。中学入学以来今に至るまで校内テスト総合得点で学年トップの成績を維持し続け、現段階ですでに東大に合格出来そうな学力を有する超優等生だ。坊っちゃん刈り、四角眼鏡、逆三角顔。まさに絵に描いたようながり勉くんの風貌なそんな彼に、

「あの、哲秀さん、明日、わたし達といっしょに東京サウスアイランドドームのプールへ行きませんか?」

 優佳はさっそく無料パスをかざして誘ってみた。

「ノーサンキュー」

哲秀はやや緊張気味にきっぱり拒否して自分の席へ逃げていく。女の子が苦手なのは幼児期からで未だ治らないのだ。

「予想通りだな。というわけで、俺は行かない」

「付いて来て下さい! 無料パス使わないと勿体無いですし。それに、隆靖さんがいてくれればナンパ対策にもなりますし」

 優佳はぷっくりふくれて不機嫌そうにお願いする。

「そんな心配しなくても、実際ナンパしてくるやつなんて漫画やアニメやゲームの世界にしかいないだろ」

「隆靖くん、いっしょに行こう! 土産物とか買って帰りの荷物が増え過ぎちゃうかもしれないし」

 碧衣は腕を掴んで強く誘ってくる。

「俺を荷物持ち係にしようって魂胆が丸分かりだけど、しょうがない」

 隆靖はしぶしぶ引き受けて、自分の席へ。

「そういえば今日の遠藤君、やけに疲れ切っていますね」

 ほどなく哲秀が近寄って来て心配そうに話しかけてくる。

「昨日、俺んちにいきなりやって来たイクメン候補育成指導の女子中学生に、無理やり家事やらされたんだ」

 隆靖はため息まじりに伝えた。

「イクメン候補育成指導の女子中学生ですと?」

「今はそういうボランティアがあるみたいなんだ。母さんが祥鴎の子だからって理由であっさり引き受けちゃって……」

「それは大変ですねぇ。僕も家事は全然ダメですよん。僕んちでは家事は専ら母と祖母の役目ですから。二次元の女の子になら指導されたいと思う気持ちも少しはありますがね」

 哲秀は深く同情する。

 その直後、

「哲秀さん、今度の調理実習、哲秀さんにも調理手伝ってもらうわよ」

優佳からいきなり通告され、

「そんなぁ。後片付けだけでもいいって言ってたのに急に条件変えないで下さいよぉ」

 哲秀は落胆する。同じ班になったのだ。

「隆靖くんも絶対調理も手伝ってあげなきゃダメだよ」

「分かった、分かった」

 隆靖と碧衣は別の班だ。

    ※

八時半の朝のSHR開始を告げるチャイムが鳴ってほどなく、

「皆さん、おはようございます。立ってる子は早く席に着いてね」

 クラス担任で家庭科の保母先生が教室に入って来た。背丈は一五〇センチくらい。ぱっちり瞳に卵顔。色白なお肌。さらさらした濡れ羽色の髪はおかっぱにしている、清楚な感じの小柄和風美人だ。来月には三十路を迎える二九歳。とはいえまだ二〇歳くらいにも見られる若々しさを保っているそんな彼女は、いつも通り出欠を取り、諸連絡を伝えた。

 これをもって朝のSHRが終わると、 

「保母先生、家事を手伝おうとしない男の子へのイクメン候補育成指導が目的の部活動、イクメンみらい部がある学校があるって知ってました?」

 碧衣はこんなことを担任に質問しに行った。

「そんなのがあるの!? 初耳だ。まあ変わった部活動はいっぱいあるし、あってもおかしくはないわね」

「祥鴎女子中高にあるみたいです。その部員さんの一人、ウィゾマーちゃんっていうインドネシア人留学生の子が昨日から隆靖くんちに来てて、隆靖くんにイクメン候補育成指導をしてるの」

「へぇ。そうなんだ。遠藤くん、よかったわね」

「全然良くないですよ。昨日は洗濯物畳むのと夕飯作りとその片付けと、今朝は朝食と自分の分の弁当作らされたうえ洗濯までさせられて、帰りに母さんからおつかいまで頼まれちゃって」

 隆靖は苦々しい表情で伝えた。

「私もいっしょについて行くよ」

 碧衣は楽しそうに伝える。

「それじゃ、娘の波音のおむつと、ひ○こクラブも買って来てもらおうかしら? 今月号確か今日発売だから」

 保母先生は微笑みを浮かべて企む。

「それは無理。生理用品以上にきつい」

 隆靖は即断るが、

「分かりました」

 碧衣は快く承諾してしまった。

「ありがとう絹山さん、それじゃ、おむつはこの種類のやつを頼むわ。これが波音の一番のお気に入りなの」

 保母先生は商品名が書かれたメモ用紙を碧衣に手渡す。

「これですね、了解しました」

「ありがとう絹山さん、三千円渡しておくね。おつりは返さなくてもけっこうよ」

「いやいや、ちゃんと返しますよ」

碧衣ちゃんといっしょにそんなの買ったら誤解されそうなんだけど……。

 隆靖はこう思うも、二人の間で交渉成立。

     ※

このクラスでの今日の一時限目、数学Ⅰの授業にて前回の小テストが返却された。

よぉし、なんとか満点キープ。

 隆靖は自分の点数を知った瞬間、ホッと一安心。学業成績はまあまあ優秀で、先月行われた中間テストの隆靖のクラス総合順位は四〇人近くいる中で八番。学年三二〇人近くいるうちで五〇番台だった。この調子でさらに上を目指して頑張れば早慶にも受かりそうである。そんな赤点とは無縁そうな隆靖なのだが……。

 二時限目は六組との合同体育。一年生の男子は今の時期はサッカーだ。

「こら遠藤、棚網、ぼけーっと突っ立っとらんとボール奪いにもっと積極的に動けぇ!」

 隆靖は哲秀と共に体育の授業はいつもやる気なさそうにしているため、筋骨隆々強面体育教師の大岳先生からほぼ毎回注意を受けている。

二人ともスポーツが全般的に苦手なのだ。

「あいつ毎度、毎度。鬱陶しいよな」

「そうですねぇ。体育なんか出来ても大学一般入試には関係ないしぃ。僕、内申に副教科さえなければ一番手の都立高に行けてたのですが。その点筆記試験のみ当日一発勝負の東大一般入試はじつに公平かつ素晴らしいシステムですね。容姿、出身地、経歴、年齢による差別もないですしぃ」

 授業のあと、隆靖と哲秀はこんな会話を弾ませながら教室へと戻っていった。

次の休み時間。

「遠藤君、このゲーム、レビューが低過ぎると思いませんか? 僕は満点だと思うのですがねぇ」

「そうだな。でもファ○通のレビューなんて全然当てにならないだろ」

隆靖と哲秀とでいつもの休み時間と特に変わらないことをして過ごしていると、

「こら哲秀さん、また不要物持って来て。大岳先生に忠告するよ」

 着替えて教室へ戻って来た優佳から注意されてしまう。

「そっ、それは本当にやめて下さぁーい」

「優佳ちゃん、そこまでするのはすごくかわいそうだよ」

 いっしょに戻って来た碧衣は優しく意見してあげる。

「冗談だって。わたし、大岳先生に近寄りたくないからそんなことしないわ」

「ありがとうございますぅ」

「あいつに不要物持って来てるの見つかったら確実に謹慎食らうよな。んっ、メール。絵梨乃姉ちゃんからか」

 隆靖が突然届いたスマホメールを開くと、

【タカヤス、三時間目の音楽の授業中に貧血で倒れちゃった♪ 『夏の思い出』合唱中に。早退することにしたよ。症状は軽いから心配しないでね】

 こんな文面が。

「朝食ほとんど食べてないからだな」

 隆靖は【ほら、言わんこっちゃない】と返信する。内心は心配しているようだ。

「絵梨乃ちゃん貧血かぁ、大丈夫かな?」

「夕方には元気になってるといいですね」

 碧衣と優佳も気にかけてあげた。

      ※

その日の放課後。

「それじゃ、お買い物行こう」

「べつに碧衣ちゃんはついてこなくてもいいんだけど、あっ、でも俺一人じゃ保母先生から頼まれた物は非常に買いにくいしな」

隆靖は学校帰りに碧衣といっしょに近くのスーパーへ。

 辿り着くと、隆靖と碧衣は買い物カートを取出し店内を巡回し始める。

「これも買って帰ろう」

「隆靖くん優しい」

「今夜は鉄火丼にするか」

「貧血で倒れた絵梨乃ちゃんのために栄養満点のメニューにするなんて、隆靖くんますます優しい」

「いや、それもあるけど、簡単に作れるし」

「あらら」

 そんな会話を弾ませながら、隆靖と碧衣はマグロのお刺身コーナーへ向かっていく。

 他に卵や食パン、ふりかけ、野菜・果物、魚介類も購入。

 化粧品コーナーへも向かい、母から頼まれていたシャンプーも忘れず籠に詰めた。

「あとはおむつか」

 続いて赤ちゃんのおむつコーナーへ。

「保母先生が言ってたのは、これだね」

 碧衣が手に取ろうとしたら、

「こっちのおむつの方がいいんじゃないかな。パッケージのデザインもいいし」

 隆靖は近くにあった別の種類のおむつを指した。

「隆靖くん、おむつはパッケージで選ぶんじゃないよ」

「そうか?」

「そうだよ。赤ちゃんっていうのは気に入らないおむつを付けたらすごく不機嫌になっちゃうものなんだよ」

 碧衣はきちんと頼まれていた種類のおむつを買い物かごに入れる。

「あとは、あれか。この店で売ってるかな?」

「きっとあると思うよ。スーパーは主婦御用達だし」

 碧衣の予想通り、おまけ程度に置かれている雑誌コーナーに頼まれていた育児情報誌はけっこうたくさん並べられていた。

 碧衣がそれを一冊手にとって籠に入れ、いよいよレジへ。

「俺、向こうで待っとくから。これ、お金」

「あんもう、いっしょに並んで欲しかったのに」

 隆靖は碧衣に自分の財布を渡し、先にレジの向こうへ回った。

 碧衣はちょっぴり不機嫌に。

 会計を済ませた時、

「どうもありがとね。またご利用下さいませー」

 レジのおばちゃんににこっと微笑まれた。

「隆靖くん、もっときれいに入れなきゃ」

「どうせまた出すんだから適当でいいだろ」

「ダーメ。卵そこに入れたら運んでるうちに割れちゃうよ」

 二人で協力して買った物をいくつかの袋に詰め、店内から出ると、

「どうもありがとう」

 保母先生が待っていてくれた。

 波音ちゃんもいた。ベビーカーに乗せられた形で。

「この子が波音ちゃんかぁ。こんばんは。かっわいい♪ ばぁっ!」

 碧衣がにこっと微笑みかけると、

「あぁぁぁっ、あぁま」

 波音ちゃんは嬉しいのか満面の笑みを浮かべてくれた。

「やっぱ赤ちゃんはかわいいな」

隆靖が顔を近づけると、

「うぇぇぇ、ぅえええーんっ!」

 波音ちゃんは大声で泣き出してしまった。

「あらら、波音ちゃん、このお兄ちゃんは怖くないでちゅよ」

 保母先生は赤ちゃん言葉で話しかけ、にっこり微笑みかける。

「保母先生すみません、泣かしてしまって」

 隆靖は罪悪感に駆られているようだ。

「いえいえ、旦那さんがあやしても高確率で泣くから。波音ちゃん、あばばばぁ」

 保母先生があやすと、

「えぇぇぇ、えっ」

 波音ちゃんは途端に泣き止んだ。笑みも浮かぶ。

「俺、幼い子どもの扱い下手だからな。父さんも幼い子どもは苦手だって言ってたし」

「隆靖くん、気にしちゃダメだよ」

「今は人見知りする時期だから。あと二ヶ月、波音が一歳になる頃には、きっと遠藤くんのことを気に入ってくれるようになると思うわ」

 保母先生は優しく勇気付けてくれた。

「あの、保母先生。おむつ代と雑誌代のおつり返しておきます」

 碧衣は自分の財布から取り出し手渡そうとする。

「あら、べつにいいのに」

「そういうわけにはいきません。受け取って下さい」

「それじゃ、受け取っておくわね」

保母先生は碧衣に対する好感度がさらに上がったようだ。

「ありがとうございます。さようなら保母先生、波音ちゃん、ばいばーい」

 碧衣は波音ちゃんに向かっても微笑みかけ手を振る。

「さようなら」

 隆靖はまた泣かしちゃうとまずいと考え、波音ちゃんとは目を合わさずに別れの挨拶。

「さようなら絹山さん、遠藤くん、また月曜日に学校でね。波音、ばいばいしましょうね」

 保母先生は波音ちゃんの腕を掴んでもみじのような手を振らせたのち、ベビーカーを引いて自宅の方へ向かって行った。

「波音ちゃんすっごくかわいかったねー」

「そうだな」

「私も十年後くらいに赤ちゃん作りたいな」

「……それにしてもスーパーって、飲料水が安いよな。コンビニで一四七円のが七八円とか八八円とかで売られてるし」

「お菓子やパンやインスタント食品とかもスーパーの方が基本的に安いよ。だから限定商品以外はコンビニで買わない方がお得だよ」

隆靖と碧衣、いっしょに帰り道をしばらく歩いていると、

「二人とも、とっても仲が良いね」

 ウィゾマーとばったり出会った。

「あっ、ウィゾマーちゃん。学校からの帰り?」

「はい」

「やっぱ今日も俺んち泊まるのか?」

「もっちろん♪ 実習期間中だし」

「やっぱそうなのか」

 隆靖は落胆しているようだ。

「もう、隆靖お兄ちゃんったら、本当は嬉しいくせに。それより絵梨乃お姉ちゃんが貧血で倒れちゃったみたいだけど、心配だな」

「まあ特に心配することもないと思う」

「私もお見舞いに行くよ」

 こうしてその後は三人いっしょに帰り道を歩き進む。

     ☆

 午後五時過ぎに隆靖とウィゾマーは帰宅。碧衣もお邪魔した。

「おかえりタカヤス、ウィゾマーちゃん。いらっしゃいアオイちゃん」

「絵梨乃姉ちゃん、寝てなくて大丈夫なのか?」

「うん、帰ってからじゅうぶん休んだからもう平気よタカヤス」

 絵梨乃はリビングでソファに腰掛け、録画していた深夜アニメを眺めていた。

「絵梨乃お姉ちゃんすっかり元気そうだね」

「絵梨乃ちゃん、元気そうで何よりだよ」

 ウィゾマーと碧衣もホッと一安心だ。

「ほら、これ、絵梨乃姉ちゃんの大好きな抹茶プリン」

「ありがとうタカヤス」

「さすが隆靖、お姉ちゃん思いね」

 その時すぐ横でクロスワードを解いていた母は感心する。

「絵梨乃姉ちゃん、これからは食事しっかり食べるようにな」

「絵梨乃お姉ちゃんは特に思春期真っ只中なんだから、栄養しっかり取らなきゃダメだよ」

 隆靖とウィゾマーはこう忠告。

「はーい。今日ので懲りたよ。もうあんなしんどい思いしたくないし。タカヤスが一生懸命作ってくれたお弁当も帰ってから全部食べたわ。とっても美味しかったよ」

「そうか。サンキュー絵梨乃姉ちゃん」

「どういたしまして。いただきまーす」

 絵梨乃は抹茶プリンを付属のプラスチックスプーンで掬って嬉しそうに美味しそうに頬張る。

「絵梨乃ちゃん幸せそう。では私、そろそろお暇しますね。隆靖くん、今日も家事頑張ってね」

 碧衣は隆靖へエールを送り、自宅へ帰っていった。

「母さん、ウィゾマーちゃん、今日も洗濯物俺が片付けなきゃいけないのか?」

「そうね、日曜日まで家事はなるべく全部隆靖に任せるって契約になってるし」

「当然、隆靖お兄ちゃんがやらなきゃダメよ。干したのはお母様なんだし」

「しょうがねえ」

隆靖は昨日と同じように洗濯物を取り込むと、

「隆靖お兄ちゃん、今日はアイロンがけもやってもらうよ」

 ウィゾマーからこんな指示が。

「今日は暑いし、そんなことしなくていいだろ」

「関係ないのっ!」

「分かったよ」

 むすぅっとした表情で言われると隆靖は断れず、しぶしぶ父のワイシャツ、自分の制服のポロシャツ、絵梨乃のプリーツスカート、実帆子のブラウスなどにアイロンがけを慎重にこなしていく。

「隆靖、火傷に気をつけてね」

「母さん、言われなくても分かってる」

焦がすといった失敗をすることなく無事完了。

残りの洗濯物=下着を畳んでいる最中に、

「ただいまーっ」

 実帆子が帰って来た。キッチンにやって来るや、

「ねえ隆靖、みんなでプール行くっていうから帰りに西武寄って水着買ったんだけどどれがいい?」

 ビキニタイプのを何種類かかざされ、

「どれでもいいって」

 隆靖は迷惑そうに対応する。

「もう、隆靖ったら。絵梨乃、元気そうね」

「うん、もうすっかり元気になったわミホコお姉さん」

「よかった」

「今夜は鉄分たっぷりの料理作るから」

隆靖は洗濯物を畳んだあとは浴室へ向かい、水を入れる前に軽く浴槽をシャワーで洗い流してから栓をして、水を入れ始めた。

並行してご飯を炊く準備。

 風呂釜の穴まで水が入ったのを確認すると、給湯器の操作ボタンを押す。

 ところが、

「あれ? なんか給湯器の調子が。今日は風呂入れないな」

 何度押しても反応しなかった。

「えー、あたし今日スポーツ実習あったからけっこう汗かいたのにぃ」

「タカヤス、早く修理して」

 実帆子と絵梨乃から不満そうに文句を言われる。

「無理だって。業者に頼まないとダメだろ。それに俺、機械系は苦手だ」

「この風呂給湯器、隆靖が幼稚園に入った頃から使ってるからとうとう寿命が来たみたいね。明日修理屋さんに来てもらうから、今日は銭湯行ったら?」

 母はこう勧める。

「まあ俺はべつにそれでいいけど」

「あたしもいいよ」

「ワタシは銭湯嫌だな。でも、入れないよりはマシか」

「日本の銭湯、アタシ初体験だから楽しみ♪ 碧衣お姉ちゃんも誘おう!」

 ウィゾマーはさっそく隆靖の自室へ駆け、

「碧衣お姉ちゃーん、アタシと絵梨乃お姉ちゃんと実帆子お姉ちゃんと隆靖お兄ちゃん、お風呂の調子悪いから夕飯食べたあと銭湯行くんだけど、いっしょにどう?」

ベランダ越しに大声で叫びかける。

「銭湯かぁ。私も行くよ」

「それじゃ、八時頃に碧衣お姉ちゃんちの前で」

「分かった。あっ、ちょっと待って。優佳ちゃんも誘うから」

 快く誘いに乗ってくれた碧衣は優佳宛にメールを送信。

 約一分後、返信が届いて、

「優佳ちゃんもいっしょに銭湯行くって」

 碧衣はスマホ画面をかざしながらこう伝える。

「大人数で、楽しい入浴になりそうだね」

 ウィゾマーは大いに喜んだ。

 同じ頃、キッチンにて夕飯準備中の隆靖は、

「あの、タカヤス、サ○サーティは?」

 絵梨乃からこんなことを問い詰められていた。

「あっ、すっかり忘れてた。ごめん絵梨乃姉ちゃん」

「今から買って来て」

「自分で行けば。最寄りのコンビニなら歩いても五分かからず行けるだろ」

 隆靖は困惑顔だ。

「それは嫌だな」

 絵梨乃はぷくっとふくれる。

「俺だって嫌だし」

「隆靖、買って来てあげなよ。イクメン経験値アップに繋がるわよ」

 実帆子はほっぺたをつんつん押してくる。

「俺は断固として行かない」

「実帆子、絵梨乃、隆靖困らせちゃダメよ。母さんが買ってくるわね」

 結局、母が快く買いに行ってくれることに。

    ※

隆靖は夜七時頃に家族みんなとウィゾマーの分の夕食を完成させた。

父もその頃に帰宅。

今夜は鉄火丼と蜆汁だ。

「美味しかった♪」

 丼いっぱいに盛られた鉄火丼、絵梨乃は全部平らげてくれた。蜆汁ももちろん。

 みんな夕食を取り終えたあと、

「あ~、面倒くさい。母さん、手伝ってくれないか?」

「隆靖、母さん今クロスワード解いてるから、一人で頑張りなさい」

隆靖はまたも父に書斎へ逃げられ、食器洗いを一人で任される。

「ウィゾマーちゃんは、野原ひ○しのことどう思う?」

「けっこう好感が持てるよ。家事はそんなにしてないけど、家庭的だからね。アタシの故郷でも好感持ってる人多いよ」

 ウィゾマーは故郷でも大人気だという日本の国民的アニメを絵梨乃と楽しそうに視聴していたのであった。

     ※

夜八時十分頃。

隆靖達六人は遠藤宅からは徒歩約七分、五百メートルほど先にある昔ながらの銭湯、燕湯へ。受付にて隆靖が代表して母から貰った六人分の入浴料を支払った。

当然のように隆靖は男湯、他のみんなは女湯の暖簾を潜る。

 女湯脱衣室。

「絵梨乃お姉ちゃん、昨日いっしょに入った時みたいに素っ裸にならないの?」

「だって、公共の浴場だと周り知らない人ばかりだから恥ずかしいし」

 絵梨乃は肩から膝上にかけてバスタオルを巻いていた。

「絵梨乃ちゃん、そんなに恥ずかしがらなくても。余計目立って恥ずかしいと思うよ」

 碧衣にそう説得され、

「そうかなぁ?」

 絵梨乃は恐る恐るバスタオルを外してすっぽんぽんに。

「絵梨乃お姉ちゃん、素っ裸の方が絶対銭湯に相応しいよ。久し振りの銭湯、楽しみぃ♪」

 すっぽんぽんになったウィゾマーは浴室へ駆けていく。

「ウィゾマーちゃん、走ると危ないよ。あと、服はきれいに畳んで籠にしまおうね」

 絵梨乃はこう注意して浴室へ入っていった。

 けれどもすぐに、

「やっぱり恥ずかしいからタオル巻く」

 浴室にいた他のお客さんを見て引き返して来た。

バスタオルをさっきと同じようにしっかり巻いて再び浴室へ。

「私も中学生の頃、大浴場で素っ裸になるのは恥ずかしいなって思ってた時期があるから絵梨乃ちゃんの気持ちはよく分かるよ」

 碧衣は最後に水玉模様のショーツを脱いですっぽんぽんになり、あとに続く。

「優佳ちゃんはまだぺちゃパイね」

「実帆子さん、わたしはこれで満足してますよ」

実帆子と優佳も、最後にショーツを脱いですっぽんぽんで浴室へ。

「絵梨乃お姉ちゃん、見て見て。スーパーサ○ヤ人」

「ウィゾマーちゃん、ド○ゴンボールもやっぱ知ってるのね」

「うん、故郷でもテレビ放送されてて大人気だったから。アタシの故郷でもビー○ルさんは皆口さん派が多いよ」

ウィゾマーと絵梨乃はすでに洗い場シャワー手前の風呂イスに隣り合って腰掛け、シャンプーで髪の毛をゴシゴシ擦っているところだった。

「ウィゾちゃんよく似合ってるわ」

 ウィゾマーの隣に実帆子、

「んっしょ」

 実帆子の隣に碧衣、

「ふぅ」

 優佳は碧衣の隣に腰掛ける。

「あの、ユカちゃんは、今でもテツヒデくんのことは好きかな?」

 絵梨乃に唐突に尋ねられ、

「……いや、べつに。というより、昔から好きじゃないって」

 優佳は俯き加減で慌て気味に答えた。

「あれ? 優佳ちゃん、てっちゃんのこと好きなんでしょう?」

 碧衣は疑問を浮かべながら問いかける。

「あの丸尾くんみたいなひょろひょろの子ね」

 実帆子も興味津々だ。

「前にも言ったけど、あの子はわたしの勉強のライバルなの。好きって言うより学業面で尊敬出来る男の子って感じよ」

 優佳は淡々とした口調で否定する。

「てっちゃん、昔からすごくいい子で真面目で賢いし、知的な顔つきだもんね。優佳ちゃんが好きになっちゃう気持ちは私にもよく分かるよ」

 碧衣はほんわかとした表情で言った。

「だから違うって」

 優佳は困惑顔だ。

「ユカちゃん、両親のお仕事もお互い大学教授なんだから、付き合ってみたら?」

「優佳ちゃん、もういい加減、哲秀って男の子と付き合っちゃいなよ。本当は好きなんでしょ?」

 実帆子はにやにや笑いながら、優佳の肩をペチッと叩く。

「いいって」

 優佳は俯き加減になった。

「優佳ちゃん、お顔が赤いよ」

「碧衣さん、これはね、体が火照って来たからなの」

「まだ湯船に浸かってないのに」

 碧衣はにっこり微笑む。

「優佳お姉ちゃんのお顔、茹蛸さんみたーい」

 ウィゾマーはくすくす笑っていた。

「あの、ウィゾマーさん、イクメンみらい部の活動は楽しいですか?」

 優佳は話題を切り替えようとしたのか、こんな質問をしてみる。

「はい、男に舐められない体作りとかで普段の練習はきついけど、めちゃくちゃ楽しいです。イクメンみらい部はボランティア部から派生したそうです。部員は今、全学年でアタシ含めて十三人なの。四月の終わりに正式入部してから講習を経て、今週から本格的に活動を開始しました。アタシ、どんな男の子指導することになるのかなって正直すごい不安だったよ。日本男児って、荒っぽくて怖い子も多いし、エッチを求められたらどうしようかと。初体験した隆靖お兄ちゃんはとっても優しいお兄ちゃんでホッとしたよ」

「隆靖さんは確かに心優しい人ですね」

「そうだね。隆靖くんはとってもいい人だよ。私と隆靖くん、双子の姉弟みたいにずっと付き合ってるからよく分かるよ」

「タカヤス、本当にすごく親切で心優しいからワタシも大好き。でもいっしょに手を繋いだりするのは照れくさくてもう無理だな」

「隆靖くんの今日の厚意はとてもよかったね」

「うん、めちゃくちゃ嬉しかった。タカヤスに何かお礼がしたいよ。ワタシ、体洗うのもうしばらくかかるから、みんな先に入ってていいよ」

「絵梨乃、恐々と洗わなくても誰も見てないって」

 実帆子はにっこり笑顔でこう助言して湯船の方へ。

「絵梨乃お姉ちゃん、お先に」

「絵梨乃ちゃん、実帆子ちゃんといっしょにいるね」

「四人でかたまって浸かっておきますので」

 ウィゾマーと碧衣と優佳もあとに続く。

「ここのお湯、アタシにはちょっと熱く感じる」

「わたしもです。いつも三七℃くらいで入っているので」

「私も少し熱く感じるよ。実帆子ちゃん、大学生活は楽しいですか?」

「うん、とっても楽しいわ。大学の講義の良い点は、講義中に携帯ゲームしたりネットしたり居眠りしたりしてても、特に注意されることがないことよ。まあ注意してくる教授もいるけど」

「実帆子さん、けじめはきちんとつけましょう」

「実帆子お姉ちゃん、居眠りはダメだよ」

「はいはーい」

「私も授業中、たまにノートにお絵描きして遊ぶことあるし、居眠りしちゃうことはよくあるよ。中学の頃、優佳ちゃんと席が近かった時は居眠りしたら叩き起こされたよ」

「優佳お姉ちゃん、友達思いだね」

「当たり前のことだと思うけど」

「私、優佳ちゃんの席のすぐ近くにはなりたくないな」

「碧衣さん、今度の席替えでもしなれたら、中学の時以上に厳しく監視するからね」

「優佳ちゃん顔怖い、怖い」

 足を伸ばしてゆったりくつろぎ、おしゃべりし合っている中、脱衣室では、

 碧衣しゃまの脱ぎたてパンツのにおいは最高ですみぃ♪ これであそこの毛が付着してたらより最高ですみぃ。

 なんと、ピョネコンティがこっそり侵入して碧衣の下着を物色していた。

そんなことは当然のように知らない碧衣達は引き続き湯船でゆったりくつろぎ、絵梨乃は周囲を気にしながら体をゆっくり擦っていく。

 そんな時、

「お嬢ちゃん、いいお肌してるわね」

「えっ!」

 バスタオルをしっかり巻いた、四〇代くらいのお方が隣のイスに腰掛けて来た。

「あの、その」

「高校生?」

「あっ、はい」

「そっかぁ。さすが若いだけはあるわ。この銭湯にはよく来るの?」

「いえ、何年か振りです」

「そっか。おばちゃんはね、週に一回くらいは来るわよ」

「……」

 絵梨乃は大急ぎでシャワーで石鹸を洗い流して逃げ、湯船に浸かってくつろいでいるウィゾマーと碧衣と優佳のもとへ。

「あの、あそこにいるお方は、女性ではないですよね? 声も妙に男っぽかったし」

 絵梨乃はタオルは床に置いてすっぽんぽんになって湯船に浸かると、びくびくしながら問いかけた。

「そうね、明らかに男性ね」

「男の人だね。あの体つき」

「肩幅と筋肉のつきからして、百パーセント男ですね。いくら小柄で細身で髭剃っててもわたしの目は誤魔化せませんよ」

 実帆子と碧衣と優佳は姿を見て即、こう判断した。

「みんな外見だけで男って判断するのは失礼だよ。アタシの故郷ではあの人以上に男らしい体つきの女の人いっぱいいるよ」

 ウィゾマーは女性だと信じているようだ。

 その男と疑わしきお方は体を洗い流し終えたのか、絵梨乃達のいる方へ近寄って来た。

「みんなかわいいお嬢さん達ねー」

 さらにそう褒めて湯船に浸かって来た。

「あの人、男ちゃうの?」

「なんかそうっぽいよね」

 他のおばちゃんなお客さんがヒソヒソ声で呟く。

「ねえ、おばちゃんは女の人だよね?」

 ウィゾマーにお顔をじーっと見つめられ質問されると、

「そうよ。よく男と間違えられるの。子どもの頃からね」

 男と疑わしきお方はホホホッと笑った。一瞬ぎくりと反応したような気もしたが。

ますます怪しいです。

 優佳は心の中でこう思った。

「おばちゃん、のぼせちゃいそうだからもう上がるわ。あっ、あら」

 男と疑わしきお方が立ち上がって湯船から上がった途端、巻いていたバスタオルがハラリと落ちた。

「きゃっ!」

 そのお方は軽く悲鳴を上げとっさに股間を手で隠す。

「きゃぁぁぁっ!」

「わっ! 男の人だ」

 アレがほんの一瞬だがばっちり見えてしまい、絵梨乃は大きな悲鳴を上げ反射的に目を覆い隠し、碧衣は驚いて思わず声を漏らした。

「あらら。やっぱりね」

 実帆子は落ち着いた様子でにっこり微笑む。

「思った通りです」

 優佳はちょっぴり頬が赤らんだ。

「お○んちん見えたぁ! 男の人だったんだね。オカマだぁ!」

 ウィゾマーは照れ笑いし、楽しそうに笑う。

「皆さーん、ここの男の人がいますよーっ! この方です」

 実帆子は脱衣室にいる人にも聞こえるよう、大声で叫んだ。

「失礼ね。わたくし女よ。ほら、髪の毛長いでしょ?」

 男とばれてしまった女装おじさんはとっさに否定する。

「えっ!」

「男?」

「やっぱそうなんかっ!」

 他のおばちゃんなお客さん達にざわめかれ、

「やばいわ」

 女装したおじさんは、足早に浴室から逃げていこうとする。

「逃がさないよ。そりゃっ!」

 実帆子は固形石鹸をそのおじさんの足元目掛けてスライドさせた。

「ぎゃっ!」

 見事命中。

 おじさん、つるっと滑ってしりもちをついた。

「しまった!」

 その拍子にかつらも落ちて、禿げかけのすだれ頭が露に。

そんなヒミツもばれてしまった女装おじさん、にこっと笑ってかつらを拾ってすぐに立ち上がってまた走り出す。

「アタシがあのオカマなおじちゃんつかまえるぅ。待ってーっ!」

 ウィゾマーだけでなく、

「逃がしてもうたわ」「逃げ足早いわーあの人」

他のおばちゃんなお客さん達も取り押さえようとしたが失敗。

浴室から脱衣室の方へ逃げられてしまった。

にゃんだあの変態! 日本人は萌えアニメ文化が発達しているゆえに変態が多いと噂で聞いた通りですみぃ。

 ピョネコンティは碧衣のショーツを頭に被ったまま心の中で突っ込む。

なんか女湯が騒がしいな。

 すでに上がってロビー横の休憩所で待っていた隆靖は不思議がる。

 ほどなくその女装おじさんが隆靖の目の前に。

 バスローブを一枚、帯で巻かずに羽織っただけの姿だった。

「うわっ、あいつ明らかに男だろ。これで女湯入るなんて無謀過ぎる」

 隆靖は表情が引き攣る。女装おじさんはかつらをまた付けたのだ。

「ちょっと、退きなさいよ」

 女装おじさんは隆靖に勢いよく衝突。

「うわっ!」

隆靖は弾き飛ばされたが、柔道の授業で今習っている受け身を取って怪我回避。

「邪魔、邪魔」

女装おじさんもバランスを崩してしりもちをつくも、すぐに立ち上がった。早く館内から出ようと必死だ。けれども腰を痛めて速く走れない様子。

「隆靖お兄ちゃん、ナイス足止めっ。アタシがとどめを刺すよ。そりゃぁっ!」

 大急ぎでパジャマを着込んで脱衣室から出て来たウィゾマーは、そのおじさんの腕を掴むや、一本背負いを食らわした。

「んぎゃっ」

 女装おじさんは、床にビターンと叩き付けられる。これにて御用。

「おじちゃんは、お○んちんついてるから男湯の方に入らなきゃダメだよ」

ウィゾマーはこいつが逃げられないよう袈裟固のような形でしっかり押さえつけ身動きを封じた。

「どっ、どうも。ありがとうございました」

 女装おじさんはマゾなのか? 腰を強打したもののどこか嬉しそうな表情で礼を言った。

「おううう!」

「お嬢ちゃんやるねぇ」

「お見事!」

 他のお客さんや従業員さんから拍手喝采。

「皆さん、ご無事ですか?」

「あっ、もう捕まえられてる」

 それからすぐに、銭湯すぐ目の前の交番から駆け付けた二人のお巡りさんに引き渡され手錠を掛けられ逮捕された。

「あの、その、わたくしはですね、アンチエイジングの観点から、女性の体の細胞のですね、研究を。早稲田大学で」

「いいから来いっ!」

「話は署でじっくり聞いてあげるから」

 二人のお巡りさんが呆れた様子で女装おじさんを連行して銭湯から出て行った後、

「アタシ、下着着けずに出て来たの」

「べつにそれは言わなくても」

 ウィゾマーは隆靖に耳打ちし、再び脱衣室へ戻っていく。

 それから五分ほどしてウィゾマー他のみんなも風呂から上がって来て休憩所へ。

なんか、女の子特有の匂いがぷんぷん……。

隆靖はドキッとしてしまった。女の子五人の体から漂ってくる、桃やラベンダーの石鹸の香りが彼の鼻腔をくすぐっていたのだ。

「隆靖お兄ちゃん、面白いおかまのおじちゃんだったでしょ?」

 ウィゾマーは楽しそうに微笑む。

「タカヤス、めちゃくちゃ怖かったよぅ」

 絵梨乃はショックだったようで俯き加減。今にも泣き出しそうな表情だった。

「気持ちはよく分かる。俺も真夜中にあんな風貌のやつ見たら卒倒しそうだ」

 隆靖はそんな絵梨乃の頭を優しくなでてあげる。

「ウィゾちゃん、本当に強いわね」

「テレビや新聞じゃ報道されないくらい小さい事件でしょうけど、無事捕まえられてよかったですね」

「うん、隆靖くんも活躍したみたいだね」

 実帆子と優佳と碧衣もホッと一安心だ。

「いやぁ、相手が勝手にぶつかって来ただけだから活躍とは言えないと思う」

「隆靖お兄ちゃん、謙遜しなくても。アタシが捕まえることが出来たのは隆靖お兄ちゃんのおかげよ。さてと、やっぱ銭湯上がりといえばカフェオレね」

 お巡りさんにも褒められて清々しい気分になっているウィゾマーは冷蔵ショーケースを開け、ガラス瓶のカフェオレを取り出す。

「私もそれにするよ」

「じゃ、ワタシも」

「あたしは紅茶にするわ」

「わたしは、ミルクティーにしておこう」

「俺は烏龍茶で。俺がみんなの分まとめて払ってくるよ」

 他のみんなもお目当ての飲料水をショーケースから取り出した。

このあとみんなは長椅子に腰掛け、風呂上りの一杯を楽しんで銭湯をあとにしようとしたら、

「あらっ」 

 出入り口付近からこんな声が。

「あっ、保母先生だ。こんばんはー」

「こんばんは保母先生、ここで会うなんて思いませんでした」

 碧衣と優佳は少し驚く。

「先生、この銭湯けっこう頻繁に利用してるのよ。お肌にいいみたいだし」

「ほっちゃん、久し振りぃ! いつも弟がお世話になってます」

 実帆子は偶然の再会に喜び、嬉しそうにご挨拶した。

「あら遠藤さん、卒業式に会って以来だから三ヶ月半振りくらいね」

 保母先生もけっこう驚いた様子だ。

「この人が隆靖お兄ちゃんや碧衣お姉ちゃんや優佳お姉ちゃんの担任かぁ」

「噂どおり、きれいな先生ね」

 ウィゾマーと絵梨乃は興味津々に保母先生のお顔を見つめる。

「遠藤くんのもう一人のお姉さんと、こちらは、イクメン候補育成指導をしてくれているウィゾマーちゃんって子かな?」

「その通りです。今日は俺が風呂沸かそうとして、給湯器が壊れてたから銭湯に行くことになりまして」

「そっか、とっても可愛らしい子ね」

 保母先生はウィゾマーに向かって優しく微笑みかける。

「保母のおばちゃん、はじめまして」

 ウィゾマーは初対面の挨拶をし、手を差し出して握手を求めた。

「はじめまして」

 保母先生は快く応じる。

「ウィゾマーちゃん、おばちゃんは失礼だよ。お姉さんと呼ぶべきだよ」

 碧衣が注意すると、

「ごめんなさーい」

 ウィゾマーは頭をぺこんと下げて謝った。

「子持ちだから、おばちゃんでいいのよ」

 保母先生は気にしていない様子で微笑む。

「ほっちゃん、相変わらず地味で安っぽい服装ですね」

 実帆子はにっこり微笑みながら指摘した。

「べつにいいでしょ。先生に派手な服は似合わないの」

「実帆子ちゃん、北海道で酪農をしてそうな素朴な感じなのが保母先生の魅力だと私は思うよ。今日は波音ちゃんは?」

「おウチで旦那さんが面倒見てくれてるわ」

「やはりそうでしたか。もう九時近いし、赤ちゃんを連れてくるには遅いもんね。では保母先生、さようなら」

「さようならです」 

「じゃぁね、ほっちゃん。また会えて嬉しかったよ」

「保母のおばちゃん、じゃなくてお姉さん、バイバーイッ!」

「保母先生、さようなら」

「さようなら、保母先生。またお会いしましょう」

「さようなら。絹山さんと宇多川さんと遠藤くんはまた月曜日にね」

 保母先生はとても機嫌良さそうに挨拶を返し、女湯へ入っていった。

 隆靖達はこれにて銭湯をあとにし、まっすぐ自宅へ帰っていく。

 ピョネコンティは碧衣達が脱衣室へ来る直前に逃げ出し、見つからずに済んだのであった。

「あっ、ほっちゃんに変質者が出たこと言うの忘れてた」

「べつに言う必要ないと俺は思う。他のお客さんの会話から伝わるだろうし」

    ※

午後九時四〇分頃、遠藤宅。

ウィゾマーは絵梨乃のお部屋でテレビゲーム、絵梨乃はベッドに寝転び読書、隆靖は英語の予習、実帆子は隆靖の自室で彼の所有する携帯型ゲームにいそしんでいた。

そんな時、

「こんばんはー」

 碧衣が隆靖のお部屋を訪れて来た。

「何? 碧衣ちゃん」

昔からわりとよくあることなので隆靖も慣れていた。

「あの、隆靖くん、数学の宿題で分からないところがあって。問い2と5と6。空欄のままなの」

「それなら、宇多川さんに聞いてもよかったんじゃ」

「いつもお世話になってて悪いなっと思ったから」

「そういうわけか。まあいいけど」

 隆靖は快く引き受け、宿題プリントを受け取る。

「隆靖、頼りにされてるわね。碧衣ちゃん、銭湯の時から思ってたけど、けっこうムダ毛生えてたね。明日は水着着ることだし、剃ってあげるよ」

「私、剃らなきゃいけないほどムダ毛生えてるかな?」

 碧衣は自分の腕や脛を確かめてみる。

「よく見ないと気にならないくらいだけど、剃りたいから剃らせて欲しいな」

「それじゃ、剃っていいよ」

「サンキュ♪ じゃ~ん、女子力を高める剃毛セットよ」

 実帆子はピンク系花柄の可愛らしいマイポーチから除毛クリーム、刷毛、はさみ、シェーバー、毛抜き、ローションを取り出した。

その直後、

「碧衣お姉ちゃん、いらっしゃーい」

「こんばんは、アオイちゃん」

ウィゾマーと絵梨乃がこのお部屋へ入って来た。

「ちょっと今から碧衣ちゃんの恥ずかしいところのムダ毛処理するから、隆靖は見ないようにしてあげてね」

「わざわざ俺の部屋でやらなくても」

 隆靖は碧衣が悩んでいた数学の問題に集中。

「それじゃ碧衣ちゃん、下着姿になってベッドに腰掛けてね」

 実帆子から頼まれると、

「はい」

 碧衣は躊躇なくパジャマの上下を脱いでブラとショーツの下着姿になり、隆靖が普段使っているベッドに上がったのち体育座りの姿勢になった。

 実帆子もベッドの上に上がる。

「あの、碧衣ちゃん、俺がいるのに本当に下着姿になったのかよ?」

 隆靖は演習問題を解きながら気まずそうに問いかける。

「うん、私、隆靖くんは覗いて来ないって信用してるし」

 碧衣はにっこり笑顔できっぱりと言った。

「隆靖お兄ちゃん、信頼されてるね」

 ウィゾマーは感心気味に微笑む。

「万が一タカヤスがうっかり後ろ向いちゃっても大丈夫なように、お布団で隠しとくよ。ウィゾマーちゃん、そっち側持ってね」

「はーい」

 絵梨乃とウィゾマーは隆靖の普段使っている夏蒲団の両端を持ち合い、ベッドを目隠しした。

「そうしてくれた方が俺も落ち着ける」

 隆靖はより安心出来たようだ。

「アタシも剃り剃りしたいな。楽しそう」

「ウィゾマーちゃんはまだムダ毛生えてないから必要ないよ」

 絵梨乃はにっこり笑顔で言う。

「アタシにも早くムダ毛生えて欲しいなぁ」

「ウィゾちゃんも来年の今頃には嫌でもムダ毛に悩むようになると思うわ。碧衣ちゃん、うなじと背中から剃ってくね。ブラも取って」

「分かりました」

 碧衣は躊躇いなく薄ピンク色のブラを外しておっぱい丸見せに。

「じゃあ剃るよ」

 実帆子は最初に碧衣のうなじから背中にかけて除毛クリームを塗り、専用の刷毛で浮かび上がった産毛を取り除いてあげる。

「あっんっ、くすぐったいです」

「それは我慢してね」

「はい、すみません」

 除毛後はアフターケアのローションを塗ってもらい、碧衣はブラを付ける。

「次はおへそ周り剃るね。仰向けに寝転がって」

「はい」

 碧衣は体育座りからぺたんと仰向けになった。

「じゃあ剃るよ」

「……んっ、気持ちいいです」

「碧衣ちゃん、普段ムダ毛の手入れ全然やってないでしょ?」

「はい、もう一年くらいほったらかしです。去年の初プールの授業の前にお友達からわきの下と腕と脛、剃った方がいいよって言われて剃刀で剃って、それ以来剃ってないな。面倒くさくって。特に気にもならなかったし」

「碧衣ちゃん、女子高生なんだから身だしなみに気遣わなきゃ。夏は特に」

「はい、そうですね。これからは気をつけます」

「碧衣ちゃんお肌白くてきれいなんだから、そうしなきゃ勿体無いよ。今度は腿毛と脛毛剃るね」

 実帆子は碧衣の両足に除毛クリームを塗って、うっすら生えていた太ももの毛と脛毛を刷毛で取り除いていく。

「実帆子ちゃん、剃るの上手ですね」

「ありがとう。裏側も剃るからうつ伏せになってね」

「はい」

 碧衣は言われた通りの姿勢へ。太ももと脛の裏側のムダ毛もきれいに剃ってもらい、

「ふくらはぎ、揉んであげるね」

「ありがとう実帆子ちゃん、んっ、気持ちいい♪」

 ローションを塗ってもらうさいにマッサージもしてもらい、碧衣は恍惚の表情だ。

「次はわき毛剃るよ。腕上げてね」

「はい」

 再び体育座りの姿勢になったのち両手を天井に向けて伸ばした碧衣、ここも同じように剃ってもらう。

「んっ、ちょっとくすぐったい」

「碧衣ちゃん、動かないで。危ないから」

「すみません」

「はい、きれいに剃れたよ。ローション塗るね」

「ありがとうございます。んっ♪ 気持ちいい」

続いて腕毛も剃ってもらいローションを塗ってもらっている最中に、

「碧衣ちゃん、アンダーヘアーけっこう広い範囲に生えてたから、ちょっとだけ剃っておこう。そのままだと水着からはみ出ちゃうかもだし。ちょっとパンツずらすね」

 実帆子からこんなお願いをされると、

「えっ! そこも剃るの?」

 碧衣はピクッと反応する。

「うん、その方が絶対いいよ」

 実帆子はにっこり微笑みかけた。

「なんかそこ剃られるのは恥ずかしいな。私今までそこは剃ったことないよ」

「すぐに済ますよ」

「でも、ちょっと……」

「アタシのお友達もそこの毛生えて来た子は剃ったって言ってたよ。アタシの故郷じゃそこの毛剃る習慣はないけど碧衣お姉ちゃん、実帆子お姉ちゃんに剃らさせてあげて」

「ワタシも水着シーズンくらいは剃って、狭い範囲にうっすら生えてる程度に整えた方がいいと思う」

「でっ、では、お願いしますね」

碧衣は仰向けに寝ると、照れくさがりながら緊張気味にショーツを自分で膝の辺りまでずらした。碧衣のぷりんっとしたお尻がじかに隆靖の敷布団に触れる。

「それじゃ、クリーム塗るね」

 実帆子は除毛クリームが塗られた刷毛を、碧衣の露になった恥部に近づける。

「あっ、ちょっと待って! やっぱり剃るのはやめて。あとで痒くなりそう」

 碧衣は頬をポッと赤らめた。

「それじゃ、カットして短くしとくよ」

「それでお願いします」

「了解。では、カットするね」

「はい」

そんな声とチョキチョキチョキッとはさみの音がしっかり聞こえて来て、

俺はべつに碧衣ちゃんのムダ毛は全然気にならないけどな。

隆靖はちょっと見てみたいと思ってしまったが、数学の演習問題に集中。

「はい、ムダ毛処理完了したよ」

「実帆子ちゃん、ありがとうございました」

 碧衣はお礼を言ってショーツを元の位置に戻す。

「どういたしまして」

「ワタシも腕毛剃っておきたいな。ちょっと生えてるし」

「絵梨乃、あたしが剃ってあげるね」

「どうも。あっ、気持ちいい♪」

 絵梨乃は姉の実帆子に両腕に除毛クリームを塗ってもらい、刷毛でムダ毛を取り除いてもらった。

「絵梨乃お姉ちゃんいいなぁ」

 自分のつるつるな腕を見ながら羨むウィゾマー。

「隆靖くん、見て。腕と脛、きれいになったでしょ?」

 その間に碧衣はパジャマも着込み、隆靖に剃った部分を見せてあげた。

「いや、分からないな。碧衣ちゃんの肌なんか普段よく見てないし」

 隆靖は困惑気味に伝える。

「あらら」

 碧衣はちょっぴり拍子抜けしたようだ。

「隆靖、これからは碧衣ちゃんのお肌、もっとよく観察してあげて。碧衣ちゃんがムダ毛処理怠らないように」

「べつにそんなことしなくても……」

「隆靖くんにじっくり見られちゃうのはなんか恥ずかしいな」

「碧衣ちゃん、これにヒント書いたから、あとは自力で頑張って」

 隆靖はルーズリーフを千切って手渡す。

「ありがとう隆靖くん、あっ、こう解けばいいのかぁ。夜分遅く迷惑かけてごめんね」

「いやいや」

「ムダ毛剃ってすっきりした気分になれたよ」

「碧衣しゃま、ムダ毛剃っちゃったんですか? 吾輩はかわいいおんにゃの子はすね毛やわき毛が生えてる方が萌えるですのにみぃ」

 突如、窓から入り込んで来たピョネコンティは残念そうに言う。

「ごめんね、ピョネコンティちゃん。それではまた明日、おやすみなさーい」

 碧衣はピョネコンティの頭を優しく一撫でして、満足そうに自分のおウチへ帰っていった。

「隆靖もお○んちんの周りに生えてる毛、きれいに剃ってあげるよ。トランクス脱いで」

 実帆子は眼前に刷毛をかざしてくる。

「いいって」

「そう言わずにぃ。わき毛と脛毛だけでもいいから剃らせてー。あたし体毛剃るの大好きなの」

「嫌だって言ってるだろ」

 隆靖はかなり迷惑がった。

「ミホコお姉さん、タカヤスからかっちゃダメよ。みんなおやすみー」

 絵梨乃はこう伝えて、この部屋から出ていく。

「実帆子姉ちゃんも勉強の邪魔だから早く出て行って」

「隆靖、男の子もムダ毛処理ちゃんとした方がいいと思うんだけどな」

 実帆子がにやけ顔でそう主張した直後、

 ウフォ?

 サトゥンサの鳴き声が。

 ピョネコンティと同じく屋根に通じる窓から入り込んで来たのだ。

「おう、サトちゃん。いらっしゃーい」

 実帆子は快く歓迎する。

「サトゥンサ、また来たのね」

 ウィゾマーはやや迷惑そうだ。

「サトちゃん、あたしの女子力アップアイテムじーっと眺めて、サトちゃんもムダ毛処理がしたいんかな?」

 ウッフォ。

 サトゥンサはそう叫んで腕を伸ばし、実帆子のポーチを奪い取ろうとしてくる。

「オランウータンはムダ毛を剃る必要ないよ。そもそもオランウータンにムダ毛はないんじゃないかな」

 ウィゾマーにきっぱりとこう言われ、

 ウフォゥ~。

サトゥンサはしょんぼりした表情を浮かべた。

「我輩も毛を剃っちゃうと化け猫みたいな風貌になっちゃうゆえ、ムダ毛処理は全く必要にゃいですみぃ」

 ピョネコンティはほんわか顔で呟く。

「サトちゃん、オランウータンは毛深さがアイデンティティだから、剃ると格好悪くなっちゃうよ」

実帆子がこう説得すると、

 ウフォッ!

 サトゥンサは納得して微笑み、このお部屋の窓から出て行った。

「では我輩もこれにてですみぃ」

 ピョネコンティも満足そうに、同じ窓から外へと出て行った。

「バイバイ、サトちゃん、ピョネコンティちゃん。また来てね」

 実帆子もこの部屋を出て、自分のお部屋へ戻っていった。

「ねえ隆靖お兄ちゃん、碧衣お姉ちゃんは身だしなみにあまり気遣ってない意外にだらしない子だけど、隆靖お兄ちゃんはどう思う?」

「俺は、女の子は少しだらしない方がいいと思う。化粧品や装飾品に無駄遣いしないだろうから」

「そっか。隆靖お兄ちゃんはそういう子が好みなんだね」

「……まあ、そうなるかな?」

 それから隆靖は引き続き英語の予習。

ウィゾマーはこのお部屋で隆靖の所有するマンガを読んで過ごし、十時半頃。

「ウィゾマーちゃん、今夜はワタシといっしょに寝ましょう」

 絵梨乃がやって来てこんなおねだりをする。

「もちろんいいよ。アタシもう寝るから絵梨乃お姉ちゃんももう寝よう!」

ウィゾマーは快く承諾。

「そうね、明日はかなり体力使いそうだし、早めに寝るわ。それじゃタカヤス、おやすみ」

「隆靖お兄ちゃん、明日も早起きして朝食作らなきゃいけないんだから、早めに寝るようにね」

「分かった、分かった」

 こうして絵梨乃とウィゾマーはこのお部屋から出て行った。

「ウィゾマーちゃん、あたしといっしょに寝ない?」

「実帆子お姉ちゃんのお部屋臭いから嫌」

「あらら、残念」

 廊下でこんなやり取り。

よぉし、今夜はぐっすり寝れそうだ♪

隆靖は喜ぶ。予定通り、隆靖は安心して眠り付くことが出来た。

一方、絵梨乃と同じ布団で寝たウィゾマーは、

「んぎゃっ、また蹴られちゃった。でもそこが素敵だな」

 真夜中から早朝にかけて五回も、絵梨乃に蹴り起こされたのであった。

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