第95話 もう一度、〇〇と言う。

「ミツルなにそれ……」


 聞かれても、夢中でそれを破り、また破り、細かくしてベンチ横のゴミ箱の中に投げ捨てた。今までずっと抱いていたもやもやも一緒に捨てるようにして。


 そして大きく息を吸い込む。


「カメさん、私、あのさ――わ、わがまま言っていい!!」


 泣いたかと思えば、今度はホームにわんと響く声を出す私にカメさんは、きょとんとしながら頷く。


「けっこう、引くかもしれないけど……」

「いいよ」

「私、カメさんと、このままでいたい……。いや、本当はもっとカメさんの気持ちを考えるべきだって思ってる。カメさんがしんどくなるなら、このまま別れた方がいいと思った」

「えっ!?」

「だから手紙書いた。でも今捨てた……わたしも、同じ気持ちだから、ここに帰ってきたい、いつか……またカメさんときたいから、だから別れたくない、まだ一緒にいたいよ私!」


 気持ちばかりが先行して、なかなか言葉が纏まらない。

 でも。


「カメさんが好きになってくれた私には、まだまだほど遠いけど……もとの私に近づけるよう努力するから」


 言いたいことを、ここで全て言うのだ。

 私がこれまで感じたこと、どう気持ちが変わったことも全部。


「カメさんのこと、最初は全然タイプじゃないし、こんな草食系好きになるはずないなんて馬鹿なこと思ってたけど……今はもうそんなこと思ってない。カメさんは私にはもったいないくらいの素敵な人だよ……だからこんな私なんかより、もっと他に相応しい人がいるかもしれないけど」

「けど……?」

「……もう少し、待ってほしい。もう一度……私が好きになるまで……いや、たぶん、なれるはずだから」


 だって一度好きになった相手だ。

 それは“私”が証明してくれている。


「……もう一度、――好きにならせてください……」


 最後は立ち上がって、お客様に謝るよりも丁寧に、私はカメさんに頭を下げた。


 なんて言われるか……。数秒の沈黙の後。間も無く反対側のホームに電車が到着するというアナウンスが入り。そして座っていたカメさんも立ち上がった。


「すごい告白だなあ」


 カメさんはにっこり、無邪気に笑っていた。


「ミツルが今までなにを考えてたのか、だいたいわかった」


 ありがとう。おれのために色々悩んだんでしょう。と言って。握って硬くした私の手を解いていく。


「でも前にも言ったように、ミツルはミツルだから、今のミツルも前のミツルも同じミツルだよ、なにも変わらない。だってほんとに、ミツルが言ってること変わってないから、それが証拠だよ」

「でも、カメさんが覚えてるのに、私が覚えていないことが沢山あって……それ辛くないですか」

「うーん、思うことは色々あるけど、それでも思い出が全部消えたわけじゃないから。全て取り戻せなくてもいいんだよ、これからまた埋めていけば、ミツルが辛くならなければ、おれはそれが一番良いと思うから」

「損な性格ですね……」

「もっと褒めてよ、優しいねって」


 カメさんに手を解かれ、そっと握られて伝わる温もりで、私の胸の内側の凝り固まった部分もほぐれていくようだった。


「それよりも酷いよ、いつか言いださないかヒヤヒヤしてたけど、そんなふうに別れようとしてたなんてショックだ」

「それは……言い訳しようもないです」

「あーもう、これからそういうの禁止だからね。別れたくなったら直接言って。それでもおれヤダって言うけど」

「結局拒否するんじゃないですか」

「するよ。好きなんだから! シンプルにこれだけだよ!」

「ナチュラルに告られた……」

「じゃあダイレクトに告白する」


 は?


 言う前に緩く抱きしめられた。


「ミツル、おれミツルのこと大好きだよ」

「……知ってます」

「だから一人で背負いこまないで。今回のこと、一緒に乗り越えていこうよ。今までだって色んなことあったけど、二人でいつもそうしてきたんだから、大丈夫」


 頭をぽんと叩かれて、また少しぐずっと込み上げてくる。


「それで」

「それで……?」

「もう一度おれのこと、好きになってください」


 …………うん。

 腕の中で深く深く頷いたら。遠くの方で踏切の音と、電車の走る音が響き出した。



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