ピースフル・ウォー

「クソ、最後の最後でひどいどんでん返しにあったもんだ」


 愚痴りながら、アダムはヘッドマウントディスプレイを外してパソコンデスクの上に置き、首筋に接続された直接神経入出力プラグを外した。周囲にはほかにもスタンバイ状態のパソコンが列を成して設置されている。広い会議室のような部屋の中は一面パソコンだらけだ。

 

「万が一くらいに通ればラッキーと思っていたんだが、どうやら俺はツイてたな? ステルスミサイルがレーダー網をかいくぐってくれたおかげだ」


 パソコンデスクに設置されたスピーカーからはジョシュアの声が聞こえてきた。今まで北アメリカ軍が戦っていた相手、エルサレム連合国軍の指揮官プレイヤーだ。

 

「全く本当にお前って奴は幸運の女神に愛されてるよ。あやかりたいもんだな」

 

 ため息を吐きながらアダムはジョシュアに別れの言葉を告げ、彼は仮想現実による戦争を体験できるゲーム『ピースフル・ウォー』の終了ボタンをクリックした。

 今回はアダムが所属する北アメリカとジョシュアが所属するエルサレム連合国の模擬戦だったが、これで勝率はほぼ五分。次の戦い次第では勝率がひっくり返る。それはアメリカにとっては屈辱だろう。だがアダムは笑っていた。ジョシュアは自分に迫るほどに強くなっているのを実感している。長らくアダムにはライバルが存在しなかった。久しぶりに本気で戦える相手が出来つつあることに、頬が緩まずにはいられなかった。

 アダムは壁のフックに掛けてある手提げバッグを持ち、ピースフル・ウォー専用プレイルームから退出した。

 


 --戦争は悪。人が死に、文化が滅亡に追いやられるのを黙ってみている時代は終わった。そういうキャッチコピーの元に、今の人類社会はある。

 人々は愚かな争いに武器を使う事を永久に禁止した。どの国も非戦条約に従う事を義務付けられ、またそれを守る事が世界共通の認識となっている。

 それでも、人々が生きる限り争いは生まれ続ける。

 ならばどうやって国家間や組織におけるもめ事を解決するのか?

 それに対する一つの答えが、仮想現実における戦争で決着をつけようというものだった。きわめてリアルで、現実と寸分たがわぬ世界を仮想現実上に作り上げてしまい、その中で戦えば良い。そうすれば、例えその世界で何があろうとも現実世界には人的、物的な被害を及ぼすことなく決着を付けられるだろうと。

 また、小国が大国の圧倒的な物量差に蹂躙される事もなく、対等な条件で戦う事もこの『ピースフル・ウォー』なら可能である。戦争するフィールドと戦力をなるべく対等に設定する事も出来るし、なにより小国であろうともこのゲームに優れた適正と才能を持つプレイヤーが現れれば良いのだ。

 もちろん人口が多くリソースを費やすことの出来る大国が有利な事に変わりはないが、それでも一筋の希望の光はあった。

 実際、このゲームの勝敗によって経済活動や実際の領土問題の解決、決着が数多くなされている。それも数百年における長きに渡って、だ。負けた国は言い訳すら許されない。実力行使に出ようものなら衛星軌道上に存在する高出力レーザー兵器の餌食となるだろう。

 各国がプレイヤーの育成に対して金を掛けるのは当然でもあり、このゲームのプレイヤー数は瞬く間に十億人を超えている。国家間の争いのみならず、各私企業や個人間のもめ事においても同様に使われている。 

 争い事は全て『ピースフル・ウォー』で決着を付けよ、というわけだ。

 暴力による実力行使は決して許されない。何があろうとも。

 人々はタグとICチップによって行動を監視されている。武器も勿論コード付きでどこでどう使われたかもすべてリアルタイムに記録され、履歴に残る。何処で何をしたか一目瞭然というわけだ。彼らはもし何かを起こせば一様に捕まり、終身刑を言い渡されて牢獄の中で一生を終える事になる。最もこの時代の人々は理性がかなり発達しているために衝動的な犯罪行為に関わる事はあまりない事を付け加えておく。

 その前に、銃器や刃物類、その他人々に危害を及ぼしそうな類のものは政府が厳重に管理しているので一般の人々が手にすることはまずないのだが。--



 ……とあるビルの一室。他のフロアはもう消灯しているのに、ピースフル・ウォー専用プレイルームの灯りはまだ点いている。

 中にいるのはアダムだった。彼は文書作成ソフトを立ち上げて書類と睨みあいを続けている。


「この手の作業はいっつも面倒くさい。誰か代わりにまとめてくれてもいいと思うんだけどな。仮にも俺はトッププレイヤーだってんのになぁ」


 愚痴をこぼしながら、傍らに置いてある袋入りのドーナツを齧り、ブラックコーヒーを口にする。

 彼は先ほどの戦闘記録と模擬戦の結果をまとめ、報告する作業が残っている事を忘れていてうっかり帰り、上司からの連絡で思い出して引き返してきたのである。今日中にまとめないとどやすぞという脅し付きで。


「ただのゲーマーだった頃が懐かしいな、ホント」


 ため息を吐いて、彼はキーボードを打鍵する。

 自分で言うように、元々は彼は何処にでもいるただのゲームオタクだった。

 様々なゲームをプレイするのが好きで、大抵のコンシューマー機は所持していたし、PCゲームも有名どころであればとりあえず触るくらいの事は普通に行っていた。戦略、戦術戦争ゲームであるピースフル・ウォーに関してもそこそこ嗜む程度には触っていた。

 だが気まぐれに参加した公式大会によって彼の人生は大きく変わる。

 次々と対戦相手を打ち破り、気付けば彼は決勝戦にまで上り詰めていた。

 決勝戦の相手は元軍人のカーチス大佐。

 ピースフル・ウォーは元々ナードやギークに人気のあるゲームだったが、ゲームの性質上警察官や軍人などにも人気があった。カーチス大佐は豊富な経験を生かして大会を勝ち上がっていった。下馬評においてもカーチス大佐が有利だろうと言う見方が強かった。

 決勝戦は自らは指揮官となって他の部隊を率いる指揮戦でノルマンディー上陸作戦を戦うというものだったが、アダムはその時、バグを用いて相手の背後に部隊をワープさせ、あっという間に壊滅にまで追い込んだのであった。

 それで勝つのは大会としてどうなのかという議論は沸きあがったものの、まだ見つかっていないバグであったことと、カーチス大佐が


「どんな手段であれ、確実に戦いに勝てる手段があるなら私も使うだろう。彼は勝利に対する執念が私よりも貪欲だった」


 と言って負けを認めた事により、アダムは公式大会における優勝者となったのである。それ以降彼は連戦連勝を重ねて、いつしか北アメリカのプロプレイヤーとして、また北アメリカを代表しての国際プレイヤーとしても名を馳せるようになった。

 それには満足しているが、代わりにゲーム以外に時間を取られる事が多くなったのが不満点の一つではある。なんせ彼は筋金入りのゲーマーだったのだから。


「よし、これで終わりだ」


 Enterキーを勢いよく叩き、アダムはまとめた書類を上司に送り付けて再び部屋を出て帰宅の途に就いた。

 鼻歌を歌いながら街のメインストリートを歩いているアダム。信号待ちの間にぼーっと建物に取り付けられている巨大ディスプレイに映し出された、北アメリカ大統領の演説を眺めている。ぱりっと決まったスーツに整髪料で固められた髪にさわやかな笑顔。誰にでもある程度受け入れられるような立ち居振る舞いの、アメリカにはちょっと珍しいような大統領の姿。

 信号が青になり、アダムは横断歩道を渡る。


「明日は大統領と会談して今後の抱負を語るのとインタビューの仕事、か。全く面倒臭いな。ま、それも国を代表するプレイヤーの仕事だ。頑張らなくちゃな」


 渡り切った後、空を見上げてぽつりとつぶやいた。

 月が大きな円を描いて白く光を放っていた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る