平和的侵略方法
アダムは目覚めた。
目覚めて、周囲が全く自分の知らない場所である事に気づく。
驚くほど殺風景な何もない白い部屋。そのかわりに広さが段違いで、地平線が見えるくらい視野が広く確保されている。天井からは光が降り注いでいる。日光ではなく電気によって発光されているような白さ。
「……?」
アダムは頭を抱えて記憶を整理する。
まず自分は昨日何をしていた?
ジョシュアと模擬戦をやって、文書をまとめて帰宅して、その後は友人と通話しながら飯を食べて風呂に入って、翌日は大統領とのインタビューが控えているから寝酒もせずに早めにベッドに入った筈。
つまりおかしい事は何もしていない。
だのにこの状況が何かがおかしいという事を伝えてくれている。
とりあえず前に歩いてみると、人が倒れているのが見える。駆け寄ってみればそれは我が国の大統領ではないか。抱きかかえ、頬を軽く打って声をかける。
「大統領、何があったんですか! 起きてください!」
しかし大統領は白目を剥いて気絶しており、アダムの呼びかけに答えられない。
どうする事も出来ず、大統領を床に横たえさせるアダム。
「一体何なんだよ、ここは……」
「その問いかけには私が答えよう」
「誰だ!?」
ゆっくりと、遠くから何かが歩いてくる音が聞こえる。その音は、明らかに人間が履物を履いて歩いている音ではない。なにかを引きずるような、ずるり、ずるりと聞こえる音だ。
やがて白みがかった遠景から姿を現したそれは、直立歩行はしていたが人と形容できるものではなかった。わかりやすく言えば過去の人間が想像したマーズピープルとでも例えるべきか。足が何本もあり、タコのような姿かたちをしている。
目の前に現れた存在に絶句するアダム。
それは最初、超高音で何かを発していたがアダムが聞き取れない事を察知すると、喋る声の速度と周波数を落として人間にも聞こえるように再び喋りはじめた。
「単刀直入に言えば私は使者だ。はるか遠くの星団に住んでいる、君たちからすれば異星人と呼ばれる存在だ」
「にわかには信じられないが、今目の前に存在している以上そうなんだろうな……」
「私達は地球を観測して驚いた。私達以外にも生命が存在する星があったとは夢にも思っていなかった。私達は地球を支配しようと思った。地球をのさばる人類を駆除して、我々の住みよい環境に変えてな」
異星人の吐いたセリフを聞いて、にわかにアダムの顔色が朱色に染まる。
「それで? 侵略戦争でも仕掛けようとでも言うのか」
「最初はそのつもりだったよ。少なくとも君たちが鈍器を持って洞窟で暮らしているその時はな。数万年くらいの時を経て再び今日訪れてみたら、なんとも様変わりしていて驚いたよ」
「……何にだ」
「君たち人類の進歩にだ。最初は地球にどこにでもいるような動物にしか過ぎなかったはずなのに、言葉を得て知性を得て文明を作り、独力で宇宙にまで進出している。精神性はまだ動物から完全なる知性生命体に至っていないようだが。枷や罰が無ければ争う事を止められないのは未熟だ」
異星人は床を見据え、その後天井を見上げてぽつりとつぶやく。
「だが、君たちが争いを止めようと常日頃努力しているのは認めよう。何より、争い事を仮想現実世界の中で行い、それで勝ち負けを決する事によって解決するという考え方は、陳腐ではあるがきわめて賢い」
異星人の視線はアダムに向けられる。
「何よりも面白い遊戯ではないか」
異星人は顔に目しかないのでどうやって声を発しているのかは未だにわからないが、少なくとも瞳は笑っているように見えた。
おもむろに異星人は何本もある足のひとつで床を軽く叩くと、床は輝きともにあっという間にアダムの見慣れたパソコンデスクとパソコンが二つ用意されていた。ディスプレイにはいつもプレイしている『ピースフル・ウォー』の起動画面が表示されていた。
「お前……どうやってこのゲームの事を知った?」
「そこに転がっている人間からだ。最初は大統領とやらに成りすましてから徐々に侵略していくつもりだったが、この人間の記憶を読み取ってこれがあるという事に気づいてな。……わざわざ手間が掛かる方法よりもこれで勝てば良いのだから手っとり早いではないかね?」
「なるほど。そういう事か。それで俺をここに呼んだというわけだな。俺と勝負したいんだな?」
早速椅子に座り、異星人にもプレイを促そうとするアダム。
しかし異星人はゆっくりと頭を振って、微笑み? をたたえながら言う。
「先ほども言ったが私は使者だ。君と勝負する権限を持っていない。先ほどこのゲームの事を本国の人々に伝えたが皆が一様に面白いと言っていた。そして、これで勝てば地球を支配できる、ともな」
「……!」
「しかしこのゲームは少し問題点があるな。我々は主に宇宙空間での戦争をメインとしてきた。地球の環境には全く馴染みが無いからどうやって戦略、戦術を組んでいくべきかが全く分からない。それではフェアではない。そうだろう?」
「何が言いたい?」
「つまりだ、宇宙空間での戦争を題材にしたバージョンを開発してほしい。期間は十年待つ。予算も足りなければ我々が協力しよう。何、地球支配の為ならこれくらいの投資は安いものだ」
「……」
「何より、我々の戦略、戦術が人類と比較してどの程度上なのか、或いは下なのか?確かめてみるのも面白いだろうからな。では、我々の要望は以上だ。しっかりと人類諸君たちに伝えてくれたまえよ? 十年後にまた来るからな」
異星人の使者はそう言い残して、ゆっくりと彼方へと歩いて消えていった。
異星人の姿が消えると、宇宙船の中と思しき風景はいつの間にかアダムの見慣れたピースフル・ウォー専用プレイルームへと姿を変えていた。パソコンデスクとパソコンだけが空間を支配する、あの部屋に。
同時に大統領が目覚め、自分が何処にいるのか困惑し周囲をきょろきょろと見渡す。そしてアダムの姿を見てにわかに安堵し、涙を流してすがりついた。曰く、タコみたいな何かに頭を触られて記憶を読み取られて、恐怖のあまりに気絶したと言っていたが、アダムはその言葉を生返事で返して全く聞いていなかった。
(十年後…十年後か。異星人なんかに地球侵略させてたまるかよ)
その思いとは裏腹に、アダムは頬を釣り上げていた。
無精ひげをなぞっているうちに自分が笑っている事に気づいたが、何故笑っているかは本人にもよくわかっていなかった。
ピースフル・ウォー 綿貫むじな @DRtanuki
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