第36話 恋バナ。
「なんかこのやりとり、前にもしたような気がします」
「そう? どうだったかな?」
ニヤリとする鵺ヶ原さん。
あえてなのかな。小悪魔だなあ。
「前にした会話をしてみるのも、刺激になって思い出せるかなあと思ってさ」
ああ、そういう……。
「なんてね、本当は剣木さんとこういう話、ちょっとしてみたいなあと思って。剣木さんが、どういう人を好きになるのか、とか」
「私が……ですか?」
「うん。剣木さん、外見はすごく明るくて気が強そうなのに、中身は真面目で、色んなこと考えてるから、そんな剣木さんはどういう人がタイプなのかなって」
「タイプですか、どうなんですかね、自分でもちょっとよくわかんないです。人を本気で好きになったこと多分ないですから」
「誰も? 中学の時も、高校の時も?」
「ええ、あの頃はなんていうか、恋愛っていうより、友達と遊ぶこと全力注いでた感じで」
「へえ。あんまり恋愛に興味がなかったのかな、珍しいね。女の子って学生時代はなんか一生懸命恋を追い求めてるイメージがあるから。剣木さんはクールなんだね」
「そんなのじゃないですよ。私はただ、少し潔癖なところがあったから、モテなかったんですよ」
モテてないのは今もだろうけれど。
最近じゃ小学生ですら
私は、昔から恋愛ごとに
思い返せばいいなあと思う人も何人かいたけれど、それを友達に相談することなくそっと胸にしまって気持ちが落ち着くのを待つタイプだった気がする。
全く興味がなかったというわけではないけれど、あの頃の私が気にしていたことと言えば、先の見えない進路のことや、髪や化粧が派手な友達に置いて行かれないよう、化粧の練習やお洒落、後は家のこと。これだけでいっぱいいっぱいで、恋なんてもの追いかけている場合ではなかった。
確かに恋愛っていうのは、した人にしかわからない素敵なものなんだろうけど。
「ねえ、どれくらいでした?」
「あたし一ヶ月」
「三ヶ月が平均とかよく言うけど。普通男ってそこまで待てないよね、密室とかさあヤバいでしょ。待てたら神」
「ねえ、ミツルさあ、いつになったら彼氏つくんの? ミツルだけだよーフリーなの」
「早く作って処女卒業しちゃいなよ」
「そーそー、この歳で処女って遅れてるよ?」
「最近じゃ中学生、小学生でもやっちゃってるよねえ」
「ねー、やばいわーあ」
なんていうリアルな話題をたまに振られることがあって。
ちょっと引いている自分がいた。
そりゃあ、学生なんて特に性的なものに興味が湧く年頃で、恋愛が最終的に性行為に直結するのは当たり前だったのかもしれないけれど、私はそれをあまりいいものだと思えなかった。
だって、性行為って、最近じゃ恋人間のスキンシップとも言われているそうだが、もともとは赤ちゃんを作るための、いわゆる繁殖行為。
それを知り合ってまだ間もないのに体験してしまっていた周囲の話題に私は抵抗を感じていた。
知り合いや友達に何人かはいた。思いがけず赤ちゃんを授かって、結婚したりシングルマザーになったりした人が。高校生で、一歩間違ったらとんでもない人生の入り口に立つことになるというのに、その当時、私の周りにいる友人たちは濃厚で刺激的な恋愛をひたすら追い求める者ばかりで。下品で過激なワードが飛び交うのは日常茶飯事だった。
恋愛って、お互いを大切にしあって、ご飯食べたり、その辺を散歩したり、買い物したり、何気ない話で盛り上がって笑ったり、時間を共有するだけじゃだめなのだろうか。体の関係っていうのは、恋愛には必要不可欠なのだろうか。
「なァにそれ、そんなの友達じゃん! 幼稚園児のおままごとじゃん!」
「いざって時にそんなこと言ってたら、フラれるよ?」
「そうそう、男ってセックス拒まれんのが一番冷めるらしいかんね」
「大丈夫だって、ちゃんと避妊すれば。それにそんなに悪いものじゃないよ、気持ちいいし」
「最初は恥ずかしいけどねェ、慣れる慣れる」
「いい人紹介してあげるからさあ、ミツルも試しに付き合ってみなよ」
恋愛って、試しにするものなのだろうか。今時ってそういうものなのかな。
それはなんとなく違うって思う私は、おかしいのかな。
友達の一人には、潔癖すぎる、とか、良い子演じすぎとかも言われたこともあったっけ。
時代遅れ過ぎると自覚はしていたけど、処女を卒業したと喜ぶ気持ちも、毎月彼との交際記念日を報告する気持ちも、楽しそうだなとは思っていたけど、羨ましいとは感じなかった。
悪いとは思っていない、人の数だけ恋愛の仕方はあるものだと思うから。ただ、周囲の友達に影響されて、私の中で恋愛というものはいつの間にか手を伸ばしにくいものだと印象づけられ、だから自分から積極的に行動しようという気持ちになれなかったのだろう。
人気少女漫画の実写映画版を観に行った時も。
『お前じゃないとダメなんだ』。
『俺を好きになれよ』。
『もう絶対に離さないから』。
とかいうクッサイ台詞にハンカチ片手にうるうるしてる友達の隣で、私は欠伸をしながらポップコーンを食べて「リアリティがない」と内心毒づいていたのを覚えている。
なんていうか、私には全体的にキラキラが足りていない気がする。独りは嫌なくせに。恋愛にどこか冷めた感情を持っている。だから24にもなって、独り身なんだなあ。
「三つ上の姉はそういうのに器用で、恋愛経験も豊富なんですけど、私ときたらからっきしで。恋愛のスイッチがなかなか入らないっていうか」
自分には無理、みたいに思ってる部分が強い。
「でもきっと、剣木さんは男を見る目は養えてると思うよ、惚れたら一途なタイプなんじゃないかな」
そんな私にフォローしてくれる鵺ヶ原さん。
「どうですかねえ」
「俺はそういう人の方が好感持てるなあ、ころころ相手を変える人よりもじっくり考えて慎重な人の方が、良い恋愛できると思う」
そう言って爽やかスマイルを私に向けた。
恋バナや、仕事の話、私が忘れてしまっている話。それからいくつも話題を変えて、外の景色が夕暮れに染まるまで私たちはすっかり話し込んでしまい、ゆっくりと急ぐことなく電車に乗って最寄駅に帰ってきた。
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