第11話 助け舟。

「大丈夫ですよ店長。ちゃんと俺たちがフォローしますから」

「そうそう。わたしたちが責任持って剣木さんのお手伝いしますから、心配しなくて大丈夫ですよ」


 横から入るように声を投げてくれたのは、私とほぼ同時期に入った社員の鵺ヶ原ぬえがはら 侑士ゆうしさんと、専門学校時代の後輩で私が入ったその一年後にアルバイトとして加入した猫村ねこむら 小鈴こすずちゃん。

 辛うじて記憶の中にいる二人の気遣いの言葉に私は息を吹き返したように顔を上げることができた。


「そうですよお、気にすることないです」

「それにいつもやってたことを繰り返せば、剣木さんも思い出せてくると思いますから。最初は大変かもしれないですが、剣木さんも私たちのこと散々助けてくれましたし、その恩返しです。頑張りましょう一緒に」

「焦らなくていいですから、できることからやっていけばいいんですよ」


 私が失った三年のうちに加わった他のスタッフさんたちもそう言って肩を叩いてくれる。

 私が名前すら口に出して言えないことを知っているはずなのに。やばい……みんな優しい。すでに泣きそう。


「ま、せいぜい頑張ってよ」


 味方がいないと察したのか。単にもう相手にしたくないと思ったのか肩をすくめてバックヤードに消えていく店長を見て。

 私以外の全員がやれやれと顔を見合わせた。


「小鹿さんに聞いてると思うけど、あの店長、半年前に入ってきてさあ。見たとおり意地が悪いし頑固でさあ、とっつきにくいのなんのって。剣木さん気をつけなよ、店長、二ヶ月前に新人さん追い出してたから」


 ええ……!?


「あれはパワハラって言われてもおかしくなかったよねえ……」

「そうそう、前の牛尾うしお店長のほうがよかったよねえ、のほほーんとしててさ。あっそういえば牛尾店長は覚えてないんだっけ」


 表情で答える私。

 私の記憶の中にいるここのペットショップの店長は、気弱で汗っかきの鮫島さめじま店長だけだ。

 そっか……そんなに変わってたんだっけ。


「牛尾店長を覚えてないってことはやっぱり……私たちのことも忘れてますよね、竜沢たつざわです私。主に小動物、爬虫類担当してます」

「僕も、ですよね。忘れてると思いますが一年前にトリミング担当で入った虎丸とらまるです。大変でしたね剣木さん、でも命があって良かった」


 眼鏡にお下げの女性スタッフさんと、坊主頭のひょろりと細長い男性スタッフさんが順に頭を下げてくる。

 頭を下げたくなるのはこっちの方だった。忘れてなんかないですよ、お久しぶりです。と言えたらどんなに良かったか。

 二人の複雑そうな笑顔を見ていると、売り場の担当は違えど随分と私は仲良くさせてもらっていたのだろう。それなのに、久々に顔を出してきたかと思えば顔も名前も覚えていないのだ。

 竜沢さんと虎丸さんからしてみたら相当ショックだろう。

 何て声をかければいいか。居た堪れなさすぎる。

 復帰早々弱気になってくる。最終的な判断は私に任せる、と小鹿さんが言ってくれたから、お店側が受け入れてくれるならと、私もここの仕事が好きで帰ってきてしまったけれど。

 我ながら大それた真似をしてしまったものだ。三年間分のズレはけして生易しいものではない。

 それを承知で帰ってきたはずなのに、うまくやっていけるのだろうか。私は。


「大丈夫。大丈夫だって。剣木さん、俺たちがついてるからさ、そんな顔しないで」


 言ってくれたのは鵺ヶ原さん。

 優しい茶色の癖っ毛に、彼女持ちですと書いてありそうな整った顔立ち。

 聞き惚れそうなハスキーボイス、そよ風が吹いてきそうな爽やかさ全開の笑顔、清潔感と穏やかさを兼ね備えた、なんていうかテレビに出てる芸能人と同等かそれ以上にカッコいい。

 つまり一言で表すと超絶イケメン。である。


「そうですよぉ。店長のお小言なんて聞かなくていーですって。てゆか、ミツル先輩わたしのことちゃんと覚えてますぅ?」


 続けて言い添えたのは、猫村さん。

 その名のとおり小さな鈴のように小柄で、長身の鵺ヶ原さんと並ぶとその小ささがさらに際立つほど。小動物さながらな体型に、パッチリとした二重まぶたに大きな瞳は本当に猫みたい。

 だけどだけど、発育の割りにはかなりの胸の持ち主。ぼいーんって感じの。

 頭のてっぺんに球根みたいな大きさのお団子を乗せて。にこぉっと笑う彼女の口端からは小さな八重歯が覗いた。

 二人とも私の記憶に残る姿と少し異なるところもあったが、ちゃんと覚えている。

 この二人を、私は覚えている。それだけでこんなにも安心できるとは思わなかった。

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