第10話 戻りました。

 二週間後、痛み止めと湿布をたっぷり渡されて、私はめでたく退院することになった。

 携帯を新調し、家族から身の回りで起きたこと、必要最低限の情報を提供してもらい、事情聴取等で警察に何度か足を運び。そんなこんなで職場に戻ってきた。


「剣木さん! よく戻ってきたねえ! ほんとにっ、あたしはあの時あなたが死んじゃうと本気で思ったのよ!? 体はもう平気?」


 退院してからの記念すべき初出勤の日。

 腕を大きく広げて出迎えてくれたのはあの日、救急車に一緒に乗ってくれて、私の家族にも連絡をしてくれたおばちゃん副店長の小鹿さん。

 本当に心配してくれていたのだろう。目に涙を浮かべて出勤してきた私の腕を小鹿さんは力強く握った。


「ご心配、ご迷惑おかけしました。体のほうは大丈夫です、ありがとうございました小鹿さん」

「いいのよ気にしないでちょうだい! あの時すごい出血だったから……もうヒヤヒヤしちゃって、でも良かったわ、体の方はたいした怪我じゃなくて!」


 まあ、体の方は……ですけど。

 私は深く頭を下げて、小鹿さんの後ろで腕組みして立っている太めの中年男性を見上げる。

 ちょっと顔怖いな、目が細くて鋭い……私の父親を彷彿とさせる。

 うちのペットショップのメインカラーであるレモンイエローのエプロンが不似合いなくらい。

 胸の名札に太文字で『店長 馬越うまこし』と書いてある。

 だけど……残念ながら、この店長は私の記憶には、いない。

 穏やかではない雰囲気を私に向けて、大きく咳払いすると馬越店長は気怠そうに話し始めた。


「その顔だと私のことは覚えてないのかな」

「あ……う」


 開口一番そこかい!

 突っ込まれたくないところを突かれて、私はあからさまに身を硬くする。はいそうです。すいません。とも言えなくなる。


「まあいいよ、仕方ないことだから。でもこれは君の不注意で起きたことだからね、次はないとは思うけど気を付けて欲しいな。一人突っ走って怪我をして……その間、君の代わりに休日を削って働いてくれたスタッフもいるんだから。みんなにちゃんと謝るようにね。あと、できる限りフォローはするけどそれにいつまでも甘えないように、アルバイトって言っても君は三年も勤めてたんだから、お客さんや後輩の目もあると思ってやって」


 う、ぐ……厳しいお言葉。

 別に甘えてたつもりはないけど、今まで病院でも自宅でもそれなりに気遣われてきたところからのこの対応。現実に引き戻された感じ。


「店長……。診断書読みましたよね、あまり急かすことは剣木さんの体に負担かかりますって」

「別に早く思い出せとは言ってないよ。ただここは仕事する場所であって病院ではないからさあ。みんながみんな剣木さんに構っていられないよってことを私は言いたかったんだよ」


 言葉は厳しいけど店長の言うことはなにも間違ってはいない。退院する前に少しだけ小鹿さんから聞いた話しだけど、どうやら私が復帰する件について、辞退を勧めるか、否かで話が拗れたらしいのだ。

 悲しいがそれも仕方のないこと。だって此処で得た三年間の豊富な経験はあの事件で封印され。今の私の頭は入社して数ヶ月の新人同様のまっさらな状態なのだ。

 それに加えて今現在の状況に適応するのに時間を用する私に、少なからず強制的に周囲の時間が割かれるわけで。正直これでは店側に得はない、他スタッフの負担となるお荷物を一つ背負い込むものだ。

 と、そんなふうに唱えたのは、半年前にこの店舗に就任した馬越店長一人だけだったという。


 本来なら使い物にならないとそこで切られてもおかしくないところで待ったをかけてくれたのは副店長の小鹿さんと、その他のスタッフの人たちで。


「結果的に盗難を防いでくれたのに追い出すなんて可哀想」、「店のために体を張って怪我したスタッフに言い渡すことじゃない」と皆さん色々と言ってくれたらしく、そのお陰で店長も渋々本社と連絡を取ることになり、論議のすえ、本人に復帰の意思があるならという結論に至り、私の首の皮は繋がったそうだ。


「みんな待ってるから、なにも心配しないで元気で帰ってくるんだよ」


 という、病院の公衆電話で聞いた小鹿さんの言葉には正直泣いた。

 私の独断で多くの人に迷惑をかけたのだ、記憶があるない関係なく、その恩は体で返さなければならない。


「はい、全て肝に銘じて置きます。ご迷惑お掛けして大変申し訳ありませんでした、これからも至らぬ点があるかとは思いますが、早く戻れるよう精一杯勤めさせて頂きます」

「まあ、無理に続けようと思わなくていいから。無理そうだなと思ったらすぐ言っていいよ」


 丁寧に頭を下げたつもりが、ぴしゃりと一蹴されてしまった。

 私、店長に嫌われてたんだろうか。ただ、なんとなく一つだけ思い出せたかもしれない、私この店長忘れる前も苦手だったんだろうなって。

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