ここは「本屋」

 ここは、「地獄」だとおっしゃる方がいるけれど、自分はそうは思いません。

 

 ネット書店は、読者が探している本を何でも見つけられるけど、知らない本とは出会うことはない本屋。


 リアル書店(新刊書店、新古書店は問わす)は、知っている本を探しに…もしくは、何を探すわけでもなくふらりと立ち寄ると、未知の本と出会うことがある本屋。


 ここは、始めてくる読者にとって、知らない作者の知らない作品しかない、まったく未知の本屋です。


 そう考えると、納得できました。

「版元」の仕事は「作者」と本を繋ぐこと。「取次」の仕事は「版元」と「本屋」を繋ぐこと。「本屋」の仕事は「読者」に本を手渡して、最後に「読者」と「作者」を繋ぐこと。

 ここでは、「読者」と「作者」が直接繋がることができるのに、版元さんは、本屋に来るお客さま…「読者」と遠く離れすぎ、そのことをわかっていないから、うまく両者を繋げることができないのだと思いました。


「読者」と「作者」を繋ぐこと。


 それは「本屋」の仕事です。

 この場所が、いつの間にか自分の作品を読んで欲しい作者ばかりになり、読者が離れ、無益な争いと混乱を引き起こしているのは、ここで、自分のしていた仕事…本屋がする仕事を誰もしていないからです。


 なぜなら、ほとんどのひとが、ここが「本屋」だと気がついていないから!


 「本屋」は「読者」と「作者」が幸せな出会いをする場所であって、「作者」同士が「読者」をそっちのけにして、何を競いあっているのかよくわからない戦いをする蟲毒の壺の底のような地獄ではありません。


 ただ、ここを「本屋」として見ると、ずいぶんと酷い。


 日々送られてくる大量の新刊は、ジャンル分けもされず、どさっと新刊棚に置かれたきり。それも数分もすると、どこかわからない場所にあるストッカーにどんどんと放り込まれる。

 目につくのは、本のタイトルや作者の名前よりも印象に残る大きな字のアオリ文(本屋に来るお客さまの6割は、自分の探している本のタイトルを正確に覚えていないのに)。

 何が基準かよくわからないランキング(☆の数が順位と関係ないのは、どうして? これはいったい何のランキング??)。

 頼みに綱の検索機は、肝心の作者の名前を知らない。

 ここに登録されている作者さんの中には、プロ作家の方も多くいて、そのファンが来てくれているのかもしれないのに、その作品を見つけられないのは、重大な機会損失ですよ。


 これでは、ただ自分好みの作品が読みたいだけの「読者」が来てくれないのは当然です。

 一見さんがふらりと立ち寄るのには、あまりにも敷居が高すぎる。中にいい作品があったとしても、外からは全然わからない。


 「読者」は、自分の好きな作品を探せない。「作者」は、「読者」と出会えない。

 ここは、地獄じゃありません。

 ただ「読者」にとって不親切で、「作者」にとって不幸な「本屋」です。


 ここが自分の「本屋」なら。

 まず、日々送られてくる大量の新刊は、検品したら、ジャンル別に分け、それぞれの新刊を置いている場所に品出しします。

 話題の新刊なら店内の入口近くの目立つ場所に。ベストセラーなら、ランキングのコーナーにも置くけど、文芸書なら、文芸書の、児童書なら、児童書の、ラノベなら、ラノベの、それぞれの新刊を置く場所へ(雑誌と雑誌扱いの新刊コミックは、また別)。

 なぜなら、それを読みたいお客さま…読者は、それぞれ違うから。

 それぞれの売り場は、お客さまが入りやすいように工夫し、探しやすいように、手に取りやすいように本を並べる。

 そして、お客さまに探している本のある場所を聞かれたら、その本がある棚の前まで案内します。


 今、こんなところで偉そうなことを言っているけど、書店員時代の自分は、仕事中に妄想してばかりで仕事も遅いし、レジもよく打ち間違える、リストラされても仕方がないダメ書店員でした。

 店内はよく歩き回っていたので、お客さまに聞かれた本を探すのは得意な方でしたが、それでも、店に在庫があるのに、どうしても見つけられなくて、お客さまを帰してしまったことは一度や二度ではありません。

 自分は、ア○ゾンには遠く及ばない。

 それでも、お客さまの探している本を見つけて、その本が置かれた棚までお客さまを案内するのは、自分のささやかな喜びでした。


 「ありがとう。やっと見つけた!」


 お客さまは、そう言って感謝してくれるから。

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