第6話 誰こいつ。
「ミツル、どうしたの」
「いや、なんで……私の名前知ってるんですか…………」
「な――なに言ってるの。冗談だよね、ミツル」
「ち、近づかないでください、なんなんですかっ」
混乱して拒絶を示す私にそれでもその人は汗まみれの顔を近づけてくる。
今まで固まってそれを見ていた両親も、そこでやっとハッとしたらしく。私からその男の人を引き剥がして、壁際に追いやった。
「君はなんなんだね、いきなり入ってきて」
「どなたなの? 娘とはどういう関係で?」
「あっ……すみません、僕はあの。こういう、ものです」
慌てて鞄から名刺を取り出し、それを両親に見せるその人は、そこでまた私に視線を戻したが、私はそのまま素早く視線を顔ごとそらした。
「ご挨拶遅くなってすみません。あの、おれ、あ、いや僕。お初にお目にかかります、
深々と頭を下げ、放たれたその言葉に私は。叫んだ。
ハアッ!? と。
ありえない。そんなこと、断じてありえない。でたらめだ。この男、あたまおかしい。
いきなり現れていきなり抱きしめて。それで、自分は私と付き合ってますって……狂ってる。
いったいどういう神経で。なにをどうしたらそんな行動ができて、そんな言葉が言えるのか。
「そんなはずないでしょう……!」
頭痛い、いろんな意味で。
「…………娘はそう言ってますが」
怪訝そうな顔をする父親、母親、姉。
「そんなはずは! 確かに僕は娘さんと交際を!」
「誰かと交際しているだなんて、今まで娘は一言も話していませんでしたよ」
と母親。
「えっ。いえ……そんな、僕はミツルさんの」
「もしかして、ストーカー……」
と姉。
言われてますます焦りの色を滲ませる童顔眼鏡。
「ストーカー?」
「ほら、なんていうか、自分は付き合ってるつもりでいるっていう。最近そういうのすっごい多いらしいよ。ミツル、あんたほんとにこの男知らないの?」
振り向かれて布団を引き上げ、何度も頷く私。
「ほんとに? 会ったことは?」
「ない……一度も……ぜんぜん知らない人」
「だってよ」
「そうなのかね、君。正直に言いなさい」
「あ、あの」
「うちの娘にストーカーしてたの?」
「違います……! その!」
「妹が知らないって言ってんじゃん。ストーカー以外になにがあンの?!」
金髪ゆるふわカールに厚底ブーツ、バッサバッサのつけまつ毛。いかにもとっつきにくそうな姉貴に名刺を突っ返され、胸ぐらを掴まれてタジタジになるその人は苦し紛れに私に助けを求めるけど、そんなの私には知ったこっちゃないことだった。
「本当です! 嘘じゃないです! ……僕は、ミツルさんと今現在でもお付き合いをしているんです!!」
この後に及んでなんて口から出まかせ言ってんだ!
「ほんとうなんですよ! 信じて下さい!」
泣きそうな彼の悲鳴を最後に、ぱんぱんぱんぱんと大きく手を叩く音が割り込んで。
みんな一斉に先生の方を向く。
「はい、そこまでにしてください。ここ病室です、病院です、患者さんの前です。それ以上先は外でよろしいですか? ん?」
そう言われ、静粛になる一同。
そして今度は先生が私の方に近づいてきて、ベッド横の丸椅子によいしょと座ったかと思えば、私にこんなことを言ってきた。
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