最終話
「景壱君。りょーちゃんさんは出られましたか?」
病室に入って来たのは愛しい夕焼けの精霊。手に花束を持っている。涼司さんが参加しなかった式で貰ったのだろう。彼は何を勘違いしていたのだろうか。葬式とは一言も言っていない。結婚式だと思っていたのも不思議だ。まあ仕方ないといえば仕方ないか。俺には理解できないけれど。
「涼司さんはもう出れたよ」
彼女は嬉しそうに笑う。笑いながら俺に抱き着いて来た。花とお日様の香りがする。愛しい。
「しかしながら、何故窓が開いているのですか?」
「風を浴びたかったんやないかな」
「そうですか。天井に銃弾が突き刺さっていますし、泥人形も動かなくなっていますし……」
「涼司さんはきちんとした意思を持ってたから大丈夫。あっちの世界でもやっていける」
「安らかな眠りから目覚めて夕焼けの里から帰ってきた人間は狂っているものですからね。ここまで景壱君がチェックしてくれたのなら大丈夫ですね。窓閉めますね。お身体に障るでしょう」
再び彼女は笑う。花束を抱えなおして笑う。だが、窓から下を覗いて、笑顔が凍り付いた。そして、ゆっくりと俺の方を向きなおした。
「景壱君。あの、下の潰れたトマトのような赤いものは……」
「何やろね」
「知っているのでしょう?」
「こやけもとっくに知ってる」
俺の返答の意味を理解したらしく、こやけは泣き出しそうな顔をしていた。放っておきたくてもそれができないように弱弱しい表情をしている。俺の初めて見る表情。どうしてこんな顔をする? 何人も虫けらのように殺してきたくせに、どうして?
「どうしてこんなひどいことをしたのですか。私は『関わらないでください』って言ったのに」
「俺は何もしてない。涼司さんは勝手に『不老不死になった』って勘違いして窓から出て行っただけ」
「何故真実を教えてあげなかったのです」
「教えてあげたで。死なないって」
「死ななくても、あの状態は酷いです。再生はできないのですから」
「俺の言うことを聞かずに窓から出て行くから悪い」
「でも、景壱君のことですからどうせ誤解させるような言い方をしたのでしょう」
「してない。罰が当たったんやないかな」
俺はこやけに背を向けて歩き始める。いつまでもここにいる必要は無い。夕焼けの里に帰って、歓迎式に参加しなければ。
振り向くと、こやけの頬に涙が伝っていた。彼女が泣いている意味が理解できない。どうしてこんな顔をしているのだろう。これも全て涼司が悪い。こやけを泣かせる涼司が悪い。俺は踵を返して、こやけの横を通り、窓から下を覗いた。潰れたトマトのようなソレはゆっくりと前進しているようだった。紫外線が皮膚に突き刺さるが今はそんなことどうでもいい。アイツを葬ってやる。こやけを泣かせたアイツをこの世からアンインストールしてやる。どうせあの姿から、人間の姿には再生できないバケモノなのだから彼にとっては幸福な最期だ。夕焼けの里からも出られているのだから幸福だ。
「雨よ――」
「景壱君!」
完全に浄化してやろう。こやけが俺にしがみついて止めようとするが無視する。詩を続ける。
「さあ、槍の如く降り続け」
俺の声と同時に雨が降り始めた。アイツは何か叫び声をあげているように感じる。赤色が雨と混ざって近くのマンホールへと流されていく。いい気味だ。こやけを見ると俺の足元で両手を顔に当てていた。どうしてこんなに悲しむ必要があるのか理解できない。そこまで彼女は懐いたのか? さっぱりわからない。腹が立つ。ひと蹴り入れると、彼女の顔はもっと悲しいように歪んだ。
「あんなヤツのために泣くことない。さっさと帰って歓迎式に参加しよう」
「ッ――」
顔を背けたので、髪を引っ張って、向きなおさせる。どうしてこんなに言うことを聞かないようになったのだろう。それもこれもアイツが悪い。
「返事は?」
「はい、ご主人様」
「よくできました。ほら、帰るで」
「はい……」
こやけの手を引っ張り、立ち上がらせる。そのまま手を繋いだままドアへ向かう。彼女は俯いたまま。ポタポタと床に涙の跡が残っていく。帰ったら好物の抹茶プリンを大量に与えよう。洋菓子店もできたことだし喜ぶだろう。
俺はドアの前で振り向き、窓に向かって言う。
「夕焼けの里から出られて良かったね」
了
まぼろしの駅 末千屋 コイメ @kozuku
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