第10話 馬と機関銃

 翌早朝に報告が来た。

 ホームズの予想通り、ハーバーは明日の列車で南下し、済南方面へむかう。来る日が来たのだ。荷物をまとめ、十分な食事をとって夜を待った。


「鉄道にどう乗りこむ? 最初から入って潜むか、どこかで待ち構えるか」

 ホームズに聞いた。


「その汽車は無許可のもので、車庫にも入っていない。すぐに部材を搬入するようだから、気づかれずに乗るのは難しいよ。途中に駅もない」


 ホームズの言葉を受け、林は落ち着いて首を縦に振った。


「列車に入りこめれば、なんとか……ハーバー一味は手下を含めて6人で確定しました。こちらは奇襲ですし、しかも12人を用意できます。それなら……」


 ところが、それを聞いてホームズと李が即座に否定した。


「列車の中で、12人が迅速に行動するのは無理だ」

 2人はそれぞれの国の言葉で、まったく同じ内容を語った。


「林さん、一つの場所で動ける人間というのは決まっているのです。列車なら多くて4人でしょう。しかも積極的に動けるのは前に立つ1人。残りは単なる後詰です」


「では……私は必ず参りますので、4人ということでしょうか」


「良いというか、陽動はともかく内部で動くのは4人でなければだめだ。今から話し合っていない追加を入れても役にたたん。私は槍でいいが、後詰は武器も用だてろ。拳銃がいいだろう」

 李が言った。


「私はもちろん行くが、刀は使えないし、ピストルは手に入るかね?」

 ホームズや李の強大な力をいささかも疑うことはないが、それはそれとして武装が必要なのは明らかだ。次こそ空のピストルを持つわけにはいかない。聞くと、林が奥の椅子を開き、中から古びた青銅の箱を取り出した。


「調達はしました。コルト・シングルアクション・アーミーです。3丁。弾丸は30ずつをそちらに。残りは私の背嚢はいのうに入れます」


 林が机にならべたのは、西部開拓時代に活躍したアメリカのリボルバーだった。通称ピースメーカー。保安官ワイアット・アープが使用したことで知られている。


「英国人が清国で米国の銃とはね」

 弾倉を開く。開閉はスムーズだし扱いやすそうに見えたが、薬莢に込められたのは時代遅れの黒色火薬だった。


「試射はできるかな」

「はい、地下で」


「次は撃てるといいな」

 李が笑いながら言った。私が苦笑しながらそうだねと答えたが、自分に向けられた銃の話をしながら、恨みの影ひとつ見せない男の態度には驚くしかなかった。


「しかし、あなたも一応だが銃を持っては? 列車の中で槍はとりまわせないでしょう」

 それを聞くなり、李が心底おかしそうに笑った。


「取り回しがどうの、武器が幾つだの、そんなことがどうして問題になる」

 李が笑顔を止めた。


「平原には平原の、室内には室内の、列車では列車での戦い方がある。武術とはあらゆる場所で、無限に応用ができるものだ。またそれができぬのでは、武術家とは言えぬ」


 李は少し饒舌じょうぜつになりすぎたと思ったのか、席にかけなおすと渋い顔で茶碗を取り、黙って口をつけた。


 生まれも育ちも得意とする分野もはるかに違いながらも、私はこの男とホームズとの奇妙に似通っている部分を感じた。突き抜けた能力だけでなく、堂々たる風格の中に持つ、独特な寂しさまでもが共通しているように思えた。


 *


 翌朝。

 ドイツ人たちの汽車は正午に出発するとわかった。この明るい中を追跡すればあっさりと見つかってしまうだろう。馬上と鉄道からの射撃では命中率が違いすぎる。しかも向こうには拳銃以上の武器がある。


「先回りして橋の上から列車に飛び移るかね?」

「それは無理だ」


 ホームズが答えた。


「速度を落とすようなところに橋はないかな」

「そういう意味ではないよ。彼らは昨日の深夜に出て行ったのだが、驚いたことに列車に銃座を取り付けていたよ。機関銃を用意している」


「なんだって?」

「フランスのホッチキス社が作ったガス圧作動方式を使う新型だ。橋の上や建物から飛び移るなんて夢のまた夢、たちまちハチの巣だよ。これでガスの発生装置が乗っていることは確定だね。今までの中でも最も完成度の高い作品がそこにあるよ」


「そりゃどうしようもない! だったらもう列車の襲撃はあきらめて、鉄道が切れるところへ向かわないと」


「何を言っているんだワトソン君。そこには何倍のプロシア軍御一行様が待っているに決まってるじゃないか。いますぐだよ。それが僕たちに与えられた唯一のチャンスだ。さあ、まずは馬を買いにいこう」


 私たちと大刀会の面々は、購入を予定した馬がいるという厩舎に向かった。取り壊し予定で、馬主は急いで売る必要があるそうだ。


 しかし着いてみると、その馬は期待からかけ離れていた。大柄で筋肉はついているようだが、英国馬ほどの足がなさそうだ。しかも厩舎はひどい立地で、気温は凍えるように寒いのに、南を向いていないし天井は破れている。そのうえ隣は製鉄所だった。馬はそれほど気が立っていないようだが、こんな煤煙を吸っていてはいずれ喘息になるのは明らかだった。馬は人よりもはるかに敏感なのだ。これでいいのかと眉をひそめたくなった。


「ホームズ、まずいよ。どこか、今からでもほかの地域の馬を買ったほうがいい」

 耳打ちしたが、ホームズはおかしそうに笑った。


「いや、これで十分だ。彼らは、あえてこの馬を選んでいるのさ。売れ残った馬をね」

 自分の地域で買うのが彼らの習慣という事だろうか。馬は即金で売ってもらえたが、不安は消えないままだ。安定感はなく、鞍も鐙も清国式の華奢な作りだった。


 北京の郊外に作られた線路へ向かい、遠目で対象の列車を確認する。急ごしらえにしては大掛かりな組み合わせだ。6両のうち半分は貨物車で、その先に機関車、石炭車、客車が一両ずつ繋がっていた。客車の上にはたしかに銃座がある。いよいよ命を失いかねない気がしてきた。


「車輪に細工をすることはできるか?」

 李が大刀会の兵士に聞いた。


「ネジを抜いたり爆弾を仕掛けたりするということですか? 鉄道に詳しいものはおりません。あれは妖術の一種ですので」


「そうか……まあいい。出来が悪いことを祈ろう」

 言うと、李が手綱を引いて馬の向きを変えた。


「計画は先ほど確定しました。数里先で待機しましょう」

 我々4人と大刀会の面々を合わせた12人が、草原へ向けて歩を進めた。市街を抜けて草原に出た。この地方は冬、乾燥し寒く風が多く吹く。シベリアよりは数段ましだったが、手袋をしていても辛いことに変わりはなかった。


 心配は膨れあがる一方だ。李もホームズも従軍経験はないはずだ。馬の優劣は戦場では決定的な差になる。格闘技が得意でも、こうした襲撃戦を知っているわけではない。その知識の乏しさが、致命的な失敗を招こうとしているように思えた。ここだと李が馬を止めた。周囲を見渡すことができる草原で、遮蔽物が全くない。無謀としか思えなかった。


「ホームズ。正気か? こんな場所から仕掛けるのか?」

 動揺を隠さずに聞いた。


「もちろんだよワトソン君。いやはや、僕たちだけなら、こんな場所で待ち構えるなんて絶対に考えつかなかったろうね。

 やはり彼らと組んで正解だった。それなのに本国では彼らを野蛮な人だと考える者のなんと多いことか! 事実に目を向けたまえ、ワトソン君。彼らは僕たちよりもはるかにこの地域に明るく、知的で、そして大胆さをあわせ持っているのだよ」

 ホームズがじっと西の空を見あげ、満足そうにほほえんだ。


「いったい君は……」

 そう言いかけたところで、遠目に汽車が見えた。それが近づいてくる中、突如、ぴたりと風が止まり、それから大きく天候が崩れた。


「うわっ!」

 強風に続き、鈍い痛みが私の背を走った。それは草原をたたきつける大きなひょうであった。


「お膳立てはそろったよ、ワトソン君!」

 汽車の上に見えていた銃手と思われる姿が、機関銃を残して列車の中に消えた。雨具を取りにいったのだ。雹が乱れ飛びお互いの姿は全く見えず、馬の声も霞んでいく。しかし響く動輪の音と吐き出される黒煙だけは、汽車の位置を正確に示してくれていた。


「行くぞ英国人!」

 李が槍を掲げ、ときの声を上げた。


「この馬は雹にも煙にもおびえることはない! 線路に並走しろ!」

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