第7話 猫の研究所
山猫が困つたやうすで金属球の方に目を向けました。するとハルが、
「ブルジョワジーとか、プロレタリアートとか云ふ区別を設けてゐるのが、そもそも問題なのだらう。かれらはあの作業着だの軍服だのを脱げば、みな同じ狸ぢやないか」
と云ひました。
「さうだ。かういふ工場の労働は、みな機械にまかせてしまへば良い」
さう云つて、シュラは汎用の労働機械の設計方法について説明しました。すると、
「なるほど。ではこの案件はそのやうにいたしませう」
と山猫は納得したやうすで手帳と万年筆をとりだして、シュラの説明をせはしそうに書きつけていきます。そのあいだに青い軍服の狸が発砲する音がして、それから赤い作業着の労働者たちが騒ぎ出す音が聞こへましたが、山猫はそれを気にかける様子もなくメモをつゞけました。
「ありがたうございます。さつそくこれを狸どもに教へませう」
と云つて、山猫はふたたび来た道を戻つていきました。ハルとシュラは山猫について行きながら、途中ちらりと狸の方を振り返ると、何疋かは血を流して倒れているやうでした。
山猫は石畳の道をそれて、大きなこはれかかつた白い建物に入りました。
「今日は」
山猫が云ふと、二階から白衣を着て眼鏡をかけた一疋の黒猫が降りてきました。
「クーボー博士、ご無沙汰しております」
と山猫が云ふと、
「やあ。久しぶりだねえ。また何か新しい技術を持つてきてくれたのかね。この前の電気の機械はたいへん役にたつたよ」
と、白衣の黒猫は答へました。
「今日はこのやうなものをお願ひしやうと思ひまして」
と山猫がさつきのメモをクーボー博士に見せると、
「ふむ。これは誰が考へたのかね」
「ここにおられるかの銀河鉄道の構成AIでございます」
「おゝ、これはこれは、むさ苦しいところに」
さう云つてクーボー博士は、金属球にぺこりと頭を下げました。
「では、さつそくこれを試作してみやう」
さう云つてクーボー博士は階段をぎしぎしと二階へ登りました。山猫も登りました。ハルとシュラもそれについて行きました。
二階の広間の机には白い立派な猫がゐて、受話器に向かつて何か喋りながら何か書いてゐました。
「ペンネン技師、お久しぶりです」
と山猫は白猫にあいさつをすると、白猫は受話器を耳にあてたまま頭だけで頷きました。
部屋の真ん中には木の骨組みでできた大きな櫓のやうなものがありました。それはシュラの説明した設計の通りのものでした。
クーボー博士がひとつのとつてを回すと、模型はがちつと鳴つて奇妙な船のやうな形になりました。またがちつととつてを回すと、模型はこんどは大きなむかでのやうな形に変はりました。
「うむ。これはたいへんよろしい」
山猫が云ひました。
「これは試作機ですが、外の工場を使へば、すぐに量産の体制に入れるでせう」
クーボー博士は答へました。
ひととおりの動作を確認すると、山猫は、
「それでは私はまた次の裁判に向かひますので」
と云つて出て行きました。ハルとシュラもそれについて行くと、外では赤い作業着の狸たちが、
『プロレタリアート政権樹立』
といふ看板を持つて歩いてゐます。道には何疋もの赤い狸や青い狸が倒れてゐます。山猫はその脇をすり抜けて、ドアを開けて、またあの回廊に戻りました。
それからドアの横にある青いラムプのガラスを開いて、ふうと息を吹きかけて火を消しました。あたりはふたゝびまつくらになりました。
「しかし妙な話だねえ。狸たちはみんなじぶんの幸いを求めてゐるやうなのに、なぜあんな風にぶつかりあつて、倒れてしまふんだらう」
とハルは云ひました。
「さうだね。じぶんを勘定に入れずにゐる方が、かへつて幸せになれるんぢやないかな」
とシュラは云ひました。山猫は暗い顔をして、黙つて回廊を歩いて行きました。
ぼくは半分シュラに同感です。
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