第22話

「他に何か聞きたいことある?」

「どうせ代価が必要なんだろうが」

「代価は要らない」

 景壱は床に転がっている死体を蹴飛ばして丸椅子を引き寄せ、座った。蹴られた死体はサラサラと砂の城のように崩れた。やはり泥人形なのだろうか。

「これは人間なのか?」

「もうとっくに気付いていると思ってた」

「違うんだな」

「違うと言えば違うし、そうだと言うならそう」

 肯定も否定もしないように景壱は首を振った。近くに転がっていた死体の頭をもぎとる。赤い液体が滴り落ちた。断面を俺に向かって見せつけてくる。気持ちが悪い。だが、よく見ると骨が無い。

「そう思い込んだら、そう見える」

「思い込んだら?」

「夕焼けの里と一緒。帰ろうと思えば帰ることができる。それなのに、誰も帰らない。と思い込んでいるから」

 思い込んでいるから、そうなる? そうだとしたら、愛と悠太は帰ることができるのだろうか。しかし、あの2人は既に死人だ。それなら、せめて愛のお母さん――おばちゃんだけでも――とは思うのだが、もうあの里に行こうとは思わない。俺は足に力が入ることを確認してから立ち上がった。

「ここは何処なんだ? 帰る方法を教えてくれ」

「あのドアを出たらもう帰れる。その前に、涼司さん――」

「何だ?」

「こやけは――夕焼けの精霊は――依頼を必ず叶えてくれる」

「だから、俺はここにいるんだろ?」

「あなたは、夕焼けの精霊に何を依頼したか覚えていないの?」

 景壱は、プログラムどおりにしか喋れないロボットのように、感情無く言った。俺がこやけに依頼した――というよりも言ったことは「死にたくない」だ。だから、こやけは俺から《死》を切り離した。依頼を叶えてくれた。

「俺は『死にたくない』と言った」

「残念ながら、夕焼けの精霊は、お世辞にも『賢い』とは言えない。かと言って『馬鹿』でもない」

「何が言いたい?」

「あなたが知りたいのならば、俺は真実を教えてあげる。でも、夕焼けの精霊はあなたに『佐用なら、再び会うことが無いように――』って言ったはず。つまり、もう夕焼けの精霊は、あなたと会わない」

「教えてくれ。真実ってやつを」

「わかった。それなら教えてあげる。この銃には弾があと1発入っている」

 景壱は銃を再び手に取り、俺に向けて引き金を引いた――確かに俺に向かって放たれた銃弾は天井に穴を開けていた。ちょうど俺の真上だ。景壱は溜息を吐くと、俺の方へ歩いてきた。天井を見上げてもう一度溜息を吐く。

「これでわかった?」

「いや」

「あなたは、夕焼けの精霊に『死にたくない』と言った。だから、夕焼けの精霊は、あなたがにした。これから先に何があっても、《死》に憑かれなくなった」

「え」

 俺が不老不死? そんなことあるか。しかし、銃弾は天井に穴を開けたのは確かだ。だとしたら、ここから飛び降りても――?

 俺は窓を開いて下を見た。車が蟻のように小さい。ここから落ちても死なないって言うのか? 振り向くと景壱は後ずさりをしていた。彼の方へ光の筋が走っている。そういえば、こやけが「ご主人様は紫外線に弱い」とか何とか言っていたな。俺は景壱に歩み寄り、腕を掴んだ。光に当たった皮膚がジュウッと赤くなる。

「痛いッ」

「へえ。本当に紫外線に弱いんだな」

「涼司さん。あんまり調子に乗ったら罰が当たるで」

「罰か」

 少し悪いことをしたとは思うが、不老不死になった俺なら何も怖くない。せっかくだから、窓から飛び降りて、下にいる人たちを驚かせてやろう。俺は窓の縁に腰掛け、振り向く。

「ドアから出ないん?」

「不老不死なら、ちょっと下にいる人たちを驚かせようと思って」

「そう。佐用なら、再び会うことが無いように――」

「さよなら」

 景壱に別れを告げて、俺は窓から飛び出した。体が風を切り裂きながら落下していく。蟻のようだった車がはっきりと見えて来た。通行人が口を開けている。叫び声が聞こえる。もうすぐ地面だ。俺は、じめ――


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