第12話 やばいでしょ。

 それにしても。


 記憶障害というものは想像していた以上に厄介なものかもしれない。

 出勤してから暫くの間、私は小鹿さんと猫村さんに店内の大まかな変化と新たに考案された販売方針や、変更された点についてを教えてもらったが、正直それだけでついていけるはずがなく。空いた場所にピースを嵌めるようにほぼ半日、メモを取りながら質問の連投だった。


 正直頭がこんがらがった。

 だって、私が入った時にいた、頼りになるお姉さん社員の中鵜なかうさんは二年前に寿退社。アルバイト仲間で意気投合していた犬飼いぬかいさんも、猿渡さるわたり君もとっくに辞めているし。他にも私は知っているはずなのに辞めたことすらも、顔もなにも思い出せないスタッフさんが大勢いて。

 勿論、私にとってはつい昨日までお世話していたトイプードルの仔犬のプー子、柴犬のコロちゃん、チワワのチップ、一番のお気に入りだったラブラドールレトリーバーのポンタも、遥か昔に売れていて。狭いショーケースで元気に飛び跳ねているのは新顔ばかり。

 おまけに店内は三年の内にリニューアル工事して、私の知っているお店の面影がどこにもない。

 まるでタイムスリップしてきてしまったような心境だった。

 昼休みに新調したばかりの携帯を開いて、通信アプリで友だちのID検索をかけてせっせと登録していたらまた驚かされた。

 高校の時の友達が結婚していたり、また赤ちゃんが産まれていたり。

 うわ……あの子シングルマザーになっちゃってたんだ。

 ええ! こっちはでき婚!? ……いつかやると思ってたけどまさか本当にねえ……。

 あ、専門時代の蛇塚へびづかさん、彼氏作ったんだ。いらないなんて言ってたくせに惚気まくりじゃん、すごいな恋って。

 その他にも、動物の専門学校を卒業したにも関わらず公務員になっていたり、高校の同級生がお笑い芸人デビューしてたりと。初めて知るわけではないのに、私はその度に驚きの声を上げていた。

 空っぽの部分に次々入ってくる新鮮な情報。だけど同時に生まれる虚しさもあった。なんだか自分だけがマラソンで周回遅れしている気分。


 三年……。せめて忘れたのが三日なら良かった。三週間でも許せた。

 三年だ三年。あまり実感湧かなかったけれど呑気に構えている場合じゃない。

 何故なら私は今、24歳……!

 あと六年で三十路を迎える!

 なのにフリーター? 自分で言うのもなんだけど今の自分やばいよ、やばいと思う。

 三年もアルバイトとして勤めておいて、どれだけのんびりしていたのだろうか私は。

 確かに正社員になったらお給料は上がるし手当は付くけど、責任だとかなんだとかって面倒だと思っていたんだろう。

 けれど家庭を持ち、手に職をつけ、新たなステージへと進んでいる友人達と比べると、いまだフリーターで独り身の自分がここでとてつもなく恥ずかしく思えてくる。

 記憶を取り戻す以前に今の自分になんだか焦りを感じずにはいられない。

 しかも進むどころか後退してるし。

 気がつくと喉は渇き、額には汗がじっとりと滲んでいた。

 ハゲ先生の言葉が蘇る。

 焦らない。焦らない……。

 あせら、いや……焦るよ。

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