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待合室の給水器?のようなものが泡を立てる。

水が紙コップにこぼれ落ちていく。


「……さっき、電話しててつながった家があってさ」

ぽつりと、タっちゃんが言う。

「学校に水島さんがいるんだって、さ」

「……そうなんだ」


「…………」

「…………」

「……なあ」

蝉の声だけが僕らの間に収まっていく。

僕はなんだかやるせなくて、よくわからないまま口を開く。

「……僕はもう疲れちゃったよ……助けようにも、そのたびに誰かが死んでいくなんて」

そうだ、ここまで生き延びたけど、生き延びただけだ。そして生き延びるたびに誰かが死んでいく。そんなのは果たして生きている意味があるんだろうか。……頭痛がする。


「…………」

「だいたい僕らだって助けたところでどうやって生きて行くのさ?僕らに助けが来るかどうかもわからないのに」


タっちゃんは、黙ってしまった。

黙って、紙コップの中を見つめている。

「…………」

「……ねえ、なんとかいってよタっちゃん!どうしたらいいんだよ!」

「俺だってわからないよ!!」

タっちゃんは泣いていた。体も大きくて力も強くなったけど、俯いていたのではなくて、しずかにないていたらしかった。

「わかんないよ……わかんないんだよ……」

最後の方は、消えるようで。彼自身も消えてしまいそうなほど弱々しかった。


「でも……でも後悔したくないんだよ、助けられるなら助けたいんだ。水島さんのことなんて全然知らない。けどさあ、もし生き延びた時に、『ああ、こんな奴がいて、俺は見殺しにしたかもしれないんだ』なんて思う日が来ちゃったらって方が俺は怖いよ!!わかんないけどさあ!」

気づけば僕も泣いていた、よくわからないまま。わからないことだらけだった。


でもなんだか、彼と一緒ならいいかなあ、なんて気もしてしまって。

「……しょうがないなあ、タっちゃんは」

そう思うとなんだか、笑えてきてしまった。

140ぽっちしかない僕と比べると頭一つ分以上でかいのに、

こんなに小さく見えるほどしょぼくれてる。それがなんだか無性におかしかった。

「っぅ……っぐ……なんだよぉ」

「一緒にいくよ、落ち込んでるタっちゃんってめんどくさいし……」

そう言ってタっちゃんの方を見ると、ぽかーんという顔でこっちを見ていたので吹き出してしまった。眉毛がはっきりしていて目が丸いタっちゃんは、顔芸が妙に面白いのだけど、それがこんなところで発揮されるとは。


「……なんだよ、それ。そんな理由かよ」

「そうだよ、だいたいいつもこんなじゃん」

「……まあそうだけどよ」


なんだかおかしくて、二人でしばらく笑っていた。

二人してコップを落として、水をこぼしてしまうくらいに。



***


「暗くなってきたけど、学校まで着いたら学校で立てこもれるんじゃないかな。夏休みだから人も少ないはずだし……危険はそこまでない……、と思いたいなあ」


もしそうでなかったら、水島さんどころではない。

そういう僕に対してタっちゃんは

「まあ、行ってみるしかないだろ」

と、大分肩の力が抜けたいつもの調子だった。

タっちゃんは、行動してから行動する人なのである。

「まあ、そうだね……よし、行くぞー!」

「えいえいっ」

「「おー!」」

向かうは僕らの小学校。

……水島さん以外に誰か、生きていたらいいなあ。


***


しかし、学校にあったのは地獄だった。先に避難していた人がいたのだ。彼らは体育館に立てこもっていて、そこに人だったモノたちが押し寄せていた。


とはいえ、そのおかげで僕らが注目されることはなく、後者にはわりとすんなり入ることが出来た。


僕らの教室は三階だ。途中、ゾンビ化した先生と遭遇しそうになって、遠回りをすることに鳴ってしまったけれど、どうやら水があるところを避けさえすれば、鉢合わせすることは避けられるようだった。


「なんだか、いいのか悪いのかわからない状況だなっ!」

「悲観した程ではなかった、とは思うけどっ…ね!」

とはいえ、今はまだ二階に着いたばかりだ。この学校は正面玄関が地下一階という扱いで、しかもなぜか階段が一箇所にまとまってない作りなのだ。だから、階段から階段へ向かうためにあるかなくてはならない。二階は階段同士の距離が1番遠いので、僕らは走りながら軽口を叩き合っていた。。


「で、やっぱりいるわけだ……」

「やっぱり……」

曲がり角に近づいてみるとかすかな匂いでわかる。階段の少し前、ゾンビが二体うろついている。

一階でゾンビと遭遇した時は2つあるうちの階段のどちらかに行けばよかったのでなんとかなったけれど、今回はそうともいかない。

「正面突破するしかない、か……」

「教室があるから、ドアがあいていればそこのなかでやり過ごせるんじゃないかな…?」

「それもそうか」


そうして、僕らは最後の廊下へと踏み出した。


「……なあ、ケイ」

「なんだいタっちゃん」

「生きて帰ろうな」

「……ここから家まで帰るのかあ……めんどくさいな……」

「お前ここでそういうこと言うか……」



***


「助けないと……」

知らず知らずにつぶやいている。

階段を駆け上がりながら、吐く息の隙間に詰め込むように。


あの子のことはよく知らない。休み時間、物静かに本を読んでいるというだけ。

でも時々、ふわっと咲くような笑顔で笑うんだ。

あの笑顔をまた見たい。



そして僕は汗ばむ手をドアに手をかけて――


「水島さん!」

「ひいっ……」

「僕だよ、大槻だよ」

「……」


水島さんは恐る恐る席を立つ。

「よかった、水島さん。怪我はない?」

「は、はい……?」

「じゃあ、速くここから出よう」

「……あの――



おじさんは、誰ですか?」



「……え?」


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