第4話 どんぐりの裁判 2
山猫が困つたやうすで金属球のほうに目を向けました。するとハルが、
「かれらはいつたい何を云つてゐるんだい。水に水銀が含まれてゐるわけがないだらう。水といふのは、水素と酸素でできてゐるのだ。これらの元素と云ふのは、原子核と電子と云ふものでできてゐる。その原子核と云ふものは、中性子と陽子が」
といつて、宇宙を構成する物質の成り立ちについて説明をはじめました。山猫は、いちいちふむふむと頷いて聞きました。
それからステッキで、どんどん、と地面をたたいて、いかにも気取つたやうに云ひました。
「しづかにしろ。いいか、ここにおられるかの銀河鉄道の構成AIがかう仰せだ。まづ、水といふものは、原子核と電子と云ふものから出来ておる。水銀や硫黄や塩といつたものも、原子核や電子からできておる。つまりこれらはみな水を構成してゐると云ふことだ。皆の者、さういふわけだから、いつまでも争つておらず、いゝ加減になかなほりをするがよい」
するとまた、青いずぼんを履いたどんぐりが「いえいえ、われわれの祖先が」と云ひ、赤いずぼんを履いたどんぐりが「いえいえ、われわれの神が」と云ひ、がやがやがやがや、もうなにがなんだかわからなくなりました。
「このとほりです。どうしたらいゝでせう」
と山猫がまた困つた顔でこちらを見るので、シュラは
「それなら水に電気を流してみると良いですよ。電流によつて水は水素と酸素に分解されます」
といつて、それから簡単な電気分解の構成を説明しました。すると、
「なるほど。ではこの案件はそのやうにいたしませう」
と山猫は納得したやうすで手帳と万年筆をとりだして、シュラの説明をせはしそうに書きつけていきます。そのあいだにどんぐり達は、赤い方と青い方がぶつかりあいの喧嘩をはじめてしまいましたが、山猫はそれを気にかける様子もなくメモをつゞけました。
「ありがたうございます。では、次の裁判に行きませう」
と云つて、山猫はふたたび来た道を戻つていきました。ハルとシュラは山猫について行きながら、途中ちらりとどんぐり達の方を振り返ると、まだぶつかりあいの喧嘩をつづけてゐるやうでした。
回廊に戻ると、山猫はドアを閉め、それからドアの横にある青いラムプのガラスを開いて、ふうと息を吹きかけて火を消しました。あたりはふたゝびまつくらになりました。
「しかし何だか滑稽だねえ。水が何で出来てゐるかなんてことは、科学に属する問題だ。裁判で争うやうな事ではないだらう」
とハルは云ひ、
「さうだ。つまらないからやめろ、と云つてやればいい」
とシュラは云ひましたが、山猫は暗い顔をして、
「彼らはそうすることで、ほんたうの幸ひに近づけると信じてゐるのですよ」
と答へました。
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