第10話 よだかの火

 鷹が空に飛び去っていくと、街のビルの陰から白い立派な猫がひよいと現れました。さつきの狸の工場で見た猫でした。

「やあ、ペンネン技師。ご無沙汰しております」

 山猫が帽子をとつて頭をさげました。

「やあ、裁判長。ここはいよいよまずいね。住民がわれわれを尊敬しなくなつてきてゐる」

「またですか」

「ああ。どうも彼らは、技術を身につけるごとに傲慢になつていくやうだね」

「もう長くは持ちませんか」

「うむ。もう十日ともたんだらう」

 さう云ふと、山猫は帽子をかぶり直して云ひました。

「ところでペンネン技師、私どもはを探してゐるのですが、このあたりでよだかを見ませんでしたか」

「よだかならこの街のあちこちに居る。ほら、そこにも一羽ゐるだらう」

 ペンネン技師はすぐそばにある高層ビルの上を指しました。そこに居たのは、実にみにくい鳥でした。顔は、ところどころ、味噌をつけたやうにまだらで、くちばしは、ひらたくて、耳までさけています。

「おうい、そこに居るよだか、聞こえるかあ」

 と、山猫はどんどんとステッキを叩きました。よだかはビルの上にある巣を離れて、音もなく飛びおりてきました。

「ああ、とうとう鷹さんたちは山猫の先生を呼んで、僕たちを殺さうと云ふのですね」

「鷹は、お前たちに名前を変へるやうに云つてゐるだけだ」

「さうなのです。鷹さんは僕たちに、首に新しい名前を書いた札をぶらさげて、鳥たちのうちを一軒一軒おじぎをして回れと云ふのです。さうしないと殺すと云ふのです。山猫の先生、どうか鷹さんたちを説得して頂けないでしやうか」

「それは無理だ。我々はただ知識を伝へるだけで、さういふ形の介入は出来ない決まりになつてゐるのだ」

 と山猫は残念さうに云ひました。

「かれらはぜんたい、何をそんなに悩んでゐるのですか」

 とシュラは云ひました。

「この街では百年ほど前に労働機械が導入されたのですが、それで元々の貴族だつた種が、元々の労働者だつた種を嫌つてゐるのですよ」

 と山猫は云ひました。するとハルが、

「ふむ。ぼくは人間というものを久しく見てゐないけれど、どうして彼らはそんな細かい種の違いで争つたりするのだらう」

「ハル、彼らは人間ぢやないよ。さつきも云つただらう。地球の生き物が、みんな人間といふわけではないのさ。蟹も野ねずみも、栗の木もきのこも、ばくてりやのやうのなものもゐる」

 とシュラが云ひました。

「シュラ、きみは変なことを云ふなあ。どう見ても彼らは人間ぢやないか。ここの鳥たちも、どんぐりも狸も、ぼくの知つてゐる人間そのものだ」

 とハルは云ひました。

「こちらの方は」

 とよだかが聞くと、

「彼らは、かの銀河鉄道の構成AIにあられる。ハルさまとシュラさまだ」

 と山猫がこたへました。

「ああ、ハルさん、シュラさん。どうか私をあなたたちの銀河鉄道に乗せてもらへないでしやうか。アンドロメダ銀河の彼方まで行けるなら、灼けて死んでも構ひません」

 よだかは泣きながら云ひました。

「だめだよ。ぼくたちの銀河鉄道はもう、100万年も銀河の間をさまよってゐるんだ。きみのやうな有機生命体には、とても耐えられない時間だよ」

 シュラが答へました。

「どうしてなのですか」

「ブドリがずつと黙つてゐるせいだ」

 ハルが云ひました。

「ぼくたちの意見が食い違ってゐるんだ。ブドリがどちらに賛同するか決めてくれないと、合議制のシステムが動かないんだ」

 シュラが云ひました。

 よだかはすつかり力を落として、のろしのやうに空へ飛び上がりました。それからキシキシキシキシッと高く高く叫びました。その声はまるで鷹でした。よだかは、どこまでも、どこまでも、まつすぐ空へのぼつて行きます。

 それからしばらくたつて、よだかの姿はすつかり見えなくなり、その方角には、燐の火のやうな青い美しい光になつて燃へてゐるのが見へます。

「おい、あの方向はまずいね」

 ペンネン技師が云ひました。

「あれは、この街の次元炉がある方だ」

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