第96話 呼び覚ます音。

 再びアナウンスが入り。私は、慌てて彼から体を放した。


 けれどなんだろうか。この感じ。

 あの近づいてくるような警報機の音。

 夕闇が広がりつつある、この景色。


 吹き抜ける潮風の匂い。


 ……この感じ。

 前にも、どこかで。


 ウサとカメさんの行方を追っていた時、あの鉄橋の見える川沿いを歩いていた時と似ている、胸がざわついて、なにかを訴えようとしている気がする。


 似ているけど、前とは違う、もっと強いのだ、もっと……。


 この複雑な気持ちの謎を解くことができたのならば。


 私は間違いなく、なにかを取り戻せる気がして。


「カメさん、あの……今なら、」


 視界の隅に映ったトンネルから電車が顔を出したことに、何故か物凄く焦って。これを逃したら次にいつ訪れるかわからないこのチャンスを逃すまいと思った末。


「ち、ちゅう、し、しても、いいかも……」


 などというダイナマイト発言をしてしまっていた。


 言ってしまった私だって驚いたのだから。カメさんだって勿論驚いていた。


「なんで急に!」

「いや、……あの、そうしたら、なんか思い出せる気になって、一瞬だけ!」

「……はあ!?」

「ほんとに、咄嗟に思いついて、わかんないけど……でも――そっ、そうしてくれたら思い出すかも……って、そんなわけ、ないか……」


 なんて恥ずかしいことを公共の場で言っているんだろうか、もう耳まで熱い。


「よし」


 ついにおかしくなったかと言われると思いきや。

 カメさんはやる気になった顔で私の両肩をガッチリ掴んだ。


 電車がカーブしながら近づいて来る度に、おかしなテンションになった私の心臓が激しく音を立てまくり。


「ごめんやっぱナシ!」

「えええ!?」

「電車通るし」

「電車が通った後ならいいの」

「そう言われると」

「ミツルどっち」

「やっぱナシ……!」


 真面目に謝ります。


 そう呟いて、離れようとした瞬間。

 ホームに勢いよく入ってきた電車の影と運ばれてきた潮風に私たちは包まれ。


 それと同時に、私は体の向きを90度転換されて。


 一体なにを――と思った時には。


 唐突なキスをされていた。

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