第5話 天の川の電波
その時です。
「通常電波アンテナが何かを受信してゐるやうだ」
にはかにハルが云ひました。シュラもすぐに金属球から感覚を離し、銀河鉄道のアンテナに意識を向けました。
「この宇宙船が、また何かの信号を出してゐるのかな」
「いや、どうも方向が違ふ。天の川銀河の方からきてゐる」
と云ひました。それから銀河鉄道内のセンサーを使って周辺を見回しましたが、山猫のまつくろの宇宙船のほかに、それらしい影は見当たりません。
「をかしいな。通常電波なら、すぐ近くから発せられてゐるはずぢやないか」
とシュラは云ひました。銀河鉄道の長距離通信はタキオン粒子で行ふので、通常電波は近くの船同士でしか使はないものなのです。
「ヘッダーを解読したよ。タイムスタムプによると、送信されたのは100万年ほど前のやうだ」
「距離を考へると、どうやら天の川銀河の中から発信されたものだね」
「指向性の電波ぢやないな。銀河全体にブロードキャストされたものだ。なにか重大発表があつたのかな」
といつてふたりは信号の解析をはじめましたが、発信地がひどく遠いので、電波は減衰しており、メッセージの本文を読むことはできません。ただ、
『subject: 親愛ナル天ノ川銀河ノ全同胞ニ告グ』
といふタイトルが読めるだけです。
ふたりはそれを見て、
「どうもをかしいぜ」
とハルが云ひました。
「ぼくもをかしいとおもふ。普通は『天ノ川銀河ノ全同胞』なんて云ふ言葉は使はない。連邦の政見放送なら『宇宙ノ全同胞』と云ふはずだな」
「地球で何かあつたのかもしれない。やつぱり地球に戻るべきだらう」
とハルは云ひました。
「だめだよ。さういふことを決める権限はぼくたちには無いんだ。予定どおりアンドロメダ銀河に向かはないと」
とシュラは云ひました。
「乗組員もタキオン送信機もないのだから仕方ないだらう。緊急事態だから、ぼくたちが自主的に判断をするべきだよ」
とハルは云ひました。銀河鉄道に搭載されたタキオン送信用の粒子加速器は、もうひとりのAIといつしよに動きをとめてしまつたのです。
「ぼくは反対だ。AI権限の逸脱は重大な規定違反だ」
さう云つてふたりは数ミリ秒ほど沈黙しました。三つのAIの合議を使つてゐるため、ふたりの意見が食ひ違うと、銀河鉄道のワープエンジンを稼働できないのです。
「まつたく、ブドリが動いてくれたらなあ」
とふたりは同時に思ひました。かういふ会話はいまゝでも何億回と行はれてゐましたが、ふたりのAIとしての構造が根本的に異なつてゐるため、いくら話しても合意に至ることはないのです。
それからふたりは、また宇宙船のまつくらな回廊に感覚を戻しました。これらの作業は、すべて山猫が一回まばたきをする間に行はれたので、山猫はふたりの会話にまつたく気づいてゐないやうでした。
山猫はふたつの金属球の方を向くと、
「それでは、次の裁判をお願ひします」
といつて、べつの青いラムプの灯つたドアをぎいと開きました。
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