第21話
ピッピッピッピッ……
無機質な電子音が部屋中に響いていた。目の前に広がるのは白い天井。そして腕に繋がったチューブを辿ると点滴スタンド。病院なのだろうか。頭がボーッとする。俺は体を起こし、辺りをよく見る。カーテンが半開きになっている。鏡に映る俺の姿は痩せこけている。首にどす黒い筋がついていた。触っても痛みはないが少しザラリとした感触がした。纏まった糸に触れたような感触だ。縫われているという訳でもなさそうだ。黒い筋は首を一周してあるように思えた。後ろが見えないのでどうなっているかは想像だ。俺はベッドに備え付けてあるナースコールを押した。少し間を置いて薄い桃色の服を纏った女性が現れた。
「目が覚めて――」
「あの、ここは?」
「あああ! 先生!」
女性は俺の質問に答えずに走って出て行ってしまった。すぐに大勢の人間を引き連れて戻って来た。全員が俺を珍しいものを見るような目で見る。いったい何がどうなっているかわからない。
「目が覚めるだなんて――」
「いったいどうなっているんすか?」
「今から半年ほど前だったかな。電車の脱線事故があってね。それからキミは眠り続けていたんだ」
「眠り……?」
今までのことは夢だったのか? それにしては妙に現実味を帯びていた。しかし、それが本当なら愛や悠太は生きているよな。
「キミは吊り革が首に巻き付いている状態で発見されてね。だから、その首の痕」
「ああ、これ……切られたからじゃないんですね……」
「こやけ様は首を刎ねていないんだ」
今さらっと「こやけ様」って言ったよな。ということは、ここは夕焼けの里なのか?
「ここは何処なんすか?」
「ああ。心配しなくても夕焼けの里ではない。安心してくれ」
白衣の男は俺のベッド横にある椅子に座った。髪を染めてから時間が経っているのかプリンのようになっている。年齢は俺より一回り上といったくらいだ。
「ここは隔離病棟なんだ。キミのような人間が収容されている。気を悪くしないでくれよ。安らかな眠りから目覚めて夕焼けの里から帰ってきた人間は狂っていて会話できることさえ稀なんだ。キミはとても珍しい」
「は、はあ?」
「これは奇跡だ。是非キミの話を聞かせてくれ」
男は俺の手を握りしめて目を輝かせた。この場は異常だ。気持ちが悪い。気が付くと、部屋には薄い桃色の服の女と白衣の男が押しかけていた。各々録音機器やメモ帳を手にしている。
「こんな実験動物のような扱いをされるなら、あの場で死んだ方がマシだった」
「そんなことを言わないでくれよ涼司くん。こやけ様が助けてくれた命だ大切に生きるべきだよ」
脂ぎった顔が近付く、ひどく嫌悪感。俺は咄嗟に枕で男を殴った。ドスッ、と思ったよりも重い音がして、男は床に転がった。首が、妙な方向に曲がった。周りの女が声をあげる。耳が痛い。うるさい。
「人殺しー!」
「うるさい!」
腕に刺さっていた点滴を引き抜き、点滴スタンドを蹴り倒す。女が1人倒れた。またもや首が妙な方向に曲がった。ずれたような感じだ。目は白く淀んでいた。まるで、ずっと前に死んだように。掛け布団を投げつけるだけでも、男は倒れた。息をしていない。今度は床に目玉が転がり落ちた。俺の気が狂っているのだろうか。軽く押しただけで手は身体を貫通した。奇妙な声をあげながら女は蹲り絶命したようだ。俺の病室いっぱいに変死体が溢れかえってしまった。俺はこれだけの人間を殺めてしまった。これは、人間か? いや、違う。これはまるで泥人形のようだ。手ごたえが全く無い。
「へえ。凄いやん。お見事って言うべきかな」
聞き覚えのある呑気な声が聞こえた。
「せっかく準備したのに――まあええや。こやけは俺に『りょーちゃんさんに関わらないでください』って言ってたけど――従者が主人にそんなこと言うなんてなぁ。こやけが俺にそんなこと言うなんて初めてなんよ」
気味の悪いほどに透明度の高い碧眼が俺を見る。凍てつくような視線に俺は動けない。その姿を見て、口角を上げながら、男は――景壱は俺に近付き、額に鉄製の何かを突きつけた。ひんやりと体中の熱を奪われていく感覚がする。
「この銃に弾が入っているか知りたい?」
「知りたくない」
「つまらない」
パンッ……と空気を切り裂く音がした。天井から埃がパラパラ落ちてくる。弾は入っていたようだ。俺は腰が抜けて床に座り込む。気味の悪い液体が足元に広がっているがそんなこと今はどうだっていい。足に力が入らない。
「こやけがあなたに懐いた理由がなんとなくわかった」
「そりゃあ良かったな」
「……はあ。面白く無いから教えてあげる。こやけはあなたから《死》を切り離した。だからもう好きに生きて」
「さっきの白衣の男が話したことは何だったんだ?」
「適当な作り話。どうも演技が下手やね」
「じゃあ、愛や悠太は……」
「そのまま」
景壱は退屈そうにしながら銃を太ももに巻き付けてあるホルダーに収納した。俺を撃ち殺す気はもう無いようだ。
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