第三話 約束
国家統一の夢を阻む最大の敵は既得権だ。
少数の受益者が影響力を駆使して、既得権の確保に懸命になっている。
そして多数派であるはずの一般市民は夢を見ない。
彼らは「日々の生活」という現実に、目を塞がれているからだ。
(定例委員会におけるセルゲイ・アンドーレエヴィチ・スミルノフの発言を、議事録から抜粋)
*
二月半ばの昼休み。
雄太の机の上には雄太宛の封書が置かれており、翔平、康一郎、綾香はそれを囲むように椅子に座って、困ったような顔をしていた。開封されていたので、雄太が既に中身を読んでいることが分かる。
「おい、雄太。これは例の――」
翔平が躊躇いがちに雄太に尋ねた。
「ああ、僕達がアイデアを提出したコンテストの通知だよ」
封筒の表には『中学生・夢コンテスト事務局』と書かれていた。
「中には何が入っていたの? 何が書いてあったの?」
綾香が両拳を握り合わせて言った。
「手紙が一枚と地図が一枚入っていた。そして手紙には、三月の末に授賞式が開催されるので出席してほしい、ということが書かれていた。入賞したかどうかは特に書かれていなかった」
「じゃあ、その他大勢で呼ばれたんじゃないの?」
康一郎がほっとした顔でそう言ったので、綾香は即座に否定する。
「それはありえないよ。だって、応募総数は四千通以上だったって一次選考開始の時の公式発表に書かれていたよ。そんなに大勢を呼ぶはずがない」
「抽選で呼ぶ学校を選んだとか」
あくまでも楽観的な康一郎に、今度は雄太が反論する。
「そんな無駄なことはしないと思う。交通費や宿泊費は、すべて文部科学省が負担すると書かれていたから」
「ケチなお役所が、選考対象外の中学生をわざわざ遠くから呼ぶはずないか、ふんふん。じゃあ、最優秀賞ということもありえるんだね。それは凄いな」
康一郎は納得したように頭を縦に振りながら、あくまでも気楽に言った。他の三人にも彼の意図が伝わる。これは想定してはいたものの一大事であり、だからこそ康一郎は軽口をたたいているのだ。
ところが、
「さすがに最優秀賞はないんじゃないかな」
と雄太が言い出したので、他の三人は慌てた。
「いや、雄太。それはおかしくないか。だって、お前が言い出して応募したコンテストだろ。今の言い方じゃあ、最優秀賞の可能性がないと分かっていて出したように聞こえるじゃないか」
「ああ、ごめん。そういう意味じゃないんだよ、翔平」
「じゃあ、どういう意味だよ」
「よく考えてみてほしい。僕達のアイデアは単純で、独創的で、秀逸だけど、壮大すぎるのが弱点だ。最優秀賞の作品は実現するか、無理と分かるところまでフォローしなければならないはずだよね。僕がもし文部科学省の役人だったら、もっと実現が簡単なやつを最優秀賞に選んでお茶を濁すと思うんだ。実際に僕達のアイデアを最優秀賞に選んだとしたら、僕は文部科学省を見直すよ」
雄太が淡々とそう言ったので、他の三人は黙った。彼は話を続ける。
「だから、質には自信があるけど最優秀賞というのは考えられないし、入賞というのもどうかなと思う。それでも授賞式に呼ばれたんだから、何らかの評価はされたと思うんだけどね」
「……雄太、お前何を考えているんだよ」
翔平が押し殺した声で言った。
「お前のことは俺が一番良く知っている。最初から入賞しないで終わることが分かっている作品を、お前は俺達と一緒に苦労して仕上げたりはしないはずだ。少なくとも夢を実現することが前提だったはずじゃないか」
康一郎と綾香も翔平の言葉に頷く。
それに対して、雄太は穏やかな顔で答えた。
「だから最初から言っているよね。僕は専門家じゃないって。分からないこともあるんだよ」
それはあたかも、
「予想外のことだから仕方がないじゃないか」
と言っているように聞こえる言葉だったが、それを聞いた三人は驚愕した。彼らには雄太の意図するところがすぐに分かったからだ。
そう、彼の発言は別な意味を持っていた。
*
「中学生・夢コンテスト」の授賞式は、東京駅に隣接するホテルのホールを使って十三時から行われる。
そこで、名取第四中学の四人は東北新幹線で当日の午前中に移動し、十二時頃にホテルに到着した。フロントにいたコンテストの係員に案内されて控室に入る。
すると、既に三組の中学生グループが到着しており、おのおのが縄張りでもあるかのようにまとまった集団となって距離を置き、緊張した表情を浮かべて呼び出しを待っていた。
康一郎が早速交流を図ろうと接近を試みたものの、他校の生徒は何だか「僕達は普通の人と違うんだ」という空気を放っている。それに引率の教師らしき大人が混じっているのもやりにくい。
名取第四中学の四人は見るからに寄せ集めである。翔平にいたっては茶髪で目つきがするどいから、他校の生徒は目線すらあわせようとしない。
それに最初から教師とは無関係に応募を進めていたため、教師の引率はなかった。正確には、中学二年生四人だけで東京に行かせることを懸念した担任が同行を申し出たものの、雄太が、
「僕達はそんなに子供じゃありませんから」
と言って断ったのだ。しかも、その時点で雄太は先回りして全員の親から承諾を得ていた。翔平の父親は二つ返事であったし、野球での遠征が多い康一郎の両親は慣れているので問題はない。
問題は綾香の両親だったが、小学生の時から行き来していたため、彼女の親が雄太に寄せる信頼には絶大なものがある。説明をしに雄太が綾香の自宅まで行った時も、
「綾香を宜しくお願いしますね」
と、逆に託されてしまうほどである。
さて、四人が到着してすぐに昼食のお弁当が配られたので、彼らはそれを食べた。他校の生徒も食事中だったが、特に会話はなく、控室内には緊張した空気が充満している。
そこで康一郎が、
「うへえ、何だか緊張して食事も喉を通らないや。これじゃあ消化に悪そうだ」
と、大きな声を出しながら仕出し弁当を美味そうに食べ始めたので、翔平と綾香は逆に気分が楽になった。雄太は最初から平然とした顔でお茶を飲んでいる。
――まあ、俺達は俺達だからな。
以降、名取第四中学の四人の声だけが室内に響くことになった。
「ここにこうして座っているだけでも十分に凄い体験だよね」
綾香が柔らかい表情で翔平に話しかける。
「あ、ああ。確かにな。こんなことになるとは半年前には考えてもいなかった」
翔平は微妙に戸惑いながらも、それに答えた。
そうこうするうちに時間になって、係員が誘導のために姿を現す。四人は最後に控室を出て、集団の最後尾で会場に入った。
会場の中央には椅子が前二つ、後ろ二つの四つの島に分けて並べられており、正面の演台に向かって左側に、審査員席らしき横並びの席がある。そして、広報には報道関係者が山のように群がっていた。
四人は指示された席におとなしく座る。四つの島の後方、右側の席である。
授賞式は文部科学省のお偉いさんの挨拶から始まり、審査員の紹介と短い挨拶と続いた。よくある退屈な式次第である。
やっと受賞作品の発表となり、前列左側のグループが最優秀賞、その他の二グループが優秀賞に選ばれた。
それに続いて雄太達が呼ばれるかと思われたが、特にそんなことはなく審査委員長による講評へと式は進む。それが審査員にも意外であったらしく、四人は視線を感じながら授賞式に参列していた。
翔平は、いつものようにぼんやりとした表情で隣に座っている雄太を見つめ、「ここまではお前の想定通りだな」と考える。
授賞式が滞りなく終了すると、後は速やかに解散となる。
なにしろ受賞者は中学生なので、往復にかかる時間に配慮しなければならない。そのため記念会食などのイベントは準備されていなかった。四人は周囲の微妙な視線を感じながら立ち上がる。
すると、彼らのほうに向かって、背の高い男性が近づいてきた。
――来たか!
そう考えた翔平は、綾香と顔を見合わせる。彼女も同じことを考えているらしく、顔が緊張していた。
「名取第四中学の生徒さんだね。申し訳ないんだけど少しだけ時間を貰えないかな」
男性は穏やかな表情でそう言ったが、翔平は内心、
――申し訳ないも何もあったもんじゃない。
と考える。なにしろ事務局から送られてきた新幹線の電子切符は、授賞式の終了予定時間から相当な余裕を持って予約されていた。だからこれは織り込み済みの話である。
「大丈夫ですよ。時間の余裕はたっぷりありますから」
と、雄太が真面目な顔をして言ったので、男性は一瞬だけ意外そうな顔をした。嫌味を言われたと思ったのだろう。しかし、即座に元の穏やかな顔に戻ると、
「じゃあ、ちょっとこちらに来て下さい」
と言いながら、会場とは廊下を挟んで向かい側にある会議室へと四人を案内した。
部屋の中には優しそうな顔をした女性が待ち受けており、彼女に案内されて、入口から右側の席に雄太と翔平が、左側の席に康一郎と綾香が着席した。
女性は四人にオレンジジュースを配る。
彼女が近づいた時、翔平は大人の女性の香水の香りに少しだけどきりとした。
全員に飲み物が行き渡ると、会議室の奥、スクリーンの前に立っていた男性が話を始めた。
「始めに自己紹介します。私は『中学生・夢コンテスト』事務局長の佐藤俊夫です。そして、そちらに控えている女性はアシスタント役をお願いしている加賀山朱里さんです。我々は文部科学省に所属しています」
加賀山が微笑みながら会釈したので、中学生四人も頭を下げる。
「さて、本日は遠くからはるばる来てもらったにもかかわらず、授賞式では出番がなくて申し訳ありませんでした。それでも、授賞式には参列してほしかった。君達にはその資格があると思ったからです」
男性は手馴れた様子でそう言いながら、頭を回して四人を見つめる。
「まず最初に正直に申し上げておきますが、君達の作品は最終選考まで残ることができませんでした。その前の段階で残念ながら選考不通過になっています」
そこで、翔平は手を挙げた。
「あの、質問しても構わないでしょうか」
「もちろんです。気になることがあったら、いつでも構わないので手を挙げてから質問してください。あ、垣内君だったね。立たなくていいから」
「はあ、有り難うございます。あの、今の話だと俺達のアイデアは、全然箸にも棒にもかからなかったとは言わないまでも、入賞に値しなかったと言っているように聞こえます。それなのにどうして授賞式に呼ばれたんですか。その資格すらないように思いますが」
翔平の率直かつ身も蓋もない言い方に、佐藤は苦笑した。
「確かに君の言う通りなんだけれど、これは事務局長として私が無理を言って通させてもらったんだ。君達に選考対象外となった理由を説明したかったのでね。特別賞のようなものだと思って欲しい」
「説明だけならばメールや電話で十分に思いますが」
「いや、それがそういう訳にもいかなくてね。『どうしても顔を見て話がしたい』と言ってきかない人が、二人いるんだ」
そう言うと、佐藤は机の真ん中に置かれていたプロジェクターのスイッチを入れた。
さほど間をおかず、前面に置かれたスクリーンに「乱れた髪のむさ苦しい日本人男性」と、「手入れの行き届いた金髪の、美しい外国人女性」が映し出される。
途端に雄太が驚いて、上ずった声を上げた。
「JAXAの戦准教授と、NASAのウェンディ・マコーリー博士ではありませんか!」
翔平は雄太の様子に驚いた。彼がこれほど激しく動揺したところを翔平は見たことがなかったからだ。
佐藤にとっても雄太の発言はかなり意外なことだったらしく、一瞬言葉を失ってしまったものの、
「えーと、清宮君だったね。ウェンディ博士はともかく、どうして戦准教授のことまで知っているんだい?」
と、頬を引きつらせながらも辛うじて言葉を口にした。
雄太は喜びで顔を紅潮させている。まるで、街角で大好きなアイドルに出会った中学生のような様子だった。
「お二人とも伝説的な人物ですよ。僕は国際数学オリンピックでのお二人の活躍をネットの記事で読んだことがあります。高校生が中心の国際大会に中学三年生の頃から四年連続で出場し、お互いに三年連続全問正解で金メダルを受賞。年齢制限で最後の出場となる年にはとうとう特別試験が準備されて、お二人の直接対決により戦准教授が最終的に勝利したと書かれていました。僕はそれを読んだ時、鳥肌が立ってしばらく収まりませんでしたよ」
つまり、雄太にとっては間違いなくアイドル以上の存在である。
佐藤は雄太が語った二人の過去に呆気にとられたため、それで思わず素の声が出てしまった。
「おい、戦。今のは事実か」
「事実だ。ただ、ウェンディの敗因は結果に一部判別できない数字があった点であって、計算ロジックそのものじゃない」
さらにはスクリーンに映し出されたウェンディが何かを言ったが、英語であったため正確に理解できた者は二人しかいない。そこで戦が間をつなぐことにする。
「彼女の英語は僕が通訳します。今の彼女の発言ですが『どんな小さなミスであったとしても、それが勝者と敗者を分けたのだから言い訳はしません』だそうです。なお、ウェンディは日本語が理解できるので、皆さんは日本語で話してください」
戦が翻訳した内容であっているようで、ウェンディはにっこりと笑うと右手でOKサインを作った。
綾香は「どうして日本語を聞いて理解できるのに、日本語で話すことが出来ないのだろう?」と疑問に思ったものの、他の点が気になっていたのでそちらを質問する。
「あの、宜しいでしょうか」
「どうぞ、宮川さんでしたね」
「はい。質問は戦先生とウェンディ先生がどのようなお立場なのかという点です。審査員をされていたということであれば、授賞式に出席されるか、授賞式の場でスクリーンに投影されていたはずですが、私達だけがお会いしているのは何故でしょうか」
「なかなか良い質問だね。推測の部分も的を得ている」
佐藤は感心してそう言った。
「彼らは審査員ではない。宮川さんの推測通り、選考には一切タッチしていないから授賞式にも出られない。彼らが知っているのは君達が書いた書類の内容だけで、他の作品の事は全然知らない。そして、私が独断でそれに対する助言をお願いしたんだ。勝手なことをしてすまなかったね」
佐藤の言葉に雄太が反応した。
「勝手なことではありません。これほど望ましい方に読んでいただけたなんて、とても光栄です」
「しかしね。そのことで結局は君達のアイデアが選考から漏れてしまった訳なんだけど」
佐藤はそう言って四人の顔を見る。
「順を追って話そうか。私は君達の書類を読んだ後、すぐに疑問を感じた。『これは本当に実現可能な話なのだろうか』と。それは内容そのものに関する致命的な疑問で、私の知識では対処しきれないものだった。それでJAXAの戦准教授に読んでもらい、感想を聞くことにした。彼とは大学の同級生だったからね」
佐藤はそこでいったん話を切り、四人の顔を眺める。全員が話を理解できているようなので、さらに話を続けることにした。
「戦准教授は君達の書類を読み、即座に言った。『これは理論的に実現可能なアイデアである』と」
雄太の顔が綻んだのを見て、佐藤も微笑んだ。しかし、彼は顔を引き締めると先を続ける。
「ただ、さらに現実的な問題があった。君達のアイデアを実現するために、どれだけの費用がかかるのかが分からない。そこでさらに戦准教授の知人であるウェンディ博士に協力を依頼した。知人である理由は先ほど清宮君が説明してくれたね。私も初めて知ったよ」
そこで佐藤は画面上のウェンディを見る。ウェブカメラでそのことを察したらしく、ウェンディはにっこりと微笑んだ。黙っている時は本当に天使に見える。
「彼女は即座にNASAのスタッフと検討を行った。君達の計画を実行に移した場合、最低でもどのぐらいの費用がかかるのかという点だ。時間がなかったので詳細は詰め切れていないが、おおよその金額はそれで分かった」
佐藤は再び言葉を切る。質問はなかった。
「君達の計画を実行に移すためには、少なくとも百億円の予算が必要になる。これはすべてがスムースに進んだ場合の試算であって、無駄な要素を含んでいない数字とのことだが――そうですよね、博士」
話を振られたウェンディが微笑みながら英語で話し始めた。戦がそれを翻訳してゆく。
「その通りです。現時点で分かっている技術と設備、必要な要員を積み上げて計算した結果です。材料は単純だし、理論的にも複雑なところはありませんが、それを実際にやろうとすると様々なものを追加しなければいけません。作業員の賃金や宿舎の問題、資材を運ぶ際の燃料費などは概算で求めましたが、さらに細かい点までは省きました。それらを合計した結果が佐藤さんの言った百億円です」
戦が話し終えたところで、部屋の中を沈黙が支配する。
佐藤は咳払いをすると、最後に付け加えた。
「それが致命的だった。このコンテストでそんな予算を捻出することは不可能だから、君達のアイデアは実現不可能と判断されて、選考対象外となった。以上が経緯だ」
佐藤は四人の顔を見渡した。
そして、何故か違和感を受ける。
「……君達、今の話を聞いても驚いたりしないんだな」
そこで佐藤と目が合った康一郎が、坊主頭をなでながら言った。
「はあ、それはここに来る前になんとなく予想できていたことなので。雄太が言ったんです。多分、僕達は最優秀賞にはなれない。もっと容易に実現可能なものが最優秀賞となるはずだろうから」
それを聞いた佐藤は愕然とした。
「……つまり、君達は最初から最優秀賞をとるつもりはなかったということなのか?」
「その通りです。最優秀賞を取れるとは思っていませんでした。理由は佐藤さんが先ほど説明してくれた通りです」
雄太が佐藤の顔を真っ直ぐに見つめて、そう言った。
「しかし、それでは何故コンテストに応募したんだ? 最初から夢を実現することを諦めているんだったら――」
「いえ、そうではありませんよ」
ウェンディの英語を戦が日本語に置き直す。
「彼らは恐らく、実現するための手段としてこのコンテストに応募したのです……」
ウェンディの発言の最後のほうが微妙に翻訳されずに残り、戦が眉を上げるのが分かった。彼は自分の言葉で語り始める。
「ああ、その通りだよウェンディ。僕もその点には気がついていたよ。彼らはコンテストの最優秀賞ではなく、最初から実現するための手段としてコンテストを利用したんだ。そして、それを仕組んだのは清宮君だね。発言を聞いている限り、黒幕は君じゃないかと思うんだが」
指名された雄太はにっこりと笑った。
「そこまで言って頂けるなんて、とても光栄です」
「いや待て。俺にはまだ意味が全然分からない。コンテストの最優秀賞に選ばれなければ、実現するための予算は出ないじゃないか。それなのに最初からそれを放棄して、それでも実現するつもりだなんて」
「佐藤、よく考えてみろよ。彼らはまだ中学生じゃないか」
戦の言葉に佐藤は黙り込む。
「彼らだって、これが途方もない計画であることは分かる。しかし、こんな大それた計画の実現可能性や、それにかかる費用を見積もることが出来るわけがない。だからこそ、彼らはそれを他の人にやってもらおうと考えたんだ。けれど、大学教授のところに自分達が直接持っていっても、真面目に受け取ってくれる保証はない。学校の先生では物足りない。そこで彼らは賭けに出たわけだ。このアイデアに興味を持って、技術的な実現可能性やそれにかかる費用を真面目に調べてくれる人間が文部科学省にいることを期待してね。なあ、清宮君。君は最優秀賞よりももっと意味のあるものを手に入れたのではないかね」
戦にそう問われた雄太は、背筋を真っ直ぐに伸ばしてから、頭を下げてこう言った。
「その通りです。本当に有り難うございました。これで僕達は自信を持って実現可能だと断言できるようになりましたし、かかる費用を説明することが出来ます」
そして、雄太は佐藤のほうを見つめた。
「佐藤さん。ということは百億円あれば、このアイデアを実現することに協力していただけると考えてもよいのですね」
「いや、ちょっと待ってくれ。私の立場でそんな約束は――」
出来ないと言いそうになって、佐藤はその言葉を飲み込んだ。
雄太の真剣な顔が目の前にある。他の三人も本気で、誰も戸惑いを見せているものはいない。
スクリーンに投影された戦とウェンディの顔を見る。彼らは笑っていたが、それは決して不快なものではなかった。
部屋の隅に立っている加賀山を見る。彼女は心配そうな顔をして佐藤を見つめ、両拳を握り締めていた。逆にそのことが佐藤の頭を冷静にさせる。
「――まったく、散々利用した上、さらに約束しろとはよく言えたもんだ」
佐藤は肩を落としながら言った。
「しかしな、確かに私は君達のアイデアを素晴らしいと考えた。最優秀賞に値すると考えた。そのために努力もした。ということは、実現させるために努力したのと一緒になる。ただ、覚えておいて欲しいのは文部科学省という組織がこれを選考対象外とした点だよ。だから私が約束できるのはここまでだ」
佐藤は背筋を伸ばして宣言する。
「ああ、費用を準備できたらこの佐藤俊夫が協力してやるよ。そういうことでいいんだろう?」
「それで十分です。有り難うございます」
雄太は深々と頭を下げた。
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