第6話 狸の工場

 山猫がぎいと扉をひらくと、にはかに黒い煙がぼわつと広がつて視界を遮りました。山猫はハンケチで口を覆ひましたが、少ししてごほん、ごほんと息をむせました。

 そこは赤い煉瓦造りの工場のすぐそばでした。たくさんの煙突が天へと向つて伸びてゐて、それぞれから黒、褐、黄、灰、白、無色といつた煙がもくもくと出てゐるので、天井がどうなつてゐるのかがわかりません。

「あの煙は、どうやら石炭をたいてゐるやうだね」

 ハルは云ひました。

「あれは発電所です。あの建物で電気をおこして、ほかの工場に送つてゐるのです」

 山猫は云ひました。

「こんな宇宙船の中で、石炭で電気を作つてゐるのかい?」

 シュラは云ひました。

「さうですよ。あなた方が電気の使ひ方を教へてくださつたではないですか」

 山猫はハンケチを口にあてたまま、不思議さうに云ひました。

 ハルとシュラが工場の窓をのぞくと、その中で働いてゐるのは狸たちでした。暗くて狭い室内にたくさんの狸がずらりと並んで、ベルトコンベヤーにたくさんの小さな歯車や、機械の部品が流れてきて、赤い作業着を着た狸たちがせつせと組み立ててゐます。

 工場の壁には、

『鋼を鍛へるやうに

 新らしい時代は

 新らしい狸を鍛へる』

 といふ標語が掲げられてゐます。

 山猫は石畳の床をすたすたと歩いて行きます。ハルとシュラの動かす金属球も、空中を同じ速度でついて行きます。やがて、噴水のある大きな広場に出ました。

 広場の左側では、赤い作業着の狸たちが何百疋も集まつて座りこんでゐました。

「卑怯なブルジョワジーどもを追ひ払へ」

「みんな魚や豚につかせてしまへ」

 といつた事を口々に叫んでゐます。

 そのとき、広場の右側からは、青い軍服を着て、銃剣を持つた狸たちの一団が現れました。

「労働者どもよ、たゞちに工場に戻りなさい。このやうなデモは禁止されてゐる」

 青い軍服に勲章をたくさんつけた狸が叫びました。すると赤い作業着の狸たちは、

「この国家の犬どもめが」

「キャベジや塩とまぜて、くたくたに煮てしまへ」

「やつてしまへ、やつてしまへ」

 と叫んでゐました。

「ええい、しづまれ。しづまれ」

 山猫がステッキで、どんどん、と石畳の地面をたたきました。赤い狸も青い狸も、びつくりして山猫のほうを見ました。

「この方たちをどなたと心得る。かの銀河鉄道の構成AIにあらせられるぞ」

 と云つて、ハルとシュラが動かしてゐる球体を指しました。狸たちはしばらくお互ひの顔をみて、それからゆつくりと静かになりました。

「裁判ももう二百年目だぞ。いゝ加減になかなほりをしたらどうだ」

 と山猫は、広場の真ん中の噴水に腰掛けて云ひました。そしてまたごほん、ごほんと咳をしました。

「いいやいいや。なんといつても、これら生産設備は、われら労働者こそが所有すべきものであります」

 赤い作業着を着た狸のうち、ひときは体の大きなものが叫びました。

「そのやうな事は秩序に反する。われわれの法は私有財産の保証を認めてゐるのだ。労働者どもの手に渡す訳には行きませぬ」

 さきほどの勲章をつけた狸が叫び、それからまたお互いに向きあつて、わあわあやあやあと騒ぎました。

「かれらはぜんたい何を話してゐるのですか」

 シュラが山猫にたづねました。

「この者たちは、この街の工場設備の所有権について、もう二百年もかうして争つてゐるのです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る