第37話 公園で。

「今日はありがとうございました。楽しかったです、元気も出ました。……それから、すみません、多肉植物だけでなく食事もだしてもらっちゃって」

「いいんだよ。嘘ついたお詫びだから、受け取ってください。気に入ったの作れて良かったね」

「はい」


 小さな鉢植えを入れた紙袋を持ち上げて、元気よく返事する。

 最初はどうなるかと思ったけど、おかげで心が軽くなった。

 連れて行ってもらえて良かった。


「あ、剣木さん。まだ少し時間ある? ちょっと、もうちょっとだけ、いいかな。話したいことがあって」


 そう言われて、私は駅舎の時計を見上げる。

 日は落ちているがまだ遅くはない。

「いいですよ」と快く答えて。先日一人でいじけた、あの公園に向かうことになった。


 一本の街灯が照らすあの時と同じベンチに座って、鵺ヶ原さんがすかさず自販機でジュースと缶コーヒーを買ってきて私に差し出してくれる。


「ああ……すみません、また。待ってください、お金出しますから」

「いいよいいよ、これぐらい」

「でも、奢られっぱなしですし」

「奢られるの嫌い?」

「申し訳なくて」

「割り勘派なんだね」

「そんなとこです」


 カキョッとプルタブを開けて缶ジュースを静かに飲む。

 隣に座っている鵺ヶ原さんは妙に近くて、さっきから下を向いている。

 車も自転車も通らない、耳に入るのは遠くで鳴る救急車のサイレンと穏やかな虫の声だけ。

 あれ……? なんだろう……。

 鵺ヶ原さんは喋らない。

 さっきまでこうじゃなかったはずなのに、なんだろうこの雰囲気。急に緊張する。


「あの……」


 沈黙の気まずさに我慢の限界を迎え振り返ると、鵺ヶ原さんは顔を上げてこう言った。


「やっぱり、まだ思い出せてないんだ」


 え?


「もしかしたら思い出してくれるかもしれないって思ってたけど……でも仕方ないね」

「なんのことですか」


 少し残念そうな顔をされて、私がドキッとすると、鵺ヶ原さんは謝ってきた。


「ごめんね。こんなこと言ったら、剣木さんかなり戸惑うと思う、何度も言ったらダメだって自分に言い聞かせた……でも、もうだめだ……我慢の限界だ」


 眉間に皺を寄せ、声をかすれさせ、鵺ヶ原さんは、そっと私の手を握ってきた。

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