第5話

午前の授業、昼休み、五限の授業と順調に今日の日程を消化し、残すは六限の班決めのみとなった。休み時間、竜二はなんとなくソワソワした雰囲気の教室を眺めていた。


「なあー、あと二人は誰がいいと思う?」


後ろの席で頬杖をつきぼーっと窓の外を見ている悟仙に声を掛ける。


「別に誰でもいい」


「そうは言ってもさ、結構ガツガツいく奴らがきたらキツくなるぞ?主に動くのは俺だけど、お前にも補助くらいしてもらうからな?」


すると悟仙は教室に視線をやり前の方で騒いでいる連中を指差した。


「あの辺が面倒くさそうだな。」


「確かに妥当だな」


竜二もそちらに視線を向け、その一団の中心人物を見る。

宮田宗一郎みやたそういちろう、竜二と悟仙と同じ中学校でかなりモテていた人物である。女をとっかえひっかえしていたという噂もあった。


竜二と同じくらいの体格にワックスで整えられた茶髪、彫りの深い顔立ちと相まってかなりモテそうだ。

確かに、宮田あたりが関わってくると面倒くさそうだ。、しかし、この林間学校は皆の仲を深めるという名目があるため簡単に同じ班になることを断るわけにはいかない。


「だからって断れないんだろ?」


悟仙がこちらの考えを見透かしたように言う。

相変わらず鋭い。この男、いつも眠たそうで我関せずといった感じだがちゃっかり良くみている。

それに、これまで竜二が今回のように頼んだ仕事はそつなくこなすのである。


「まあ、本当にたまにしか働かないんだけどな」


竜二がぽつりと漏らした声はチャイムとほぼ同時に教室に入ってきた担任教師の声にかき消された。



☆☆☆



担任の簡単な説明が終わるとすぐに班決めの時間となり教室が騒がしくなった。

そんな中で麻理は夏子から二人の男子生徒の説明を受けていた。


「こっちが加藤竜二、それでこっちが陸奥悟仙ね」


麻理がぺこりと頭を下げると。「よろしく」と先程夏子と話していたスポーツマン風な男子生徒が軽く手を上げ、「どうも」と眠そうな目をした男子生徒が会釈した。

そしてそのまま眠そうな男子生徒、悟仙はスタスタと自分の席に帰ろうとする。

それを見た竜二が慌てて止めた。


「ちょ、ちょっと待てって!」


腕を掴まれ悟仙は意味が分からなそうに首を傾げる。


「何故だ?」


「何故って新しい班員が決まる度にあんたの所に行ってたら二度手間でしょうが!」


竜二が何か言う前にたまらず夏子が声を荒げるが、悟仙は欠伸をかみ殺してどこ吹く風である。

なんというか、不思議な人だ。

そんなことをしていたら、二人の男子生徒がこちらにやってきた。




☆☆☆



「俺達も班に入れてくれない?」


そう言ってやってきたのはさっき話していた宮田の取り巻きの二人だと思われる男子生徒だった。二人に対して竜二と夏子は何やら思案していたようだが、結局入れることになった。

するとすぐに女子の方も決まったらしく、これで悟仙達の班員は決まったことになる。その後二人の男子生徒の提案により、今日の放課後に残って係やその他の細かいことを決めることになった。


悟仙は何故お前らの為に貴重な時間を割かなければならないんだと主張したかったが、先んじて夏子に睨まれたことで言う機会を逃してしまった。




☆☆☆




放課後、男女が別れて四つの席を向かい合わせに座った。その右端の席で、夏子はこちらから見て左から二番目の席に座っている竜二の席辺りから時折聞こえる黄色い声に苛立ちを感じながらも考え込んでいた。


おかしい。竜二の話によると宮田という人物は中学の時、各クラスの可愛いと噂される女子には一通り声を掛けていたらしい。宮田に声を掛けられたことを一種のステータスと考えていた女子もいたとか。


そんな男が早くも学年一と噂されている麻理に夏子が知る限り一度も声を掛けていないのである。

高校に入って考えが変わったのだろうか。


それはないだろう。人間そんな簡単に変わるものでもない。それに、麻理は女子の夏子ですら見惚れるほどの容姿であるし、小学校の頃から知っているが未だに変わらない奴もいるのだ。

その人物、悟仙に目を向けるとそいつは何やら頻繁に尋ねられている幼なじみの隣の席で欠伸をしていた。




☆☆☆




前に座る二人の男子から好きな男性のタイプやら趣味やらを根掘り葉掘り聞かれ、苦笑いを浮かべながら麻理はさっきから係決めが一向に進まないことを心中で嘆いていた。


本来ならもう終わってもいい時間なのに、終わらない雑談大会のせいでまだ班長しか決まってない。

その唯一決まった班長の夏子は何やら考え込み、時折竜二の席から聞こえる声にピクッと反応するだけだ。


「なあ、もう帰ってもいいか?」


するとさっきまで欠伸をしながらぼんやりと外を見ていた悟仙が声を上げた。

あまり大きな声ではなかったが先ほどまでの騒がしさが嘘のように静かになった。

麻理は悟仙にはそのつもりは無いのだろうが、なんとなく救われた気がした。




☆☆☆




「そうだな、このままじゃ決まりそうもないし明日にしようか」


竜二はやっと女子二人からの質問責めから解放されたことに安堵しながら言う。

外を見ると日が傾き、二階に位置する教室から見下ろせる校庭は茜色に染まりかけていた。

隣では悟仙がもう帰りの支度をしている。


「え、でも俺達明日は部活なんだけど」


それならどうしてお前等は雑談に花を咲かせていたんだと言ってやりたいが、竜二も似たようなものなので何も言えない。


「だからさ、これから誰かの家でやらね?ほら、もう少しで下校時間だしさ」


「あ!それいいと思う!さんせーい!」


妙案とばかりに提案する男子二人に夏子と麻理以外の女子も賛同する。


その後どんどん話は進んでいき、麻理の家に行くことになった。

なんでも賛成派の四人の家はここから遠いらしい。

竜二と夏子は気心の知れていない人間に二人の家が近く幼なじみであると知られたくないため、どちらか一方の家に行けばバレてしまう。悟仙の家は言っても絶対に行かせてくれないだろう。


そういうことで必然的に麻理の家ということになった。


「じゃあな」


すると悟仙が手をひらひらと振りながらこちらに背を向けて帰って行く。


「え、帰っちまうのか?」


少しも残念じゃなさそうに賛成派の男子の一人が声を掛ける。


「ああ、俺の分は適当に決めといてくれ」


「せっかく麻理ちゃんの家に行けるのに勿体無いなー。本当は行きたいんじゃねぇの?」


振り返った悟仙の眉間に少ししわが寄る


「ああ、勿体ないな。この何も決まらない話し合いに費やした時間が本当に勿体無かったよ」


「何だと!」


男子が声を荒げるが、悟仙はもう言うことはないという風に再び背を向けさっさと帰ってしまった。

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