追伸話 果し合いの続き


 満身創痍な体を奮い起こして、フックとピーター・パンは立っていた。

「早いとこ続きを始めようか。もうそろそろ、限界も近そうだからな」

 細身の剣で肩を叩きながら、フックは言った。

「やれやれ、あれくらいでバテるなんて体力ないね。そんなんで、僕に勝てるつもりなの?」

 卑屈を籠めてピーター・パンが言うと、

「がははははは。余裕だっつうの! これくらいが、いいハンデだろうが」

 そう言って、豪快に笑いながら、細身の剣を前に突き出して構えをとった。

「おい! 本当にやるつもりなのか? その体で」

 心配そうにタオが言うと、

「当たり前だ! この日を待っていたんだからな。お前らは、見届け人だ。黙ってろ。決着がついたら、世界を浄化するなりなんなり好きにやってくれ」

 フックは言い返す。

「ほんと、バカね。下手をすれば、浄化した世界にいなくなるかもしれないっていうのに」

 呆れ顔でレイナが言うと、

「お嬢、すまねぇ。俺には、分かるんだ。あいつらが、どうしてもやりたいっていう気持ちが。あいつらの気がすむようにやらせてあげようぜ。危なくなったら、すぐに浄化してくれ。なっ」

 タオが、許しを乞う。

 レイナは、頬を膨らまして不服そうだが、それ以上は喋らなかった。エクスとシェインも、黙って見据えていた。

「いくぜ、クソガキ!」

 言い放つと、フックは一瞬で間合いを詰めた。

 金属と金属が火花を散らして衝突すると、甲高い音が鳴り響く。フックの攻撃を弓で受け止め、ピーター・パンは後方へ退く。すかさず、フックは追いかける。  が、手にしている矢を振り回して間合いに踏み込ませない。そして、少しの距離が取れたら、弓矢を放つ。正確にフックの眉間を狙って放ったのだが、フックに紙一重のとこで回避された。

 両者の戦いを見いると、言葉をかけられなくない。なぜなら、妙な気持になるからだ。例えるなら、無邪気にじゃれて遊んでいる子供を見ている気持ちと、いえるだろう。生死を賭けた果し合いをしているはずなのに、そう思えてしまった。

 本当に、満身創痍なのか?… と、疑ってしまうほどの決闘だった。立っているのがやっとのはずなのに、両者とも信じられないほどの力が沸き上がっていた。

「死にぞこないのくせに、粘ってんじゃねぇ」

 フックが叫ぶと、

「気が合うね。僕も、そう思っていたよ」

 うすら笑いを浮かべて、ピーター・パンは言い返す。

 お互い、一歩も譲らない。真っ向から衝突し合って、剣と弓で鍔迫り合いになった。押し込まれないよう、両者の力を籠める。

 刹那、部屋の奥から拍手をしながら歩いてくる男性がいた。気味の悪い笑みを浮かべて、色白の男性。ここにいる者は、その男性が誰なのか知っていた。

「ロキ!」

 全員で、口を合わせたかのように揃えて叫ぶ。

「ひさしぶりですね、みなさん。フック船長、あの時は、説明不足で申し訳ありませんでした。どうです? 今からでも、まだ間に合いますよ」

 冷静な物言いで、ロキは言った。

「ふざけんな! テメェ!」

 言って、タオは跳びかかったが、まるで雲を掴んだように空を切った。

 時空を削ったかのように、一瞬でフックに近づく。危険を察して近づこうとするエクス達の前に、見えない障壁を作り出して近づけさせない。

 フックとピーター・パンはロキの冷笑を間近で見ると、あの時を思い出して冷や汗を流す。体も、妙に重い。

「たちの悪い勧誘だな。お前、友達いないだろ? 前にも言った通り、無償のものはいらねぇんだよ! 悪いが、帰ってくれ。今、立て込んでるからよ」

 皮肉を交えてフックは、言った。

「そうですか。また、断られましたか。ところで、ピーター・パン。あなたは、なぜ母親を裏切ったんですか? ウェンディが泣いていましたよ」

 ロキが訊くと、

「う、うるさい! 裏切ったんじゃない。ママは、あんな化物じゃない! ママを… ウェンディを化物にしたのはお前だろ? 許さないぞ!」

 そう言い返して、ピーター・パンは、弓矢をロキに向けた。

「やれやれ… あなたもですか。しかたありませんね」

 言うと、ロキは空白の書を取り出した。

「何を!?」

 ロキの手にしている空白の書を見て、驚きピーター・パンは声を洩らす。

 もう片方の手には、虹色に輝く石を手にしている。

「まさか、あれって… 詩晶石!?」

 見えない障壁を叩きながら、エクスは叫んだ。

 にたり… と、ロキは笑う。ロキはピーター・パンの胸のあたりに、詩晶石を近づけた。すると、光輝きながら詩晶石は、ピーター・パンの胸の中へ吸い込まれていく。完全に吸い込まれると、

「これで、契約完了ですね。でわ、お願いしましょう」

 そう言って、ぱらぱらと捲った空白の書に導きの栞を挟んだ。

 すると、ピーター・パンの姿が消えていく。そして、ロキがピーター・パンの容姿に変貌した。ロキはピーター・パンと接続コネクトしたのだ。


 ――― なるほど、これは良い体だ。

 意識の中で、ロキはつぶやく。


「おい… これって… まさか、あいつらと一緒で接続コネクトしたって事なのか? 嘘だろ…」

 フックは、驚愕して開けた口が塞がらない。

「さあ、続きを始めようか。フック」

 ピーター・パンは、歪に口元を釣り上げて微笑んだ。

「テメェ… さっさとクソガキを元に戻しやがれ」

 睨みつけ凄みながら、フックは言った。

 フックは、さきほどよりも速くピーター・パンの懐へ飛び込んだ。確実に相手の急所を狙って、細身の剣を突き出す。が、今まで目の前にいたはずのピーター・パンの姿が視界から消えた。現れた時は、フックは背後を取られていた。

 背後を取ったピーター・パンは、手にした矢でフックの肩を突き刺した。そして、フックが視界に捉えるよりも速く、跳び上がった。フックの頭上から、弓矢の雨を降らす。瞬時に、フックは両手で身を庇った。無数の矢が、フックの体に突き刺さった。

「フック!」

 エクス達は、フックの様子を見て叫んだ。

「安心しろ。まだ、死んでねぇよ…」

 そう言っているが、辛うじて生きている感じだ。

「おやおや、凄い生命力だね。さすが、フック。あと何本刺さしたら、倒れるのかな… 楽しみだぜ」

 無邪気な笑顔で、ピーター・パンは言った。

「ふざけるな。こんなの、痛くも痒くもねぇんだよ。それより、クソガキの姿で喋ってるんじゃねぇ。とっとと、クソガキを元に戻しやがれ」

 力無く視線を落としてフックは、言った。

「ククク… お前を倒したら、接続解除コネクトアウトしてやるよ。そこにいる連中とは違って、ピーター・パンの意識と共有しているわけではないから、悪いが少し眠ってもらっているがな。でも、なさほど問題ないだろ」

「ふざけんな。大アリだ、バカ野郎。待ちに待った果し合いの続きが、こんな結末で終わらせてたまるか。俺様は、負けねぇ… クソガキじゃないクソガキになんか負けるわけにはいかないんだよ」

「あっそ、じゃあ、がんばりな」

 興味なさそうにピーター・パンは言うと、弓矢を放った。瞬時に、ピーター・パンはフックの背後に瞬間移動。そして鋭利な弓の先端で、フックを斬りつける。

 フックは、放たれた矢が肩に刺さったが問題にはしていない。それより、振り返りざまに斬りつけてきた弓を捉えていた。頭上から振り下ろされる鋭利な弓の先端を、寸前のとこで頭だけ反らす。首から数ミリのところに、食い込んだ。それくらいが、今出来るフックの抵抗だった。鋭利な弓の先端が、食い込んだところから血が噴き出す。

「終わりだな」

 卑屈な笑みを浮かべて、ピーター・パンはつぶやく。

 勝機を確信して、そのまま振り下ろそうとしたピーター・パンだったが、違和感を感じた。食い込んだ鋭利な弓の先端が、微動だにしない事に。上に上げようと試みたが、やはり動かない。

「はは… はははは… 捕まえたぜ」

 右手に持っていた細身の剣を捨てて、ピーター・パンの手を掴んだ。

「離せ!」

 焦ってピーター・パンは叫びながら、殴ったり蹴ったりを繰り返す。が、フックは離す気配は感じない。

「すぐに… 終わらせて… やるよ…」

 そう言って、もう左手を振り上げた。

 鉤の付いた左手。それは、鉤の形をした剣の刃のようだった。とても手入れが行き届いており、綺麗な波紋が並ぶ。

「とって… おきは、最後まで… 見せないものだぜ」

 にたり… と、笑ってフックは言った。

 ピーター・パンが「やめろ!」と、叫んだが動じない。そのまま、振り上げた左手を、ピーター・パン目掛けて振り下ろす。完全に下まで振り下ろすと、今度は横払い。そして、その勢いのまま倒れ込んだ。

「かはっ… はははは… 言ったろ。負けねぇってよ…」

 もう体を動かす力は残っておらず、倒れたままフックは言った。

「お、おのれぇ…」

 よろめきながら言うピーター・パンは、怒りを言葉に込めた。

 ピーター・パンとロキの接続コネクトは、強制解除された。膝をついて、苦痛に顔を歪ませるロキ。と、横たわっているピーター・パン。ロキの力が弱まったおかげで、見えない障壁の効力が消えた。

 エクス達がフックとピーター・パンに駆け寄っていくと、

「がはっ… まさか、こんな結末になるとは… 。フックの力を甘く見ていたようですね」

 ゆらり… と、立ち上がってロキは言った。

「ロキ! テメェ―――…」

 言って、タオはロキに襲い掛かろうとしたが、

「ククク… 私に構っている暇なんてあるのですか? 早く… 浄化しないと、2人の命が尽きますよ」

 重い足を奮い立たせて、ロキは言った。

 黒い霧が現れ、ロキを飲み込んでいく。消える際に微笑んで、

「また、会いましょう」

 とだけ言い残して、姿を消した。

「姉御! 早く調律しないと、2人が危険です」

 シェインが言うと、レイナは頷く。

 レイナは空白の書とは違う、黒い靄が漂っている1冊の本を取り出した。ぱらぱらと頁を捲り、レイナは、

「混沌の渦に呑まれし語り部よ、我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし―――…」

 調律を始めた。

 レイナの体から、白い光が溢れた。

 それは混沌を秩序に戻す、調律の光。


 開いた本から、美しい輝きを放つ蝶が何羽も舞う。

 そして本を閉じる時には、黒い靄は消え去っていた―――… 。


                    ◆


 白い雲。蒼々とした広大な空と、青い海。

 風に揺られて漂う、一隻の帆船があった。帆に髑髏模様を描いた、海賊船だ。

 その海賊船のデッキで、

「待ってろよ、クソガキ! 今日こそ決着をつけてやるからな!」

 と、吼える男がいた。

 

 奴は、海賊。


 無償のものには興味なく、力尽くで奪い取るものに興味を抱く… 海賊だ。


 

 

 


 

 

 


 

 

 


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ℏook ~ 鉤の左手を持つ海賊 ~ @kesibaragi

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