第7話

麻理が母からもらったメモを見ながら近くのスーパーで買い物をしていると、今日唯一自分の家に来なかった男子の姿が目に入った。

その男子は、おつまみコーナーの前で何を買うか迷っているのか、何か考え事でもしているのか、焦点が合ってない目で品物を眺めていた。


後ろに立ってもその男子は全く気付いた素振りを見せない。


「お酒、飲むんですか?」


普段の自分なら、未だに慣れない男子生徒を前にして声を掛けることなど絶対しない。しかしその時は、まだ自分に気付いていないこの男子を驚かしてやろうという、少しのいたずら心があったからか、自然と声を掛けていた。やはり敬語になってしまったが、面と向かって話すのは初めてであるから間違ってはないはずだ。


声を掛けられた男子、悟仙は相変わらずの眠たそうな目を緩慢な動きでこちらに向けてきた。


残念ながら、驚いた感じはしない。気付いていたのだろうか。


悟仙はちらりとこちらを見ると、またおつまみコーナーのほうに目を向けた。


「飲まないと言うと、嘘になる」


「どういうことですか?」


「俺の意志に関わらず、酒を飲ませる奴がいるからな」


こちらに目を向けないまま悟仙は答えた。

悟仙はその時の事を思い出しているのか、少し顔をしかめていた。


「じゃあ、今はその人のお使いですか?」


「まあ、そうなる」


まだ出会って間もないが、悟仙はお使いなどしない人物に見える。

さっきの様子から考えると悟仙は頼まれた人が相当苦手らしい。


「私のお父さんはいつもあれを食べてますよ」


並べられた品物の一つを指差すと、悟仙もそちらに目をやりそれを手に取った。


「あなたにお使いを頼んだ人の口に合うか分かりませんけど」


一応釘を刺しておく。


「別に何でも良かったんだ。これが口に合わなかったとしても、それはそいつの人選ミスであって俺のミスじゃない。だから、俺には」


「関係ない、ですか?」


悟仙の言葉を遮り言うと、悟仙は少し驚いた顔をして振り返った。


「今日、なっちゃんと加藤くんから聞いたんです。それが陸奥くんの口癖だって」


「そうか」


二人の名前を出すと悟仙は眉を少し動かしたが、すぐにいつもの眠たそうな表情に戻った。


「いつからの口癖なんですか?」


「さあな」


悟仙はそう言うと先ほど手に取ったおつまみを持った手を教室でもしていたようにひらひらと振りながら去って行こうとするが、不意に立ち止まった。


「夜道には気をつけろよ」


「あっ、はい気をつけます。お気遣いありが」


「最期に会ったのが俺じゃあ、お互い不本意だろう」


意外と優しいと思ったが違ったようだ。


「言い忘れましたが、私と陸奥くんは同じ保健係になりましたから、宜しくお願いします。あっサボったらダメですよ。陸奥くんがサボると私にそのツケがきますから、関係ないなんて事はありません。大いに関係ありますから」


仕返しの意味を込めて、笑顔でまくし立てると悟仙は一瞬呆けたような表情をしたが、すぐに背を向けて帰って行った。





「何かあったでしょ?」


麻理はその後買い物を済ませ、十分気をつけて夜道を歩き家に帰った。リビングに入るとキッチンにいた母が訳知り顔で言った。


「何にもないよ」


「嘘おっしゃい。あんた、顔に出やすいからすぐに分かるのよ」


先程夏子にも同じようなことを言われたこともあり、そうかもしれないと思った。


「男の子って皆そうなのかな?」


スーパーでの件を母に話した後に言う。

いまいち男子という生物がよくわからない。


話を聞いた母は、料理そっちのけで人指しを立てて詰め寄ってきた。目が好奇心に輝いている。


「その子って、例の先に帰っちゃって家に来なかった子でしょ」


「そうだけど、何で分かるの?」


麻理は家に来てない男子が一人いるとは言ったが、それが悟仙であるとは母に話していない。不思議に思い尋ねると、母は面白そうに笑った。


「大人になれば分かるわよ」


何だか子供扱いされているような気がするが、実際に分からないのだからその通りなのだろう。


そう考えていると妹が二階から下りてくる軽い足音がする。


「ごはん、まだ?」


不機嫌さを隠しもしない妹の態度に苦笑しながら歩み寄り目線を合わせるために屈む。


「今日は、遊べなくてごめんね。その代わり今日の夜はお姉ちゃんと寝よっか」


「うん!」


妹はぱあっと笑顔を輝かせると飛びついてきた。







「男の子ってよくわからないなあ」


寝るために部屋の電気を消し、横になって麻理はぽつりと言った。すると隣にいる妹が笑いかけてきた。


「むっちゃんはすっごいおもしろかったよ!」


姉の自分と違い妹は活発な性格であるため、去年から近くの共学の小学校に通っている。そんな年の離れた妹は、最近その名前をよく口にする。


「そっか、由衣は男の子の友達いるんだもんね」


麻理が年下だがある意味では先輩でもあるまだ幼い妹に言うと妹、由衣は同じ布団のベッドの上でふるふると首を振った。


「むっちゃんはともだちじゃないよ」


「え、そうなの?」


問うと由衣は満面の笑顔で言った。


「うん。わたしとむっちゃんは『知り合い』なの!」

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