第6話
「ほんっとうに、ごめん!」
「いいから、いいから。なっちゃんさっきから謝ってばかりだよ」
日が傾き辺りが暗くなった自分の家の前で勢いよく頭を下げる夏子に麻理は慌てて頭を上げさせた。
「それに、結構楽しかったし」
「うそ」
「え?」
「麻理、楽しんでなかったよね?やっぱり男子がいたから?」
「そ、そんなことないよ」
平静を装って言うと夏子は首を振る。
「いいや、それは嘘よ。だって麻理、男子にずっと敬語で話してたでしょ」
「それはそうだけど……」
確かに麻理は男子に対して敬語で話していた。今まで同年代の男の子と話したことがなく、どこかよそよそしくなってしまうのだ。
「それに、竜ちゃんはそれほどでもなかったけど、他の男子と話してる時、目が泳いでたし」
「うっ」
流石は親友、よく見ている。
竜二以外の男子は、やけにテンションが高く怯んでしまったのだ。
「だから、本当にごめん。あたしが変な意地張ったりしないで、あたしの家に呼べば良かったんだわ。
あたしの家なら、怒鳴ってでも早く決めさせてたのに」
結局それが言いたかったのだろう。
麻理達は悟仙が帰った後、麻理の家に向かった。
麻理としても、自分の家は普通の一軒家で班員が入るだけのスペースがあり、母にもいいと言われたので特に反論しなかった。
自分の部屋に入れるなら少し考えたかもしれないが、最初からリビングに通すつもりだったのでそれでよいならと了解したのだ。
しかし、いざリビングに皆を通して始まったのはまたもや、雑談大会であった。
竜二と夏子が何とか協力して係決め等をしてしまったから良かったが、あの二人の尽力が無ければ日が暮れかけている今でも、話し合いは終わってなかっただろう。
竜二は相当疲れたようで、話し合いが終わると、げっそりとした顔で何やら悟仙の愚痴をこぼしながらとぼとぼと帰って行った。
目の前の夏子にしても疲れを隠せないのか、少し表情が暗く、いつもの凛とした顔立ちは見る影もない。
「それじゃ、今度私の買い物に付き合って下さいね」
麻理が言うと夏子はやっと明るい表情になった。しかし、すぐに目を細めて軽く睨んできた。
「それはいいけどさ、麻理、あたしにまで敬語になってるよ」
「あっ」
慌てて手で口を押さえると、夏子は呆れたように首を振った。
「結構重症ね。本当に大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
明るく言う。夏子は納得していない顔をしていたが、もう遅い時間だと告げると別れの挨拶をして帰って行った。
それを見送り玄関から中に入って、ふっと息を吐く。夏子と竜二程ではないが慣れないことをして少し疲れた。
スリッパを脱いでリビングに入ると皆が居た時は二階の妹の部屋で妹と遊んでいた母が夕食の準備をしていた。
いつものように、エプロンを着けて母の手伝いをするために横に並ぶと、何だか申し訳ない気持ちになってきた。
「ごめんなさい。急に皆連れて来ちゃって」
「大丈夫よ。どんどん連れて来なさい」
何でもないように言う母につい頬が緩む。
「それより、うちのお姫様にはちゃんと謝っておきなさい」
「そうだね。後でちゃんと謝っておく」
うちのお姫様とは麻理の年が離れた妹のことである。
ここにいないということは、恐らく自分の部屋にいるのだろう。
「あ、麻理ちょっと買い物頼まれてくれる?ちょっとおかずが足りそうにないの」
「うん、いいよ」
母から買ってくる物が書かれたメモを受け取り、エプロンを外して外に出る。するともう日は沈み、空には星が輝いていた。
☆☆☆
悟仙は、スーパーのおつまみコーナーでジーパンのポケットに手を入れて考え込んでいた。
はて、姉が好きな酒のつまみは何だっただろうか。
悟仙は、学校から家に帰った後自宅であるマンションの自室で本を読んでいた。
本の内容など、自分には関係ないと言えばそれまでだが、悟仙は何でもかんでも関係ないと言っている訳ではない。多少の娯楽を楽しむこともできるし、一緒に居て疲れないのならば人を遠ざけることもない。
悟仙は人嫌いという訳ではない。しかし面倒くさい人は嫌いで、竜二が言うには他人に対して面倒くさいと感じる確率はかなり高いらしい。そのため余り人付き合いが得意なわけではない。
要するに、関係ないというセリフは、そういった人達や関わりたくない物事に対して拒絶の意味を込めて言っているだけで、それが不変のモットーという訳ではない。
あえて、自分のモットーを掲げるならそれは
『俺が面倒くさいと感じた人や物事とは無関係』といった、現代人からすると、ひどく一般的なモットーになってしまう。
陸奥悟仙とは、普通な人間なのである。
このような考えもあり、本という娯楽を楽しんでいると姉が仕事から帰ってきた。
海外に転勤した父とそれについて行った母から生活費はもらっているので、姉である葉子が悟仙を養っている訳ではない。
一昨年大学を卒業し、去年から会社に勤務しているだけである。
そんな姉、葉子は帰ってきて早々に冷蔵庫を開け、缶ビールを取り出すと喉を鳴らして飲み出した。何でも、会社で上司から延々と小言を言われたらしい。要するにやけ酒である。
それなら外で飲んで来て欲しいが、それを言うと無駄に絡んでくるので言わない。
さっきも言った通り、面倒くさい人とは関わりたくないのだ。
葉子が今度は冷蔵庫からつまみを出そうとする。しかしめぼしい物がなかったらしく、そこで弟がまだ冷える春の冬空の下に放り出されたのである。
「お酒、飲むんですか?」
そんなことを考えていると不意に後ろから落ち着いた声を掛けられた。
振り向くと、見知った顔がこちらを見上げていた。大きな目を不思議そうに、ぱちぱちと瞬かせながら首を傾げている。
後ろに立っていたのは、今日知り合ったばかりの女子校育ちのお嬢様、井上麻理だった。
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