間奏

 先頭車両に二人の人間を乗せた軌道車は、一直線に伸びる坑道の中を高速で進んでいた。

 作業手順書に従って、気密服のチェックを入念に行っていたアンドレイは、ゲルハルトからの通信を受ける。

(アンドレイ。昨日は珍しくシフト外の休みを取ったんだってな。どうした、具合でも悪かったのか?)

「いや、そうじゃないんだ。娘の誕生日だったもんで、向こうの時間にあわせて本社経由で通信をしていたんだ」

(お前さん、子供がいるのか!? そいつは驚きだが、いくつになったんだ?)

「今年で七歳になった」

 アンドレイは話をしながら空気の組成を確認する。微妙に酸素の割合が少ないような気がしたので、数値を上げた。酸素が少ないと頭が痛くなるし、多すぎると吐き気がする。

 ゲルハルトはというと、あちらこちらに傷がつき、部分的にへこんだ気密服を着た姿で、床に直に胡坐をかいていた。チェックをしている様子はない。

(子持ちがこの仕事とはね、まあ、事情はいろいろあるだろうから聞かないけどよ)

 五十を越えて独身主義を貫いているゲルハルトは、そう言って明るく笑った。アンドレイも笑顔で応じる。

「ああ、そうしてくれると助かる」


 アンドレイとゲルハルトは『一級採掘士』――要するに穴掘りの仕事をしている。

 この現場には他に八人の採掘士がおり、二人ずつ組んで四班三交替で採掘を行なっている。残りの二人は集中制御室コントロールで軌道車の運行や全域の安全確認、本社との定期連絡を担当していた。

 それぞれに、良く言えば個性豊かな、悪く言えば胡散臭い連中が揃っている。その中でゲルハルトだけが生粋の「山の男」だった。

 例えば、彼には縁起を担ぐ癖がある。

 本社の管理官から気密服を新品と交換するように再三に亘って言われていたが、「これで死んでないということは、縁起の良い『金魚鉢』なんだよ」と彼は言い続け、変える気配は全くなかった。

 また、明るく陽気である。

 本人は「いつ死ぬか分からないんだから、楽しく生きてないと損だろう?」と言っているが、一方で「悲しませたくないから、引退するまで家族はお預け」とも言っているので、本心かどうかは分からない。

 そして、仲間思いである。 

 彼はその理由の半分を「相棒がへまをすると自分の命が危ないから」と言い、もう半分を「いざという時、助けてもらうため」と言っていたが、これは本心ではないだろう。

 アンドレイにとっては最もやりやすい相棒だった。


(一分後に現場到着)

 集中制御室からアナウンスが入る。

 ――この声はシミズだな。

 ゲルハルトと違って暗い粘着質な日本人。アジア系は真面目すぎるのでアンドレイは苦手だった。特にシミズと一緒に八時間も穴に籠もるのは、本当は願い下げである。

 しかし、集中制御室で現場管理をさせたら彼の右に出るものはいないため、いっそのこと管理のみでお願いしたいところなのだが、輪番が会社の方針であるから仕方がなかった。

(ゲルハルト、了解)

(アンドレイ、了解)

 軌道車が減速を始める。なめらかなブレーキングにアンドレイは感謝した。これがゲルハルトが制御する時だと、何かに捕まっていなければ危なくて仕方がない。


 採掘といっても基本は全自動である。

 細長いシールドマシンが設定された方向に穴を掘り、それと同時に軌道車の軌道敷を設置してゆく。

 掘り出されたものはすべて、軌道車の二両目以降に連結されている貨物車両に放り込まれ、それがコンテナとして本社向けの定期便にそのまま格納されるから、人間の出番はなかった。

 要するに『一級採掘士』といっても、専門性は皆無である。現場に着いたらシールドマシンの制御室に座り、設定を確認し、後はマシンが指示通りに動いていることを確認しているだけだ。

 では「人間は必要ないのではないか」というと、そうでもない。劣悪な環境に置かれた機械は頻繁に故障する。消耗品の定期交換も欠かせない。それに稀にトラブルが発生する。そして確実に被害が出る。

 機械を動かすためにはお守り役が必要なのだが、緊急事態が発生すれば彼らは確実に死ぬ。

 そこで会社は、『一級採掘士』資格手当という名目で莫大な報酬を約束する一方、死んでも慰謝料は一切支給しないという契約を準備した。運がよくて長生きできれば大金持ち、運が悪けりゃ死ぬだけだ。

「まあ、それでも昔のカナリヤよりはましな扱いだけどな」

 ゲルハルトはそう言って笑うが、五年前にアンドレイがここにやってきてから、生きて「山を降りた」者は二人しかいなかった。しかも、一人はかろうじて生きている状態である。

 もう一人は、五年に一回取得することが認められている、三ヶ月間の「下山」休暇の最中に失踪した。はめを外しすぎたのではないかと言われているが、真偽のほどは分からない。

 残りは規格品の棺桶に入れられて本社に送り返されるか、さもなければ持ち主の本体は欠片も付属せずに私物だけが送り返された。そちらの数は六名となる。


(アンドレイは、もうすぐ「下山」できるんだよな)

「ああ、半年後だよ」

(楽しみなんじゃないか。娘さんに会うことが出来るし。可愛い盛りだろう?)

「ああ、その通りだよ」

 ――ただし、生命維持装置が大量に括り付けられた姿だけどな。

 アンドレイは心の中でそう呟く。資格手当がなければ、娘の生命を維持することすらままならない。

 ゲルハルトは鼻歌を歌いながらシールドマシンの設定内容を確認している。アンドレイが、

 ――ゲルハルトは一体何を守るためにこんな仕事をしているのだろうか?

 と考えていると、


 急に鼻歌が止んだ。


(アンドレイ、ちょっと来てくれ)

「どうした、トラブルか?」

 緊急事態は死を意味するから、アンドレイも即座に彼に走りよる。 

(これを見てくれ。今日の作業に関する設定なんだが、こんな極端なやつは初めて見た)

 ゲルハルトはそう言って頭を捻る。アンドレイも同様である。

 なにしろディスプレイ上に表示された作業指示書には、目標物が一つしか書かれていなかった。

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