第11話 襲撃
「陽動は前へ! 必ず私たちが侵入してから散開しろ!」
林が指示を出すや、騎馬隊が馬に鞭を入れた。大刀会の兵士たちが客車へ手裏剣を投げる。窓が割れ、砕けたガラスが飛び散る。続いて兵士たちが力任せに
オーバーコートを着て首をだした機関銃手がようやく我々に気がついた。鋭く笛をふきドイツ語をさけぶ。客車の窓からめいめい勝手に賊が顔をだし、雹の中に目をこらした。
ホッチキス社のマシンガンが軽快な音を立てて弾幕を張り始めたが、すでに我々は死角に入っていた。機関車、石炭車、客車が通り過ぎ、私たち4人は5両目の貨車と並走した。
「見ろワトソン君! あれこそが証拠だよ!」
雹に打たれながら、ホームズが右腕を突きだした。目をこらす。列車の車輪一つ一つに、太いケーブルのようなものが付いている。それらはまとめて客車の窓から引きこまれていた。
「なんだあれは?」
「中に入ればわかるさ!」
ドイツ人たちは音のする方角へ視線をむけている。その隙をぬって、李が貨車の側板へ槍を突きだした。どうと音をたてて立つや、林が馬に鞭を入れた。
「やーっ!」
気合一閃、林が固定された槍に飛びついた。この貨車には
「跳べ!」
李がさけんだ。ホームズは馬上に立つと右手で帽子をおさえて
「
李が貫通扉へ掌を当てる。轟音をのこして、木製のドアは冗談のように吹きとんだ。
「入ってきたぞ!」
「ホームズと大刀会だ!」
陽動に裏をかかれたと知ったドイツ人たちが集まってくる。だが彼らが応戦の準備を取るよりはるかに速く、李が最初の一人へ肉薄した。
賊が大きく目を見開く。
李の正面に立った男は言葉を発する間もなく胸板をぶち抜かれて即死した。私の目には何発打ったのかすら見えなかった。
「うわあっ、天津の李書文!」
「
李が放つ疾風の殺気に賊が足をすくませる。私たちが廊下にすべりこんだ。
「右を頼むぞワトソン!」
「わかった!」
十分に狙いをさだめる。私が右の黒服、ホームズが左を。我々の弾丸は的確に彼らの上腕へ命中した。
「ようやく撃てた!」
「3度目の正直だね!」
乗り込んでからわずか20秒しか経っていなかったが、賊はすでに3人の戦力を失っていた。ハーバーを含めてあと3人だ。
うめき声をあげるドイツ人2人を林のロープで縛りあげ、転がして先頭へ。李が貫通扉を次々とノックよりも無造作に吹き飛ばして進む。続いて林、私、そしてホームズの順で4両目の貨車へ入った。誰もいない。3両目の客車で待ち構えているのだろうか。左右を確認したがやはり気配がなかった。
前へ視線を向けたそのとき。最後尾を走るホームズの声が貨車に響いた。
「ぬうっ!」
ホームズを襲ったのは天井に登っていた機関銃手と
「動けると思うな!」
ドイツ語が響いた。1人がホームズの背後から太い腕で首を絞め、もう1人が銃口を私たちに向けていた。
「シャーロック・ホームズ。英国からこんな奴らのお供とはご苦労だな。しかしこうまで邪魔をするなら容赦せんぞ」
「そうかい。では僕もだ」
ホームズがはっきりと答えた。列車が曲がり角に差しかかり、大きく揺れる。締め上げる腕と首の間にわずかな隙間ができたとき、ホームズが大きく体をしずめた。
「うおおっ?」
ぶんと音を立て、後ろを取ったはずの男は縦に回転してもう1人に直撃した。上下を逆に重なって倒れる。その上からホームズが膝を乗せて男たちの重心を殺した。
「ロープを!」
言われるよりも早く、私たちは林からロープを受けとり男たちを締めあげた。男たちが床に張り付いてうめき声をあげる。
「すごいな!」
驚くしかない。見事な手際だった。
「日本の闘術は背後を取られても終わりじゃない。死の直前まで抵抗する技があるのだよ」
残るは1人。賊の首魁フリッツ・ハーバーのみだ。
拳銃を構え、我々は最後のドアの左右から挟んだ。雹がやんだようだ。鉄輪が線路を刻む音にまざって、何かの機械音が響いていた。銃声はこない。
「銃を持っていないようだ」
「ああ。だが、ここまで来てようやく相手の武器がわかったよ。まったく我ながら愚かだった」
「あの車輪から伸びたケーブルのことかね?」
「そうともワトソン。ロンドンの事件。イルクーツクの事件。塩素ガスを作り流し込むことはできないと言ったのは全くの間違いだった。テムズ川へ続く下水道のゆるやかな流れ。シベリアの空を吹くそよ風。そしてこの機関車。ガスを拡散させることなど、誰にでもできるのだ」
「ロンドンとイルクーツクでは、力のある送風は無理だと言ったじゃないか」
「1つではね」
「なに……?」
「ダイナモとモーターだ。やはりダイナモとモーターだよワトソン君! 小型のダイナモを大量に用意して直列に繋げればいいだけだったんだ。子供でもわかる電磁気学の初歩だよ。
小さなダイナモはテムズ川へ続く下水やイルクーツクの屋根、そして鉄道の車輪にずらりと並べられる。材料は現地で調達できるし目立たない場所へ設置するのも難しくない。使ったあとは銅線だけ回収すれば何かは分からず、いずれは壊れて捨てられてしまう」
客車の貫通扉にも鍵がかかっていた。ホームズがためらうことなく
風が我々4人の体を叩いた。目をこらすと奥には一人の男、そして異常に巨大な扇風機が待ちうけていた。
「名探偵シャーロック・ホームズ。それに神槍李書文。お目にかかれて光栄だ。私はプロシア帝国カールスルーエ大学のフリッツ・ハーバー。お見しりおきを」
追い続けていた男が、風に言葉を重ねた。
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