最終話 虚偽と偽善

「何で、こうなったんだろうな… マジで最悪な展開だぜ…」

 重い溜息を吐き、タオは言う。

「まったくですね… もう、何も信じられなくなりそうです」

 シェインも生気のない顔つきで、言う。

「これから、どうなるんだろ… 私達… 」

 思いつめた表情でレイナが言うと、

「どうなるんだろうね… 」

 力無くエクスは、つぶやく。

 エクス達は、胴体と手を縄で縛られていた。かなりきつめに縛り付けられているので、身動きできない。しかも、牢屋に閉じ込められていた。風を受けて、海を進む船の中。エクス達は、この船に乗った事があった。


 そう、この船は… 海賊船だ。


                 ◆


 遡る事、数時間前 ――――…


 小舟で漂流していたエクス達は、海賊船と遭遇した。

 助かったと、エクス達は安堵した。なぜなら、その海賊船はヘンリーが率いる海賊団の船だったからだ。海賊船に上げてもらうと、

「よく無事だったな。また会えて嬉しいぜ! 再会を祝して一杯やろうじゃないか!」

 と、ヘンリーは歓迎してくれた。

 エクス達は以前のように、盛大な宴会を受けた。宴会の席で、チックタックの腹の中で起きた冒険譚を話す。フックがチックタックの腹の中で生きていた事や、チックタック・コアを倒して外の世界に戻れた事など。その後、フックに小舟に乗せられて置き去りにされた事も。もちろん、自分達の空白の書を奪っていった事も話した。なので、フックの後を追いたいと相談すると、

「大丈夫だ。フックが行く場所は、1つしかない。自分のアジトさ」

 と、ヘンリーは返答した。

 なんでも、妖精の粉を振ってあるジョリー・ロジャー号は主を乗せていれば住処に戻るという効果もあるらしい。その場所は、ネバーランドの崖の下にできている空洞だそうだ。船も入れるほどの、大きな空洞らしい。

 ヘンリーは、その場所へ連れて行ってやる… と、約束してくれた。

 だが、この後からエクス達の予期せぬ事態が起きた。

 なぜだか、両手を後ろに回され縄で縛られてしまうエクス達。抵抗できない事を知ったヘンリーは、急に態度を豹変させたのだ。

 どういう事か説明を問うと、

「安心しろ。ちゃんと連れていってはやる」

 としか、ヘンリーは言わなかった。

 

 そして、牢屋に幽閉されて、今に至る… と、いう事だ。


 窓もなければ、扉もない。床や壁はぬるっ… と、するカビだらけの汚い場所だった。大人4人が入るには、狭すぎる牢屋。灯りは、牢屋の前に置かれたロウソクだけ。故に、今が朝なのか夜なのか、今はどこを進んでいるのかも分からない。ただ、揺れている感じからして、どこかに向かっているという事だけは感じ取れた。

 牢屋に幽閉されてから、どれくらい経っただろう。久しぶりに、階段から降りてくる海賊の姿を見た。牢屋の鍵を開けると「でろ」とだけ、言われた。エクス達は1列に並ばされて、階段を昇る。重い扉を開けると、久しぶりの日射しが双眼に飛び込んできた。

「眩しい」

 と、思わずエクスは言葉を洩らす。

「あれは··· 戻ってきたな。ネバーランドに」

 遠くを見据えながら、タオは言う。

「もうじき、到着するぞ。再会の準備はできてるか? 感動のシーンまで、もうじきだな」

 ネバーランドを見据えて、薄ら笑いのヘンリーが言う。

「おい! ヘンリーどういうつもりだ!?」

 怒りをぶつけるようにタオが叫ぶと、

「おいおい。なんでそんなに怒ってるんだ? おっかないねぇ。人がせっかく連れてきてやってっていうのによ」

 言って、ヘンリーは嘲嗤う。

「ふっざけんな! なんで、俺達を捕まえるのかって言ってんだよ!」

「あ? 分かんないのか? 海賊だぞ? 俺は。それだけで、十分理解できるだろ」

「てめぇ… 」

「おい! 野郎ども、大事な客人をもてなす大事な餌だ。そこの柱にでも、縛っておけ」

 ヘンリーは、部下に命令した。


 エクス達は、身動きが取れないように柱に縛りつけられた。


                 ◆


「やっぱ、我が家はいいもんだな」

 フックは、腹から出られてアジトに戻ってきた事を実感して微笑む。

 だが、朽ち果てたテーブルやイス。昔から綺麗だったとは言えないが、それ以上に塵埃が溜まっている。部下達も、どこにもいない。ただの廃墟と化していた。

 とりあえず、酒樽の中身を調べた。いくつかは、空だったが1つだけ中身が入っている酒樽があった。蓋を割り、酒をコップに注いだ。それを一気に飲み干して「ふぅ」と、息を吐く。もう一杯注いで、

「さてっと… これから、どうするかな。とりあえずは、部下探しかな。いや、まずは酒探しだな」

 独り言を洩らす。

「あれ? なんだあの船は?」

 洞窟の入り口から、進入してくる船が見えた。折り畳みの望遠鏡を手にしてフックは、船を探る。帆には、フックの知らない海賊マークが描かれていた。海賊団の姿は、フックの位置からは見えなかった。

「客人か? 呼んでないけどな、俺様は」

 酒を食らいながら、フックはつぶやく。自分のアジトに侵入してきたのが、少々、感に触った。どうにかして、沈めてやろうか… と。

 その時、進入してきた海賊船の砲台が鳴り響いた。轟音上げて飛んできた砲台の弾は、洞窟の壁を粉砕した。驚くフックの頭上に、砕け散った岩の破片が降り落ちる。うざそうに服に付いた埃を掃いながら、

「何してくれてんだ。あの海賊船は」

 そう言って、フックは海賊船を睨みつけた。

「がははははは。フゥックゥウ! またお前に会えて嬉しいぜ。今日は、人生で記念すべき最高の日だ。さあ、あの時の続きをしようぜ」

 海賊船から体を乗り出してヘンリーは、言った。歓喜に満ちた、良い笑顔だ。その様子からして、フックを知っているように感じ取れる。

「はははは… まったくだ。不法侵入されて、大砲まで撃たれたしな。ここまで、俺様をコケにしてくれる奴が、まさか俺様の知っている奴だなんてな… ん? 俺様の知り合い… 知り合いか… 知り合い… 誰だったかな?」

 首を傾げながら、フックは言う。何度も、ヘンリーの顔を凝視するが、いくら見ても記憶がない。どんなに眉を寄せても、思い出せない。

「おいおい。まさか、俺を忘れちまったのか?」

 目を潤ませて悲哀な顔つきで、ヘンリーは言った。

「いや! いあいあ、待て! 知ってるさ。お、お前だよな。懐かしいぜ、また会えるなんて思わなかったから… ちょっと、忘れてしまっただけだ。あまりに、世間から離れている時間が長かったからな。ちょっと、ヒントさえくれれば思い出せるんだが…」

 ヘンリーがあまりに悲哀な表情で見据えるので、慌ててフックは言う。

「ヒント? ヒントが必要なのか? じゃあ、俺の船に上がってこいよ。そしたら、分かると思うぜ」

 ヘンリーが言うと、

「お前の船に? ん~~~ よし! 今から行くから、待ってろよ」

 フックは、躊躇したが頷いた。

 知り合いのようだが、誰だか分からない。そんな奴の船に赴くなんて、かなり危険だ。が、また船から砲撃されたら、今度こそ命を落とすかもしれない… と、フックは思考した。結果、船に赴く事に至ったのだ。

 ジョリー・ロジャー号に乗り込み、デッキからヘンリーの海賊船まで届く板橋を渡す。板橋を、ゆっくりと歩いてヘンリーの海賊船に乗り込んだ。

「ようこそ、俺の船へ。歓迎するぜ、フック」

 笑顔でヘンリーは、フックを受け入れた。

 フックの周囲を、大勢の海賊団員が囲んだ。フックに接触してくる海賊団員はいない。全員、フックと距離を取っている。

「おやおや。船長はまだ分からないが、団員は知ってるような顔がちらほら見られるな。まさか、俺様の団員を引き抜いたのか? せこいねぇ」

 へらへらと笑いながら、フックは言う。

「フック! てめぇ、俺達の空白の書を返しやがれ!」

 タオがフックの名前を叫ぶと、

「あら? お前ら、なんでここに? また会えたな」

 タオ達に気づき、手を振って挨拶しながら言う。なぜか、何事もなかったかのように笑顔で言うフックの姿が、タオ達を刺激した。

 フックは思う。あいつらを見て思い出したが、もしかして、あいつらが言ってヘンリーって海賊か?… と。だが、だとしたら俺様は、ヘンリーなんて奴は知らないけどな… とも。

「お前… ヘンリーか?」

 フックが言うと、

「おお! 思い出してくれたのか!」

 満開の笑顔でヘンリーは、頷いた。

「ああ。もちろんだ。しっかりと、思い出したぜ。俺様は、ヘンリーって海賊は知らない事をな」

 鋭い眼光をヘンリーに向けて、フックは言う。

「本当に忘れちまったようだな。まあ、あった時は俺も子供だったからな。あれから… 20数年近く会ってないもんな」

「へぇ、20数年近くも、俺様はチックタックの腹にいたって事か。よく、死ななかったもんだ。我ながら感心するぜ。ん? 俺様とあった時は、子供だったって? バカいってんじゃないぜ。俺様が知るガキと言えば、生意気なク―――… 」

 フックは、話してる途中で息を飲んだ。

 少し考えた。あるはずはない、だが、もしそうならば… と。

「お前… まさか… 。いや、まさかな。だけど、間違っていないなら… お前は… あの生意気なクソガキか?」

 フックがヘンリーに訊くと、

「やっと気づいてくれたのか。嬉しいぜ。フック船長」

 ヘンリーは、笑顔で返答した。

「おいおい。嘘だろ? 確かに、面影はある。が、俺様の知る生意気なクソガキは成長しねぇはずだ」

「ああ。あの時の俺は、成長しない生意気なクソガキだったぜ。恥ずかしい過去を曝すなよ。恥ずかしいだろ」

「なるほどねぇ。これが、あいつらがいってた歪んだ世界ってやつか。まさか、お前が成長するなんてな。がはははは… なぁ、クソガキ!」

 フックは全ての謎が解けて、気持ちが晴れた。豪快に笑う。

「おい! ピーターって… どういう事だ、それは?」

 タオは、思わず言葉を洩らす。

「つまり、ヘンリーはピーター… パンなの?」

 レイナも動揺して、言葉を洩らす。

「どうやら、そのようですね」

 シェインが言うと、

「でも、なぜ僕達を騙す必要があったんだろ?」

 エクスは、疑問を抱いた。

 くくく… と、失笑しながらヘイリーいやピーター・パンは言う。

「分からないのか? 何度も、お前らを狙ったんだがな。なかなか、しぶとかったんで、一芝居うったのさ。チックタックに食われた時は、終わったと思ったんだがな。まさか、戻ってくるなんてな。しかも、フックと一緒に。驚いたぜ。でも、フック! 生きていてくれて嬉しかったぜ! あの時の続きができるってな。さあ、あの時と同じシチュエーションだ! 盛り上がろうぜ!」

「あの時と同じシチュエーション?… 意味が分からないが…」

 フックが首を傾げると、

「少々、違うかもしれないが。あの時、お前が人質をとって一騎打ちを挑んできたじゃねぇか。今度は、逆の立場になったかもしれないが… こっちには人質がいるんだ。おとなしく、俺と勝負しな」

 そう言って、ピーター・パンは背負っている弓を手にした。

「なるほど。確かに… あの時、お前の仲間を人質にとって誘き寄せた。待て、じゃあ… あいつらは俺様の仲間って事か?」

 言って、頭を悩ませているフックを見て、エクス達は妙に腹が立った。

「タオ兄、ここを無事にでられたらアイツをぶっとばしてもいいですか?」

 シェインが訊くと、

「シェイン。その時は、一緒よ」

 レイナも賛同した。

 

 エクスとタオは、そんな2人に言葉も出せず恐感が奔った。


                   ◆


 フックは、ピーター・パンとの一気に間合いを詰めた。ピーター・パンに、弓矢を放たせる時間を与えない。瞬時に、懐に飛び込んで、鞘から細身の剣を抜いた。

 が、ピーター・パンはフックより速い速度で後方へと身を流す。フックの剣撃を寸前で回避して、弓を構えた。弓矢を、フックに向けて放つ。フックも、放たれた弓矢を寸前で回避した。

 お互い死闘を繰り広げるというのに、なぜか笑みを浮かべている。まるで、仲の良い友達とじゃれ合う子供のように、生き生きとした目をしていた。

 ピーター・パンは寸前のところで回避していたが、服は切れていた。

 切れた服を触って、

「どうした? 昔なら、服を着る事すらできなかったのにさ。腕が上がったんじゃない?」

 余裕の笑みを浮かべてピーター・パンは、言った。

 フックも寸前のところで回避していたが、頬を掠っていた。

 頬から血を伝わせ、

「お前こそ、どうした? 服を切られるなんて。ちょっと、老けすぎたんじゃないか?」

 笑みを浮かべてフックは、茶化す。

 ほぼ、互角の戦い。少しでも隙ができたら、命を落としかねない。気の抜けない死闘だ。間合いに詰め寄って細身の剣を振るフックと、回避しながら後方へ退き弓矢を放つピーター・パン。凄まじい攻防戦が繰り広げられた。

「ところで、なんでジョブチェンしたんだ? 似合わないぜ、クソガキ」

 細身の剣を振りながらフックは、言う。

「今どき、剣なんて流行ってないぜ。これからは、近づかれる前に射貫く時代なんだよ」

 弓矢を放ちながらピーター・パンは、言う。

「なるほど。じゃあ、剣じゃないから負けた。なんて、言い訳は無しだからな」

「そっちこそ。武器を変えてきたから負けた。って、言い訳すんなよ」

「はぁ? どうみても、俺様の方が優勢なのに言い訳なんてしねぇよ。つか、なぜ飛ばないんだ? 昔はビュンビュン舞ってたじゃねぇか。年取って、体重が増えたから飛べなくなったのか?」

「どうみても、俺の方が優勢だから飛ぶまでもないんだよ。それに、俺の方がスリムだろうが! 体重が増えたとか言うんじゃねぇよ」

 まるで子供のような口喧嘩まで、始まった。

 フックの剣捌きを、ピーター・パンは飛ばなくても軽々とかわす。フックの鋭い連続突きがきても、弓を盾代わりにして塞ぐ。さらには、接近して尖った弓の先を利用して、剣代わりにして攻撃をする。ピーター・パンは弓を巧みに扱う。

 一方、フックの方も剣捌きは申し分なしの腕だ。全然、剣の腕は鈍っていない。それどころか、以前より鋭くなっているようにも感じた。ピーター・パンが放つ弓矢を剣で払いながら突き進み、剣を突き出す。足運びも、かなり速い。たまに、ピーター・パンが遅れをとってしまうほどだ。

「もしかして、息をきらしてるのか? だらしがねぇな。ちょっと、休憩してもいいぞ? 休憩中でも攻撃してやるがな」

 剣を振りながらフックは、言った。

「あいかわらず、姑息な奴だな。まだ、80%の力も出してないのにバテるわけないだろ。そっちこそ、バテたんじゃないのか? 足が縺れそうだぞ」

 弓矢を放ちながらピーター・パンは、言った。

 フックは、ピーター・パンの放った弓矢の数を数えていた。もうじき、矢が無くなる頃だと気づいていた。そんな時だった、

「おろ?」

 と、ピーター・パンは背負っている筒の中に入っていた矢が無くなり、手で掴めなくなった。その様子を見てフックは、にたり… と、笑う。すぐに、詰め寄っていく。が、ピーター・パンの足元に、無数の弓矢が投げ込まれた。

「マジかよ!」

 言って、フックは詰め寄るのを止めて、近くのマストに身を潜めた。

 が、ピーター・パンが投げ込まれた弓矢を拾うと、すぐに弓矢を放つ。それが、フックの腕をかすめて飛んで行った。間一髪のところで、回避する事はできた。

「おい! 一騎討ちで手助けなんてアリかよ? 男らしくないぞ」

 マストに身を隠しているフックが言うと、

「はっ? たまたま矢が投げ込まれただけだろ? それを拾って撃っただけだ。それに、俺の部下は手出しはしてないぞ? 文句でもあるのか?」

 そう言い返してきたピーター・パンの屁理屈に、フックは苛立つ。フックは「俺の部下だと?」と、思わず声を洩らす。

 これで、弓矢が無くなり闘いを優勢に運ぼうとした、フックの目論見は消えた。

 ピーター・パンの様子を覗うついでに、

「最後になるかもしれないから、1つだけ質問していいか?」

 隙をつくるためにフックは、訊いた。

「いいぜ。何だ?」

 フックが身を隠しているマストに向けて弓矢を構えたまま、ピーター・パンは言った。

「ありがとよ。じゃあ、訊くが、お前は何歳になった? 見た目からして、30近くにはなってるよな?」

「何だ? 俺の年を聞きたいだけか?」

「まあ、焦るなって。お前が30近くなら、本来なら俺様は60近くになってるって事だよな? だが、俺様はお前と年が変わらない。と、思うんだが?」

「何がいいたい?」

「お前、あの時、ワザと俺様をチックタックに食わせたのか? こうなる事を予測して」

「この俺が、ワザと食わせたって? だったら、どうだってんだ?」

「なるほど、じゃあ俺様はお前に時を止めてもらったって事か? カオステラーとなって、与えてくれたのか」

「俺がカオステラー? 違うな、俺はカオステラーじゃない。俺は、願っただけさ。お前の時を止めといてくれ… てな」

 ピーター・パンの言った事に驚いたのは、エクス達だった。

 捕まえられた理由は1つしかない… と、思っていた。その理由は、カオステラーだからだろうと思っていたのだ。

 だったら、一体、誰なんだ… と、頭を悩ます。

「まあ、よく分からないが俺様に与えてくれたって事でいいんだな?」

 フックは、冷静な物腰で言った。

「そういう事になるのかな? 良かったじゃないか。時が止まってたおかげで、こうして、また戦えるんだからな。感謝しな」

「いらねぇんだよ… 」

「はっ?」

「いらねぇつってんだよ! 貰えるものなんかに、何も価値はねぇ! 奪い取るから価値があるんだろ! 俺様は海賊だぞ! 欲しいものは、力尽くで奪う。それが、海賊だろうが!」

 鼻息荒くしてフックは、叫んだ。

「ははははははは。さすがだな。まさか、いらないと言われるとは思ってもみなかったぜ。やっぱりお前は、変わってないな。あの時と同じだ」

 腹を抱えてピーター・パンは、高笑う。

「あの時?」

 エクスが首を傾げると、

「知りたいか? 教えてやるよ。大海賊フック、最後の日の事を。あの時、俺と生死をかけた一騎討ちを繰り広げていた。っつても、俺の方が圧勝してたけどな。何度も何度も斬りつけながら、俺はフックを追い詰めていた。あと一歩、踏み込んだら海に落とせるってところまでな。そんな時だった。海の上を歩いて寄ってくる黒い男が現れた――――… 」

 ピーター・パンが話している途中で、

「おい! それって、まさかロキなんじゃないのか?」

 驚きの声を上げて、タオは訊いた。

「やっぱり、知り合いか。そう、確かにロキと名乗った。奴は、フックに向かって『運命を変える力がほしくないか?』と、訊ねたのさ。せっかくの申し出なのに… もうじき、死ぬかもしれないって時なのに、コイツは『無償か? ならいらねぇ。そんな力があるなら奪いとるわ!』とか言って、断りやがったのさ。なっ、バカな奴だろ」

 ピーター・パンは、懐かしい過去を話した。

「・・・ バカね」

「ええ。大バカですね」

 レイナとシェインは、冷めた眼差しでフックを見据えながら、つぶやく。

「ははははは。漢らしくて、いいじゃねぇか! 後で半殺しにしてやろうかと思ったが、1発ぶんなぐるだけにしてやるぜ」

 言って、タオは豪快に笑い飛ばす。

「それは、ありがとよ。じゃあ、感謝ついでに試させてもらうか」

 フックが言うと、

「試す? 何か状況を覆す策でも、あるというのか?」

 ピーター・パンは訊いた。

「ああ。とっておきの必殺技だ」

 笑みを浮かべてフックは、言った。

 フックは、マストから身を曝け出す。そして、胸を張って、

「よく見とけよ! これが、俺様が奪い取った新しい力を!」

 そう言って、空白の書をぱらぱらと捲った。

 そして、導きの栞を挟むと、

「さあ、くるがいい。野獣ラ・ベット!」

 天を仰いで、叫んだ。


 ・・・・・・・・・・・


 しばらく、沈黙の時間が続いた。

「あれ? どした? ラ・ベットちゃん、でてきていいよ」

 自分の姿が変わらない事に気づき、フックは問いかけた。

「ばっははははははははは。ヒィヒィ… マジ勘弁してくれよ。何が『さあ、くるがいい。野獣ラ・ベット!』だよ。ばっははははははは。マジ腹いてぇ」

 先ほどのフックを真似して、ピーター・パンは茶化した。涙目になって、盛大に笑い飛ばす。もちろん、取り囲んでいる部下達も。

「・・・ バカはバカね」

「もはや、バカで収まるレベルではないですね… 」

 またもや、レイナとシェインはつぶやく。

 顔を赤らめて、

「ちょ、ちょっと、タイムだ。ど、どうも、ラ・ベットちゃんが照れちゃってるようなんで… な。あ、あは、あはははは」

 またマストに身を隠してフックは、言った。

「バカ! 俺達が契約した主役達だぞ! それに、人の運命の書で接続コネクトできるわけないだろ! 紋章もないのに!」

 タオは、怒鳴った。

 頭の中がすっきりしたフックは、ぽん… と、手を叩く。

「なるほどな。ったく、使えねぇな。まっ、こんなのに頼らなくても良かったわけなんだが」

 フックは、強がりを言う。

 咳払いを1つして、

「さっ、始めようか」

 と、何もなかったかのようなに澄ました表情でフックは、言った。

 フックとピーター・パンは、鋭い眼光を取り戻して身構えた。


 その時、

「いつまで遊んでいるの、ピーター! 早く終わらせなさい」

 扉を開けて出てきた女性が、怒鳴った。


              ◆


 怪しい美しさが女性の魅力だった。透き通るような、白い肌。さらり… と、伸びる黒い髪は、今にも床に着きそうだった。紅玉の瞳。柔らかそうな唇は、紅く細長い。寒気すら感じる黒いオーラを纏っていた。

「遊びがすぎるわよ、ピーター」

 ピーターを叱りつける女性。

「ごめんなさい。マザー・ウェンディ… 」

 その一言に萎縮してピーター・パンは、謝った。

「ウェンディ… マザー?」

 エクスは、驚いて言葉を洩らす。驚くのも無理はない。なぜなら、ウェンディという女性は若すぎるからだ。とても、ピーター・パンの母親とは思えない。

「あのウェンディって娘… 間違いないわ。カオステラーよ」

 重苦しい口調でレイナは、言った。

「マジかよ。この状況でカオステラー御登場は… かなりマズいな」

 頬に冷たい汗を伝わせてタオは、言った。

「遊びは終わりよ。ここからは、私もやるわ」

 ウェンディが言うと、

「待って! もう少しだけ――――… 」

 ピーター・パンが説得しようとしたが、

「黙りなさい! ほんと、あなたって人は何をやってもダメな子ね! 後で、しっかりお説教するから覚悟しなさい!」

 大人になってるピーター・パンが竦みあがるほど、ウェンディは叱咤した。

「ああ~~… えっと、だな。そこのお嬢さん。ピーター・パンの母親だって? お若いから、育児は苦労しているようだな。だが、しつけなら後にして部屋に戻っててくれないか? 今、感動の再会をしている最中なんだ」

 張り詰めた緊迫感の糸が切れてしまい、フックは言った。

 ウェンディは口を手で隠して、上品に笑う。

「久しぶりね、フック船長。っても、私の事なんて忘れているでしょうね」

「悪いな。まったく思い出せないわけなんだが」

「いいのよ、気にしなくても。どうせ、あなたはもうすぐ死ぬんだし。まあ、それまで楽しい思い出を作りましょ」

「いやいや、遠慮しておくよ。俺様の趣味じゃないからな。それより、もう少しピーター・パン君と遊ばせてくれないかな?」

「ごめんなさいね。うちの子にも言ったけど、遊びすぎなのよ。私ね、じれったい人って嫌いなの。見てるだけで、イライラしちゃうタイプなのよね。だからね、早く死んでほしいのよ」

 ウェンディが、そう言うと、取り囲んでいた部下の様子が変わった。黒い霧に包まれ、姿はヴィランに豹変していく。もう、様子を覗っているような雰囲気ではない。今にも、襲い掛かってきそうな狂気に満ち溢れていた。

「さあ、これで本当の最後にしてあげるわ。そこに縛られている4人もね」

 高笑いしながら、ウェンディは言った。

 ウェンディの高笑いを打ち消すように、フックは高笑う。

「そうか、そうか。なら、仕方がない。続きは後にして、とりあえず今は、この状況を打破しようか!」

 言って、フックは懐から4冊の空白の書を取り出した。

「おい。いつまで、休んでいるつもりだ? 化物退治が、お前らの仕事なんだろ。さっさと、仕事しろよ」

 言いながら、フックは4冊の空白の書に導きの栞を挟んで、高々と投げた。フックが投げた方角には、エクス達が縛られていた。

「野郎… やっぱ1発じゃ足りないな。待ってたぜ、野獣ラ・ベット!」

 言って、タオは野獣ラ・ベットと接続コネクトした。

「私は言ってないので、ボコボコにしますよ。お願いします、ダイナ!」

 言って、シェインはダイナと接続コネクトした。

「当然ね。ボコボコにされた後に、じっくりとボコボコにしてあげるわ。アリス、出番よ!」

 言って、レイナはアリスと接続コネクトした。

 迫ってくるヴィランの群れの中で、無数のかまいたちが発生した。一瞬にして、斬りつけられて消滅していく。かまいたちの中から、紳士的な男性が現れた。

「ファントム・レクイエム・アリア。我が仮面は誰にもはがさせぬ」

 長い剣を持ったファントムとエクスは接続コネクトした。

 次々と、ヴィランを消滅させていくファントム達。今まで何もできなかった鬱憤を晴らすように、暴れまわった。

「おっのっれぇえええ! だから、早く終わらせろと言ったのにぃいいい!」

 憎悪の念が籠ったウェンディの唸り声だった。

 巨大な黒い渦にウェンディは飲み込まれると、カオステラーとしての姿を現す。

 美しかったウェンディの面影は無く。その姿は、まるで禍々しい蛇そのもの。口元は裂けており、顔つきは爬虫類。もはや、人としての言葉というよりは野獣の咆哮に近い奇声を放つ。下半身は、艶々の鮮やかな鱗で覆われており細長く、地に着いた尻尾は蜷局を巻けるほど。片手には、巨大な錫杖。とてもこの世のものとは思えないほどの、禍々しいオーラが漂っていた。

「マ… マ… 」

 あまりに異様なウェンディの姿に、ピーター・パンは腰を抜かすほど驚愕した。

「おいおい… かなりマズくないか、これは… 。おい。あそこのおっかない母親をこっちに近づけないでくれよ」

 ヴィランを斬りつけながら、フックは言った。

 勢いを増して迫りくるヴィランの攻撃を、野獣ラ・ベットは盾を押しつけて動きを止める。動きを止めたところに、ダイナとアリスが剣で斬り払う。ファントムに至っては、かなり強引な力技で剣を振り降ろす。その威力は、攻撃してこようが防御していようが、お構いなしに複数のヴィランを叩きのめすほど。

 だが、カオステラーとなったウェンディの力は、そんなファントム達より遥かに凌駕していた。いかなる攻撃をしても、さほどのダメージは受けていない様子。それどころか反撃を受けて、ダメージをもらってしまう。

「ひゃはははあはははは。どうした? そんな攻撃で、私を倒せるとでも思っているのか!」

 高笑いしながら、ウェンディは叫ぶ。

 ウェンディが手を垂直に上げると、周りの大気が揺らいだ。刹那、大爆発を起こす。フントム達だけではなくヴィランも巻き込んだ大爆発だった。吹き飛ばされたが、ファントム達はすぐに攻撃態勢をとった。


 ――― 今のは、さすがにヤバかったぜ。

 意識の中で、タオは冷や汗をかいた。


 ――― どうする… もう一度くらったら、立っていられる自信がない。まさか、これほどのものだなんて。

 意識の中で、エクスはあまりの脅威に愕然とした。


「おい。いつまで、イジけてんだ? そんなにママが怖かったのか? まあ、あんな姿みたら、怖いだろうな」

 ヴィランを斬りながら、フックはピーター・パンに話しかけた。

「・・・」

「生意気なガキだった、あの頃はどうした? 誰かに怒られても、気にした事なんか無かっただろうが」

「・・・ うるせぇ」

「年とったから、気が弱くなっちまったのか! 男だろうが! 俺と果し合いの続きをしたかったんだろうが! だったら、立ち上がって弓を取れクソガキ!」

「うるせぇっつてるだろうが!」

 怒りを露わにして、ピーター・パンは立ち上がり弓矢を構えた。

 フック目掛けて、弓矢を放つ。が、弓矢が命中したのは、フックを襲うヴィランだった。次々と放つ弓矢は、ヴィランに当てていく。

「フックの分際で、俺に説教してんじゃねぇ! こいつらを、ぶっ倒してから勝負してやるから、くたばるんじゃねぇぞ!」

 目の色を変えて、ピーター・パンは叫んだ。

「ふっ… それでこそ、我が宿敵だ。やっと、戻ってきたじゃねぇか。よし、もう一回、ママを説得しにいくぞ。自分の思いをぶつけてやれ」

 口元を緩ませて、フックは言った。

  

                   ◆


 ウェンディがファントム達を襲い掛かっている背後から、ピーター・パンは3本の弓矢を同時に放つ。ウェンディの細長い尻尾に、突き刺さった。空かさず、フックが凄まじい連続突きを突き出す。直後、ウェンディは尻尾を振り、フックを吹き飛ばした。フックは自らも後方へ跳んで、衝撃を弱めたのでダメージは少ない。

「あんたの息子が、大事な話があるってよ。母親なら、子供の話にちゃんと耳を傾けろよ。でないと、グレるぜ」

 ウェンディとの間合いを見計らいながら、フックは言った。

「何をしているか分かっているの? ピーター? なぜ、母親に弓矢を放った?」

 ウェンディが振り返りざまに、訊くと、

「俺は… いや、僕は、フックと果し合いの続きを楽しみたいんだ! だから、邪魔をしないで。マザー・ウェンディ」

 弓矢を構えて、ピーター・パンは言った。その表情は、苦痛に滲んでいる。震えながらも、強く弓矢を握りしめていた。

「そう… ピーター、母親である私に牙をむくのね。悪い子… どうやら、キツいお仕置きをしないとね!」

 そう言って、ウェンディは手にしている巨大な錫杖を振るった。

 突然、ピーター・パンの立っている床が、とてつもない衝撃を受けたように噴火した。体が、ふわりと宙に浮いた気分になった。大量の血を吐き出す、ピーター・パン。が、倒れ込もうとはせず、しっかりと両足で踏ん張って持ちこたえた。

 すかさず、フックはウェンディに跳びかかった。が、ウェンディが手を広げて向けられただけで、フックは身動きが取れなくなった。頻りに体を動かそうとするが、まったく動けない。その様子を見て、ファントム達が助けに入ろうとした。のだが、とんでもない衝撃波を体に受けて、フックもろとも後方へと吹き飛ばされた。衝撃波の威力は、フックは木の壁に激突したのだが、その木の壁を粉砕してしまうほど。ファントム達も、かなり後方へ吹き飛んだ。

「かはっ… こいつはとんでもない化物を相手にしちまったようだ」

 起き上がれないまま口から血を溢してフックは、言った。

「フック! へばってんじゃねぇぞ!」

 叫びながら、ピーター・パンは弓矢で支援した。

 なんとかウェンディの攻撃を避け、連続で弓矢を放つ。ほとんど、弓矢は弾かれてしまう。が、そのうちの1本はウェンディの体に突き刺さった。

 ん? なんで、弓矢が刺さっているんだ?… と、朦朧としながらも起き上がろうとしているフックは、突き刺さっている矢を見て思った。よく見ると、最初にピーター・パンが放った弓矢も刺さっている。

 分かった!… と、フックは確信した。

「おい、お前ら! 鱗と鱗の隙間だ! ピーター・パンの矢が刺さっているとこを狙え! そこが、こいつの弱点だ!」

 フックが叫ぶと、

「おのれぇええええ! キサマアアアアアァアアア」 

 鬼の形相でウェンディは、叫ぶ。

 

 ――― なるほど、そこが弱点か。

 意識の中で、タオは言った。


「呪われたこの体の力をみるがいい! ヘビーインパクト!」

 溢れんばかりの力を噴出して、片手に持つ斧を振り上げた。野獣ラ・ベットの必殺技。その渾身の一撃は、ウェンディの鱗と鱗の隙間に直撃させた。鱗の端が割れていき、隙間が広がった。

「ぐぎゃああああああ」

 と、ウェンディは断末魔の叫び。


 ――― 今、開放してあげるわ。ウェンディ。

 意識の中で、レイナは言った。


「悪い子は寝てなくちゃダメよ! ワンダー・ラビリンス!」

 雷光が宿った剣を振り回して、凄まじい乱舞を舞った。次々と、鱗が剥がされていく。


 ――― 終わりです。

 意識の中で、シェインは言った。


「もう怒ったにゃ! 許してあげないにゃ! ホワイト・ラビリンス!」

 風を巻き起こすほどの、凄まじい攻撃。アリスが攻めている逆側から、必殺技を決めた。アリスとダイナの攻撃は、ほぼウェンディの鱗を剥ぎ取った。

「おぉおのおれえええええぇえええええ」

 まるで老婆のように痩せ細って、力が弱まったウェンディ。


 ――― これで、決めなければ!

 意識の中で、エクスは力強く決意した。


 タオ、レイナ、シェインは意識の中で叫んだ。


 ――― いけ! 新入り!

 ――― 頼んだわよ! エクス!

 ――― 決めてください、新人さん!… と。


 今持っている渾身の力を籠めて、

「ファントム・レクイエム・アリア!」

 近くにいるヴィランも巻き込む、黒い竜巻を起こす。黒い竜巻に飲み込まれたヴィランは、一瞬で消滅。ウェンディの残された鱗を、全て剥ぎ取ってしまう。弱点を曝け出したウェンディの背後に回り込み、


 ――― 接続切換コネクトチェンジ! ジャック!

 意識の中でエクスは、ジャックに接続切換コネクトチェンジした。


 姿をジャックに変えて、

「バケモノでも巨人でもかかってきやがれ! ヘブンズ・ブレイブ!」

 逆手で持った剣から繰り出す衝撃波を放った。

 ウェンディの心臓を貫く、渾身の一撃だった。

 ウェンディは涙を流しながら、

「ピーター… 私の… 大事な… 子…」

 そう言って、カオステラー化したウェンディは消滅していく。

「マザー・ウェンディ…」

 消滅していくウェンディを見つめながら、ピーター・パンは唇を強く噛みしめて言った。

 次々とヴィランは消滅していき、黒い霧が晴れ出した。


                 ◆


「終わったのか? ったく、とんでもない事に巻き込まれたぜ」

 その場に倒れ込んで、安堵の息を洩らしてフックは言った。力を使い果たして疲れ果てているものの、その顔つきは安らぎの表情を浮かべていた。

 接続コネクトを解除したエクス達も、かなり疲労しきっていた。

 俯き、力強く手を握り絞めるピーター・パンを、

「大丈夫よ。カオステラーは消滅しても、ウェンディは消滅していないわ。もとの場所で生きているわ。あなたの事は、覚えていないけど…」

 レイナは、労るつもりで言った。

「もう1人の『主役ウェンディ』は、君とずっと一緒にいたかった… 母親になりたかったから、カオステラーになったんだろうね」

 エクスが言うと、

「世界を浄化して、もとの世界に戻れば、またウェンディに会えるさ」

 不安な様子をみせないように、タオは言った。

「そうです。もともと、ここはあなたのいるべき世界ではないのです」

 シェインが、そう言うと、

「待て待て待て! この世界が違っていようがどうかなんて、俺様とピーター・パンにとっては関係ない話だ。どこでもいいから、果し合いの続きをしたいだけだ」

 千鳥足で立ち上がり、フックは言った。


 歓喜に体を震わせ、フックは言う。

「さあ、今こそ因縁に決着をつけようじゃねぇか!」

                         

   






 


 

 

 

 


 




 


 


 

 

 


 

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