Holiday morning ──休日の朝──
カーテンの隙間から目もくらむ閃光がベッドに潜り込んでいるマナナに直撃した。
「うん……」
捩る身体に合わせ薄い掛け布団が動く。深夜まで専門書を読みふけっていたせいか、まだまだ寝たりない。そもそも今日は休日なのだから昼まで寝ていていいはずだ。まどろむ意識の中で、マナナは自分に言い訳した。
(穏やかに寝息を立て、では、もう一眠り……。いや、まてよ。昨日寝る寸前に思いついたアイデアは何だったっけ)
そんな事を考えてみると、完全に覚醒した自分がそこに居た。
「寝ていられる訳が無い!」
目を見開き、マナナは掛け布団をはね除ける。
「よっと!」
足を90°振り上げて反動を付け、一気に起き上がりカーテンをさっと開いた。窓を開けると外は快晴、爽やかな朝の風が心地よい。
「結局いつもの時間に起きてしまった……」
昼間で寝ていようと思っていたのに習慣とは恐ろしい。何処か遠い目をしてマナナは呟いた。
寝間着のままスリッパをはためかせ、マナナは洗面所へ向かった。
「灯りを」
コマンドワードと共に、洗面所に白色の灯りが広がった。コンティニュアルライトが恒常化されている洗面所はおしなべて明るく、マナナのお気に入りだ。適当に髪を整え、水を一口飲んでから、マナナはリビングへと向かった。
「お父さん、おはよう」
「ああ、おはよう」
ソファに座、コーヒーを啜る父に挨拶し、マナナは鼻をひくつかせた。そのままキッチンから漂う香ばしさに誘われるように顔を覗かせる。マナナの思った通り、キッチンでは母親が朝食を作っていた。
「おはよう」
「おはよう。休みの日だというのに早起きじゃない」
「お母さん……」
「なあに?」
「習慣とは恐ろしいものなんだよ!」
「そうね。遅刻寸前のいつもの時間」
「もー、そんなこと言うし」
笑顔で切り返す母に、マナナが頬を膨らませる。
「遅刻はしてないよ!」
「うんうん、そうだったわね。困った時のテレポート」
母親は笑いながら調理を続ける。遅刻しそうになるとTeleportの呪文で学校まで瞬間移動していることは、マナナの母も知るところだ。だからといってマナナを咎める様なことはしない。それは、マナナが持つ技能であり、それを使用すれば遅刻しないのなら使えばよい、と考えているからだ。
「もー、お母さんてば」
「もう少しでご飯できるから、リビングで待っててね」
「はーい」
何をするでもなく、マナナは居間のソファに寝転んだ。大きく一つ息を吐いて天井を見上げる。
「マナナ……」
マナナの父がやれやれと言った口調でぼやいた。その口調には、寝転がらずに座ってなさい、という意味合いが込められているのがありありと判る。
「相変わらず起きるの早いね」
マナナはだるそうに身体を起こし、ソファに身体を埋めた。
「いつ、どの様な状況でも同じ時間に起きることにしているんだ」
「お役人も大変だねえ……」
マナナの父親は、スウェーンの議会で働く役人だ。仕事の詳しい内容は聞かされていないが、評議会の運営を補助しているという。詳しい話をしないのではなく、できないのかもしれない。
「二人とも、朝食できたわよ」
テーブルに着いたマナナは、ローテーブルに並べられた品々をみて、いつもの感じだ、としみじみ思う。
「パンとサラダ、かりかりに焼いたベーコンの上に載せた目玉焼き、それと昨日の残りのシチュー」
「いつもの感じでしょ」
マナナの思いを読み取ったかのような母の言葉に、マナナは笑顔を返す。
「そうだね」
母がボトルから、全員の牛乳を注いで準備完了だ。
「お父さんは、お母さんの作ってくれた朝食ならなんだって食べられるぞ」
「もう、お父さんったら」
何処かぶっきらぼうに言う父に、母はどこか照れくさそうに小さく笑う。
「深い、愛が深いっ」
朝食を終え自部屋に戻ったマナナは、特に選ぶわけでもなく過ごしやすい部屋着に着替えた。
「いよしっ!」
ひとつ気合いを入れて机に向かい、昨晩読んでいた【アネト・ラクスの強化呪文概要】を開いた。
「さーて、殆ど手を付けてこなかった強化呪文なんだけど、私自身を強化するにしても……」
マナナは、強化呪文の一例として掲載されている『暴力的な力』という呪文の詳細を読み進めた。最後に添えられている絵を見て深いため息を吐く。そこには、ビフォー、アフターとして貧弱な若者がムキムキの筋肉達磨に変化している様子がリアルタッチで描かれている。一瞬自分にこの呪文を使った姿を想像して口元が引きつった。そこに添えられたキャプションに「非力な魔術師に最適」などと描かれているものだから、
「女の子がさ、こんなムキムキになりたいなんて思わないっての!!」
マナナは、半ばやけくそ気味に本に向かって突っ込んでいた。
「身体強化だから判らなくとも無いよ……。筋肉はパワーなんだし」
自分のぷにぷにの二の腕をつついてぼやく。昨日、寝る前に考えてたことは何だったのか思い出してみる。非力な自分でもパワーを出せる理論だ。
「そうそう、フォースフィールドの応用だっけ……」
力場を自身の周囲に発生させ外骨格的な見えない筋肉を纏い、足りないパワーをサポートさせる。それで万事解決という無茶理論だった。
「うんうん、楽しくなってきた」
マナナはノートに呪文をメモし始めた。書き出しで少し悩んだものの、一度書き始めると次々アイデアが湧いてきて筆は留まるところを知らない。瞬く間にノートは文言で埋まっていく。
マナナは、楽しくてしょうがない、といったふうに作業を続けていた。リズムを取る様に身体を揺らし、鼻歌まで飛び出す始末だ。
「力場の展開ー、パワーを調整してー、出力に応じて力場を維持するー。自分が押しつぶされないのも重要ねー」
ノートの文字もマナナの気分が乗り移っているのか、躍る様に書かれている。
楽しい時間というものは、瞬く間に過ぎ去っていく。
「マナナ、お茶にしましょ」
もうそんな時間になったのか、とマナナは思った。時計の針は10時を指している。
「はーい」
甘いお菓子と紅茶でリフレッシュもいいだろう。マナナは鉛筆を置き、ノートもそのままにリビングに向かった。
「今日も今日とて絶好調!」
呪文の開発で一日過ごす、これがマナナの休日の過ごし方だった。
The Spell Book Story 青い瞳のマナナの書 @washiduka
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