第9話 鳥の街

 ハルとシュラはふたたび回廊の方に意識を戻しました。気がつくと、あれほどあつたはずの青いラムプはどれも消へ、ひとつだけになつてゐました。

「それでは、最後の裁判をお願ひします」

 山猫はさう云つて、ラムプのそばの扉をぎいと開きました。

 中にはアスファルトで出来た地面の上に、コンクリートのビルが幾百もそびへ立つてゐました。

 山猫はアスファルトの道をつかつかと歩いて行きます。ハルとシュラがビルの窓を覗き込むと、中には誰もゐません。かはりに、黒いタイプライターのやうなものが三列に、百でもきかないくらゐ並んで、みんなしづかに動いたり鳴つたりしてゐます。

「あれは初期型のAIぢやないか」

 ハルが云ひました。

「ほんたうだ。イサドの研究所に保管してあるものと、そつくり一緒だ」

 シュラが云ひました。そこにあつた機械は、シュラの生まれた研究所で、何世代も前につくられたものでした。

「さうですよ。あなた方が教へて下さつたではないですか」

 と山猫は不思議さうに答へました。

 ビルの林を抜けると、そこは見晴らしの良い高台でした。下には見渡すかぎりに畑が広がつてゐます。さきほどクーボー博士の研究所で見たやうな大きな模型が何台も動いてゐて、畑を耕したり、オリザの種を蒔いてゐるのが見へます。

「ここの住民はどこに居るんだい。機械ばかりで、どんぐりも狸も見当たらないが」

 ハルが云ふと、山猫は

「あちらですよ」

 と云つて金頭のステッキを上に向けました。そこには、たくさんの鳥が空を飛びかつてゐました。かつこう、かはせみ、蜂すずめ、そして、鷹と云つたものです。天井は夜のやうに暗いのですが、ビルから漏れる明かりが多すぎて、上がどうなつてゐるのかは分かりません。

「おうい、お前たち」

 と云つて山猫はステッキで、どんどん、とアスファルトの地面をたたきました。

「おうい、聞こへないのかね」

 と山猫が叫ぶと、鳥たちのうちのいくらかが地面の方を見やりました。

「あゝ、山猫の先生だぞ」

「やあ、また来やがつたのか。あの人も好きだねえ」

 と、鳥たちが上でがあがあ、わあわあと騒いでゐるのが聞こへます。やがて一羽のたかが、大きな羽をいつぱいに広げて、山猫のところに降りて

「よう先生、そんなに暇なら、ひとつ仕事を頼もうかね」

 と云ひました。

「おれは鷹なんだがね。最近、よだかのやつがおれたちと同じ空をうろつくやうになつて、たいへん迷惑してゐるんだ。あいつは元々は労働者だつたのに、あの模型どもが仕事を代わりにやるやうになつてから、あの醜い顔を見るのが耐へられん。先生、ひとつ何とかしてくれんものかね」

 鷹がさう云ふと、周りのひばりやからすが、があがあ、と笑ひました。それから鷹はハルとシュラの金属球を見て、

「こちらは?」

 と聞きました。

「この方々は、かの銀河鉄道の構成AIにあられるぞ」

 と山猫が呆れたやうに云うと、鷹は、ふうむ、と首をかしげて、それから

「とにかく、よだかを何とかして欲しいのだ。だいたい、あんな鳥の仲間の面汚しが、鷹の名を借りてゐるのが気に食はん。あいつが名前を変へるように、裁判所の方から命令してやつてくれ」

 鷹はさふ云つて、また大きな羽をいつぱいに広げて飛んで行きました。

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