2/3
夏の午後、麦茶だった液体は静かにそこにあった。
氷は溶け、しかしまだコップの中に囚われている。
「あのさ」
サッちゃんがおもむろに口を開いた。僕らは部屋に戻って、おきたことを思い返すわけでもなく、ただぼんやりと時間を過ごしていた。
「なんだよ」
投げやりにタっちゃんが返す。僕らは泣きつかれていた。タっちゃんはバットを握っていた手が痛そうだったし、僕はタックルした時にぶつけたところが痛いままだった。そしてなにより、三人とも汗塗れだった。
セミの声と暑さがが体にしみて、僕らは動く気力も尽きそうになっていた。
しかし、サッちゃんが次に言った言葉で、疲労も辛さも、いろんなことがどうでも良くなりそうだった。
「もしこういうのが街中で起きてたら、どうしたらいいんだ、これ」
「……!!」
――コウタのように、また僕らの友達が失われていってるとしたら?
僕は思わず起き上がっていた。
「た、助けなきゃ……」
知らないうちに、知らない場所で僕の、僕らの知っている人がいなくなる。
もう、コウタのように誰も失いたくはないのだ。
「でも、どうしたらいいんだ?街中を走り回っていて襲われたら……」
「あ……」
タっちゃんの一言で冷静になる。
そうなったら、何もできないまま、しかも今度は僕らが誰かを襲うことになってしまう。それにもし知っている人がゾンビになっていたら?彼らを殴ったり出来るだろうか?本当に?
静かになってしまう。また蝉の声だけが僕らの間を埋めていく。
しかし、サッちゃんはまた呟いた。
「……連絡網」
「え?」
「連絡網があるじゃん。電話してクラスの皆に知らせればきっと…!」
***
そこから僕たちはは電話をかけまくった。連絡網はなんだか4月に配られたばかりなのに古ぼけていて、シミも多かったけれど、読めないほどではなかった。
しかし結果はよくなかった。予想以上に電話が通じないのだ。
僕のクラスメートがもうこんなに死んじゃってるかもしれない。その事実が僕らを怯えさせた。もしそうなら、街全体じだけじゃない、日本じゅうがこんな風になっているかもしれないのだから。
そしてようやくかかっても留守だったり、子供のいたずらだと取り合ってもらえないことも少なくなかった。しかたがないので声が少し大人びているタっちゃんがかけるようになって、それは少なくなったけど。
「次は…雄大の家。番号は……」
「あいつの家は病院だったよな…パニックになってないといいけど……」
ちなみに、サッちゃんはここにいない。二階の僕の部屋で外をカンシしているのだ。
「……あ、もしもし。澤田というものですが、雄大くんは在宅ですか?」
つながったようだ。女性の声がきこえるが、雄大のお母さんだろうか。
雄大の家は病院だ。彼のおじいちゃんが建てた病院を、今は雄大のお父さんが切り盛りしているらしい。
彼のお母さんは勉強に厳しいらしく、成績は良いが苦労も多いみたいだ。
「はい、そうですか。であれば彼に外に出ないように伝えて下さい。回されてきた話だと、どうやら外は危険なようなのです……」
僕が言えたことじゃないけど、タっちゃんが慣れない敬語で精一杯低い声をだしているのはちょっと面白い。咳き込むふりをしながら笑いをこらえるので精一杯だ。慣れるといいやつだけど、タっちゃんはどうやら人見知りというやつらしい。
……なんだっけ、友達にだけ態度がでかいのって。うちベンケー、だっけか。
どうやら電話は間もなく終わりそうだ。
「はい、はい。よろしくお願いしま……ササキさん?ササキさん?どうしました?!ササキさん?!……クソっ、切れちまった!」
「どうしたの?!」
「なんだか何かが割れるような音がして電話が切れちまった!きっとゾンビどもが襲ってきたんだよ……!」
血の気が引いていくのを感じた。タっちゃんも取り乱している。
「ど、どうしよう……」
「電話はどんな感じ……どうしたんだ?」
サッちゃんがリビングに入ってきたので、事情を説明する。
さっちゃんは難しい顔をしてタっちゃんの話しを聞いているが、ちょっとこわい。目つきがするどいので、黙って真面目な顔をするとなんだかこわいのだ。そういえば最近、前髪を長くしてることが多いのは目を隠すためなんだろうか……?
「ケイ、雄大の家ってここからどれくらいだ?」
「……あえっ、あっ、えっ?」
突然話を振られて動揺してしまう。加えてハクリョクがあるので気圧されてしまう。カリスマ性?っていうのってこういうのなんだろうか。
「だから、ここから雄大の家まで行くのにかかる時間か距離さ。お前あの辺で雄大とばったり会ったっていってたじゃん?」
「あー、う、えっと……ピアノ教室のとこまで自転車で十分くらいだから、それくらいかな……」
サッちゃんはしばらく考えこむと言った。
「…あそこまでの道は割りと人通りがすくないよな?」
***
十分後、僕らは自転車を駆っていた。
「自転車で行けば十分なら行けない距離じゃねえ。それにこの周囲は特にそれらしい影もない。行くなら今だ。まだ助けられるかもしれない。……そうだ、間に合うかもしれない」
サッちゃん曰く、そういうことらしい。正直、後半はなんだか僕らに言っているわけでもなさそうだった。……もしかしたら、コウタが死んじゃったことを1番気に病んでいるのはサッちゃんなのかもしれない。
サッちゃんは口も目つきも悪いけど頭はいい方で、度々偉そうだけどコウタとはよく一緒にいた。コウタもサッちゃんが難しい話をしているのを聞くのが楽しそうだったから――。
「もうすぐだよ、ここを曲がればよかったはず」
そこまでの通りでゾンビを見かけることは殆ど無かった。奴らは遅くて、通りすぎるのを気づいてすらいないようだった。
スピードを殺さないように曲がると、病院が見えてきた。
雄大の家の病院は表が病院だが、脇の通り道を抜けると家への入口がある。
そちらは閉まっていたので、病院の正面玄関から入っていく事になりそうだった。
「準備はいいかよ?」
「うん。一応、包丁なんかも持ってきた」
「……刺してどうにかなるのか、あいつら」
「う、うるさいな。何もないよりかマシでしょ……?」
流石に丸腰は心細すぎるので、持てるものはもっておきたかったのだ。
「なんでもいいじゃねーか、準備が良いならさっさと行くぞ」
サッちゃんは少し苛立ったようにドアに手をかけた。
この病院のドアは自動ドアのはずだけど、微妙な隙間が空いていたのでそこに手をかけて引けば普通に開いた。土曜だから、午後は休みだったかもしれない。
「すみませーん、だれかいますか?」
サッちゃんが早々に大声で呼びかけながら走りだす。
「ちょ、サッちゃん。もうちょっと慎重に……」
「うるせえ、そんな暇ねえんだよ」
思わずタっちゃんを見ると、「しかたないからそのまま行こう」とでも言うようにため息を吐くだけだった。
受付と待合室には薄暗いままだった。問題は診察室だ。
そっとドアを開け、中がカーテンによって三つほどに仕切られたひとつ目の診察室を調べる。警戒しながらカーテンを勢い良く開けたりしてみるが、静かなものだった。ビクビクしていただけに拍子抜けだった。
さっさと隣の部屋に行く、もう一つの診察室だ。
この病院はこの街の中でも親しまれているからか、診察室は二つある。そしてドアを開けると……
――ゾンビが一体、ベッドの上に。そして、部屋の隅から血が流れていた。足が見える。
早足でサッちゃんが向かうと、そこにいたのはやはり……。
「……雄大、雄大!大丈夫か!!」
雄大くんだったようだ。
「……ぁ、サトシくん……」
「よかった、生きてた……!!待ってろ、今止血するからな…!!」
あくせくと壁際の棚から包帯やらを出していくサッちゃん。どうやら応急処置の心得もあるらしい。すごいなあ。
「……まにあった、のかな?」
「どうやらそうみたいだな……時間もなさそうだから、俺は隣の部屋で電話をしてるよ、連絡網の紙は持ってきてるから」
「ん、わかった。僕は廊下を見てることにするよ」
「また後でな」
処置をしながら、サッちゃんは雄大くんと話していたようだった。ドアは開けてあるので、声は聞こえるのだ。
……もしあのとき、僕がコウタのところに残っていたら、彼は死なずに済んだんだろうか。もしこうやって、話しをして過ごしていたら……。
――めきゅっ
「……?」
変な音がしたような気がする。
――ぶちぶちっ
それは、部屋の中からで……。
僕は恐る恐る中を見た。
すると、サッちゃんが、雄大くんに後ろから噛みつかれていた。
「……ケイ……にげ…ろ……」
――気配がして、振り向く。
そこには、さっきのゾンビの死体だったと思ったものがいた。
その後の記憶は、あまりない。
***
気がつけば、死体が三つ。
ゾンビだったものが一つ、雄大くんだったものが一つ、そしてタっちゃんだったものが一つ。
「はあ、はあ……」
タっちゃんがあのあと駆けつけてくれたらしく、最初のゾンビは死んだ。
雄大くんだったものには、僕は気がつくとまたがってめった刺しにしていた。
正直、覚えがない。
――ただ、サッちゃんは死んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます