第3話 船の墓場と海賊
生臭い匂いが、漂う。
辺りは、暗い。夜のように薄暗いなんてものじゃない、暗澹の闇だ。その中を、ぼんやりと照明を灯す幽霊船が進んでいた。何も見えないという事は、無限に広がる空間なのでは?… と、錯覚を起こす。
そんな場所だった。
「どこまで続いているんだろうね… 」
エクスは、声を漏らす。
「さあな。だが、俺達が食われたのは確かだ。これで俺達の冒険も終わりかもしれないと思うと… なんだか、泣けてくるぜ」
落胆して沈みきった顔のタオは、言う。
そんなタオの後頭部を殴りつけ、
「そんな弱気でどうするの! 私達は、まだ生きてるのよ! 船も壊れてないし、まだ何とかなるわよ。ここから、脱出する方法を探すの」
レイナは、タオを叱咤した。
「そうですよ、タオ兄。タオ兄は、単細胞で能天気だけが取り柄の人じゃないですか。落ち込んでるなんて似合わないですよ」
頷くと、シェインは言う。
「だな。って… シェイン、1つも褒め言葉がないような気がするんだが…」
何とも言えない切なさを感じて、タオは言った。
「なんだか、チックタックの腹の中だとは思えないね。まるで、違う次元にきたような気がする… うまく説明はできないけど」
エクスが言うと、
「ええ。進んでいるのは確かなのに、どこにも衝突はしないなんて… 。広い空間にでも飛ばされた気分ね」
レイナは賛同した。
もちろん、タオとシェインも賛同していた。
しばらく幽霊船が進んでいると、何かが衝突した。一瞬、動きが鈍った。が、動きは止まらない。そんな、衝突を繰り返す。
「何? 何かがぶつかってるよね?」
そう言うと、レイナは角灯を手にして幽霊船の下を手摺り越しに覗く。
微かにしか見えないが、
「木? 木片が浮いているようですね。しかも、散乱しているようですが」
隣から顔を覗かせて一緒に見ていたシェインは、言う。
大きいのから小さいのまで、様々な木片が浮いていた。暗闇に目が慣れてくると、半壊した船の残骸が浮いているのに気が付く。数からして、1隻や2隻では無い。かなりの数だ。
「な、何これ… 船が沈んでる…」
動揺を隠せない青褪めた表情で、レイナは言った。
他の皆も、この事態を深刻に受け止めていた。数多の船の残骸を目視して、言葉を失う。これは、ここに来た船の結末か… と、一同は不安を抱く。もう駄目なのかと、落胆の色を隠せない。
そんな時、幽霊船の下から誰かが呼んでいるような声がした。
「おーい! 誰もいないのか? 船に上げてくれ!」
と、いう風な声がしている。
下を覗くと、筏の上で手を振っている男がいた ―――…
◆
「ふぅ、助かったぜぃ。なんたって、ここへ来て、かなり経つからな。まあ、こんな場所だから、どのくらい経ったかなんて分かりもしないがな。ずっと、1人で誰とも会わないし、最悪だったぜぃ。マジで。来てくれてサンキューな」
笑顔で言う、男。
長身で細めの体躯は、ぼろぼろの外套を羽織っていた。かなりの月日ここにいた事を証明するように、無造作に伸びきった髭。体臭も、かなりきつい。そして、左腕は鉤になっていた。
「あんた… ずっと、ここで生きていたのか? 凄いな」
呆然として、タオは言った。
「だろ? 俺様は、かなり凄い男だ。って、言ってもだ、食う物には困らなかったからな。魚もいたし、食われた船の中には食料も。だから、なんとか今まで生きてこられたってわけさ。ただ、ずっと1人だったから寂しかったぜぃ」
胡坐を組んで男は座り、言った。
「なるほど。っと言う事は、ここからの脱出は不可能なんですね。もし、脱出できたのなら、とっくの昔にしているはずですしね」
シェインは言うと、
「そういう事だな。今まで、何度か試みたが、何度も失敗に終った。八方塞がりってやつだったな。いやぁ、参った参った。がははははは」
男は言うと、豪快に笑い飛ばす。
「やっぱり… 無理なのか」
愕然として顔を沈ませたエクスは、言う。
「ここは、どこなの? 本当にチックタックの腹の中なの?」
レイナが訊くと、
「ああ。だだっ広いが、間違いなく腹の中だろうな。あんたらも食われたから、ここにいるんだろ? 消化不良みたいなんで助かってるよ、本当。がははははは」
男は笑いながら言うが、笑えない。
膝を手で叩き、立ち上がった男は、
「さてと。で… あんたら何者だ? なんで人の船に乗ってるんだ?」
剣を抜いて、鋭い眼光で睨む。先ほどまで豪快に笑っていた男とは思えないほど、豹変した。
「??? どうした? 落ち着けって。俺はタオ。こっちは、新入りとシェイン。で、お嬢だ。俺達は、想区を旅しているタオ・ファミリーだ。
あんたこそ、何者だ? それに、人の船って?」
タオは、男を宥めながら訊き返す。
「これはこれは、失礼した。まだ、名乗ってなかったな。俺は、フック。一応、海賊だ。そして、この船は俺の船『ジョリー・ロジャー号』さ。だから、返してもらおうか、俺の船をな」
軽く紳士的な一礼して、フックは言う。
「フック! あんたがフックか!」
驚きで目を丸くしたタオは、言った。
「ああ、そうだ。俺様が、大海賊のキャプテン・フックだ。どうやら、俺様を知っているようだな。なら、話は早い。選びな。今、俺様から全てを奪われたいか。それとも、後から奪われ―――…」
フックがまだ話をしているが、
「てっっめぇぇが、フックかぁああ! いくぜ! 野獣ラベット!」
空白の書を手にして、タオは言った。
体から光を放ち、タオは野獣ラ・ベットに姿を変えた。息を荒くして、牙を剥き出す野獣ラ・ベット。鋭い獣の瞳孔で、フックを睨みつける。盾と斧を強く握りしめ、今にも襲い掛かりそうな勢いだ。
「お、おい… な、なんか、お前らのお友達… 獣になったが、体調でも悪いのか? それとも、お前らの飼ってるペットか? かなり機嫌が悪そうだな。悪かった。とりあえず、その獣をどうにかしてくれると、有り難いんだが」
動揺して顔を引き攣らせるフックは、言った。
――― 覚悟しろ! フック!
タオは、かなり激情して意識の中で雄叫ぶ。
あまりの驚きで、フックは戦意喪失していた。だが、後退りしているフックを追うように野獣ラ・ベットが襲い掛かる。フックとの距離を一気に縮め、斧を振り上げた。刹那「待ってください」と、シェインは叫んだ。寸前のところで、野獣ラ・ベットは動きを止めた。
「道を探せし君よ、なぜ、突き立てる我が刃を止めた?」
フックに斧を突き立てたまま、眼光だけをシェインに向けて野獣ラ・ベットは言った。
「おかしいとは思いませんか? 彼は、まだカオステラーに姿を変えてません。それに、ヴィランも現れませんし… もしかしたら、彼はカオステラーでは無いのではないでしょうか」
シェインのその言葉に、タオは
「本当か? 本当にカオステラーじゃないのか?」
フックの胸ぐらを掴んで、タオは訊いた。
「??? 何の話だ? カオステラー?」
首を傾げてフックは、言う。
「マジかよ… だったら、世界を狂わせるカオステラーは、いったい誰なんだ」
掴んだ胸ぐらを離してタオは、言った。
「何だか、変な雲行きになってきたね。ぜんぜん、頭で整理できないや」
エクスが言うと、
「そうね。もう、なにがなんだか」
レイナも賛同した。
「あ、あのさ… 何か拍子抜けさせたみたいで悪かったな。が、世間からかなり離れていたから、できれば説明してもらえると有り難いんだが。ついでに、お前らの素性も」
愛想笑いを浮かべてフックは、言う。
「お前… さっきまで奪うとかなんとか言ってなかったか? ふぅ、まあいい。ゆっくり説明してやるよ。時間は、たっぷりあるしな」
呆れて大きなため息をつき、タオは言った。
「有り難いね。あっ! その前に、風呂に入ってきていいか? それと、俺達の出会いを祝って乾杯といこうじゃないか」
満開の笑顔でフックは、言った。
「・・・ なんか、タオ兄を止めた事を後悔してきました… 」
そうシェインが言うと、全員でにが笑う。
◆
「ぷっはーーー! やっぱ、風呂上がりの一杯は最高だな!たまんねぇ!」
コップに注がれた酒を一気に飲み干してフックは、言った。
「ふぅ、まったくだな! 最高だぜ!」
同じく豪快に酒を飲み干してタオは、言った。
「だから… なんで、もう仲良くできるわけ… 」
酒に手をつけられず、俯き沈んだ顔つきのレイナは愚痴を漏らす。
エクスとシェインは、もはやタオの行動に対してツッコむ事もしなくなっていた。黙々と、酒を飲む。
「で? いったい、どういった事が起きているんだ?」
フックが訊くと、
「だから、ネバーランドは無人島と化していて。ピーター・パンは行方不明だって言ってるんだよ。その原因を作ったのが、あんたじゃないかって話だったんだが… どうやら、違ったようだな」
酒を飲みながら、タオは返答した。
「がははははは。よく分からんが、俺様のせいで世界が変わってしまったって事になってるんだな。つう事は、何か? だから、俺様は生きてるって事なのか?」
フックが訊くと、
「そういう事になりますね」
シェインは返答した。
「なるほどな。だから、俺様の運命の書ではチックタックに食われて終わっているのに、俺様は生きているって事なのか。納得がいったな。でも、誰が俺様を… その… カ、カオステラーだっけ? それになったって、言ってんだ?」
フックが訊くと、
「あんたと同じ海賊だよ。ヘンリーって言って、良い奴だったよ。無人島から俺達を救ってくれたのもヘンリーだしな」
タオが返答した。
首を傾げて、
「ヘンリー? ヘンリー… ヘンリー… まったく知らない名前だな。俺様が飲み込まれている間に、現れた新手の海賊か? つうか、本当に海賊なのか?」
酒を飲みながらフックは、訊ねた。
「あ? 船にも髑髏マークがついてたし、間違いなく海賊と名乗ってたぜ」
タオが言うと、
「だってよ。海賊なんだろ? 俺様と一緒のな。海賊を名乗る奴に、良い奴がいるなんて聞いた事ないけどな。やっぱ、世界が狂ったからなのか? それとも、次世代の海賊は良い奴ばかりなのか?」
誰もが賛同しそうな正論をフックは、言う。
「確かにね。言われてみれば、そうね。そういわれると、海賊を名乗ってたヘンリーは疑わしいわね。海賊なのに、無人島から救ってくれて、幽霊船の場所を教えてくれて小舟まで貸してくれるなんて」
レイナは言うと、
「おいおいおい! いくら、お嬢でも言って良い事と悪い事があるぜ。奴こそ、男の中の男! 海賊の中の海賊だぜ!」
酒が回ってきたのかタオは、反駁した。
「まあ、何だ。仲間内で喧嘩は、よくないぜぃ。さあ、もう一杯飲めよ」
言いながらフックは、タオのコップに酒を注ぐ。
「フックゥウ! お前も、良い奴じゃないかぁあ!」
感涙を流してタオは、コップに注がれた酒を飲んだ。
「いや… タオ兄… 間違いだらけですよ」
シェインは、つぶやく。
「まあ、それはさておき。あんたらは、想区を旅している仲間なんだよな。そういう運命が記述されているなんて、珍しいな。それに、野獣に姿を変える… あの技は何だ?」
フックが訊くと、
「いや、僕達の運命の書は空白の頁しかない。だから、想区を旅する事ができるんだ。姿を変えられるのは、契約したヒーローの姿に
エクスは返答した。
「なるほどねぇ」
自分のコップに酒を注ぎながらフックは、言う。
「じゃあさ、お前らの言う... そのカオステラーだっけ? か、どうか分からないが化物なら、どんな奴でも倒せるのか? その力で」
注いだ酒を飲みながらフックが、訊くと、
「まあ、大概の化物は倒せるはずよ」
魚を食いながらレイナは、返答した。
「これは、これは、どうやら俺様にもツキが回ってきたらしいな」
言って、フックはニタリと嗤う。
「どういう事?」
エクスが訊くと、勿体振るように含み笑いを溢して、
「ついに、ここから俺様が出る日がきたって事さ。恐らくだがな」
と言う、フックの返答に、
「え!?」
4人は、驚きの声を上げた。
「ここから出られるのか!?」
一気に酔いが覚めたように、真剣な表情でタオは訊く。
「ああ。あの化物さえ倒せれば、間違いない」
フックが言うと、
「化物? ヴィランの類いか?」
タオは訊ねた。
「ヴィラン? お前らと話をしていると、訳の分からない単語だらけだ。まあいい。とりあえず、俺様の話を最後まで聞け。チックタック、チックタック、て音が聞こえてたろ? あれはな、チックタックの腹の中で化物が音を鳴らしているのさ。そいつを倒してもらえば、チックタックも倒れるはずだ」
「本当か‼?」
「ああ、間違いないない。俺様は、そいつの事を〈チックタック・コア〉と、呼んでいる。前に、奴を倒そうと襲撃した事があったんだが··· チックタック・コアを取り巻く、黒い雑魚どもに返り討ちにあってな。全然、近づく事はできなかった。が、お前らがいてくれれば勝てるはずだ」
「黒い雑魚ども··· どうやらヴィランのようですね。じゃあ、チックタック・コアもヴィランって事ですね。と言う事は、我々は巨大なヴィランに飲み込まれたって事ですか」
1つの謎が解けたような爽快な表情でシェインは、言う。
「そういう事だ!! だから、お前らの手を借りたい!!! そして、俺様もお前らの力になろう! 作戦は、至ってシンプルだ。チックタック・コアを倒す。そして、船で腹から脱出だ。簡単だろ」
フックが言うと、
「でも、どうやったらチックタック・コアに遭遇できるの?」
レイナは、訊ねた。
「それまた簡単な話だ。奴は、時計みたいに正確に巡回している。恐らく··· 明日の朝方には、現れるだろうぜ。ま、もっとも俺様達の方が時間が分からないんだがな。がはははは」
お気軽に笑い飛ばしてフックは、言う。
「大丈夫か··· 本当に···」
不安気にタオは、つぶやく。
「大丈夫。酒をたらふく飲んで、寝る。そして、起きれば朝方だ。簡単だろ。明日は、期待しているぜ。ここから、抜け出そうじゃないか」
タオの肩を叩きながら、笑顔でフックは言う。
が、心の中では ───…
あの化物が倒せるなら、こいつらはどうなってもいい。どの道、腹から出られれば、おさらばだからな ──―…
と、フックは思っていた。
◆
おそらく、次の日の朝方 ────…
「おい! お前ら、いつまで寝てやがる! いい加減に起きろ!」
きりっ… と、した目つきでフックは、叫んだ。
フックの叫び声に、タオはぼんやりと目を開けていく。頭に、急激な激痛が奔った。おもわず「痛!」と、言ってタオは頭を抱える。何だ、この痛みは?と、自分に問いかけると、昨夜の酒が原因だ… と、自己嫌悪に落ちた。
エクスとシェインも、目を覚ます。
やはり、最後まで眠り続けているのはレイナだ。呑気に涎を垂らして、眠り続けている。きっと、食べ物を食べている夢でも見ているのだろう。
「やっと、起きたか。そろそろ、奴がくるぞ。そこのお嬢ちゃんも、ちゃんと起こしとけよ」
フックが言うと、
「なんで平気な顔をして、起きてるんだ。すげぇな… あんた…」
唖然としてタオは、言う。そんなタオの顔を見て、フックは豪快に笑い飛ばす。
「本当に、もうじき現れるの? チックタック・コアは?」
エクスが訊くと、
「ああ、間違いない。気づかないのか? よく耳を澄ませて聞いてみろ。聞こえてくるだろ? チックタック、チックタック… てな」
フックは、言う。
神経を研ぎ澄まして、耳を澄ました。
チックタック、チックタック ────… と、
確かに、正確にリズムを刻む機械音が聞こえている。
「おい! 新入り! 早く、お嬢を起こせ!」
焦ってタオは、叫んだ。言われて、慌てて肩を揺すり、エクスはレイナを起こす。何が起きているのか把握できていないレイナは、まだ眠そうに重い目を擦っている。レイナは、かなり不機嫌そうな顔で、
「何で、起こすのよ。… もうちょっと眠っていたかったのに」
呟く。
「よし! これで、全員起きたな。時間が無いから、簡単に作戦を説明するぞ。もうじき、チックタック・コアと遭遇するはずだ。俺様は、船を化物に急速接近させる。そん時、チックタック・コアの取り巻きどもが襲ってくるに違いない。で、お前らの出番って訳だ。
思いっきり、ぶちかましてやれ! 船の進路を妨げる取り巻きどもを、蹴散らしてくれ。チックタック・コアに接近したら、俺様も戦闘に合流する。で、一緒にチックタック・コアを倒す! そしたら、この腹の中から急いで脱出だ。なっ! 簡単だろ」
船の舵を取りながらフックは、言う。
さすがに海賊の頭領をしていただけはあって、船の扱いは慣れたものだ。鼻歌交じりに、船を動かしている。
真っ暗で何も見えない世界に、それよりも暗い闇が見えてきた。そんな中に船を進ませていく。次第に、言葉が減ってきた。徐々に、正確にリズムを刻む機械音が大きくなってきた。
「くるぞ… 用意しろ」
大きく息を飲んでタオは、言う。
エクス、レイナ、シェイン、タオは、片手に持った空白の書を強く握りしめた。
とてつもなく暗い闇の中から、ぎくしゃくと動く歯車が見えてきた。大きい。闇の中でも分かるくらい光沢のある金色。他にも大きさの違う物や色が違う物など歯車は幾つもあるが、一番目立つ。そんな歯車の集合体は、武骨な人型に見えてきた。これが、機械音の正体だ。
「くるぞ! しっかり頼むぜ、お前ら!」
言って、フックは船を一直線に進ませる。
ぱらぱらと、空白の頁を捲った。導きの栞を、頁に挟んだ。各々、容姿を変えていった。
進んでくる船に気づき、ヴィランの群れが襲ってきた。空中で戯れているように飛んでくるウィングヴィランを、劫火が焼き尽くす。さらに、弓矢が貫く。ウィングヴィランを船に近づかせない。
タオが
──── 一気にキメるぜ! 頼むぜ、茨の姫さんよ。
タオは意識の中で、茨姫に話しかけた。
「ふぅああ、呼び出したかと思ったら扱いが荒いわね」
そう言って、茨姫は眠そうに欠伸をしながら、杖を振るう。と、次々にヴィランの周囲から火柱が上がる。不気味な断末魔を上げて、ヴィランは消えてゆく。
―――― また、お願いします。エルノア・リィンレース。
シェインは意識の中で、エルノアに話しかけた。
「おまかせを。この矢で、貫いてみせますわ」
そう言って、エルノアは弓矢を構えて鋭い眼光で標的を見据えた。エルノアから放たれた矢は、標的を外さない。確実に、ヴィランを射貫く。
茨姫とエルノアの攻撃を掻い潜ってくるヴィランは、船に上がってくるや否やエクスが
「もう少しで、チックタック・コアに接触できるぞ! お前ら、へばんじゃねぜぞ!」
激しく船が揺れようとも舵を離さずフックは、言う。久々の戦闘で、興奮して血が滾っていた。生きるか死ぬかの瀬戸際を駆けていく、この瞬間がたまらない。
チックタック・コアを捉えた。もう目と鼻の先だ。近づくと、結構大きい。大人3人分はあるだろう。これまでのヴィランとは比べ物にならないほどの、威圧感があった。
チックタック・コアは、歯車で組み上がった両手を大きく振り上げる。チックタック・コアが振り下ろすより先に、茨姫は火炎魔法をチックタック・コアの顔面に直撃させた。よろめき態勢を崩すが、たいしたダメージは受けていないようだ。 すかさず、エルノアは連続で5本の矢を放った。突き刺さったのは、2本。残りは、当たりはしたが弾かれた。
チックタック・コアは片手で船ごと振り払う。ジャックとアリスは振り払いにきた手に攻撃を仕掛けた。その攻撃は、チックタック・コアの腕を破壊した。が、やはり片腕を破壊したところで、あまりダメージを与えた気がしない。
もう片方の手で、船ごと振り払われた。船に直撃はしなかったが、立っていられないほど激しく揺れた。このままでは、沈んでしまう… と、焦り出す。
「臆すんじゃねぇ! 船を奴にぶつけるぞ! しっかり捕まってろよ!」
フックの顔に迷いは、微塵も感じない。
船をチックタック・コアの腹部あたりに衝突させる。直撃はさせず、横腹に体当たりさせた。ヒーロー達は、近くの掴まれる物を掴んで衝撃に耐えた。体が真横を向くほど振られたが、飛ばされないように掴んだ手を離さない。フックも足を踏んばって、舵を取っている。
激突されたチックタック・コアは数多の歯車になって、ばらばらに散った。
揺れが静まってゆく。船の損傷は大きいが、移動には支障はない。全員で、辺りを見渡した。ヴィランの群れも、いつの間にか消滅していた。
「やったか?」
辺りを確認しながらフックは、言う。
ヴィランの気配がない事に、全員は安堵の溜息を吐く。とりあえず、
「しまっ―――…」
うまく言葉がでない、ジャック。全身を打ち付けて、体が云う事をきかない。近くの手摺りに掴まって、立つだけで精一杯だった。
他の皆も、同じ状況だ。誰も、反撃する余裕がない。
金色の歯車は床に沈んだ体を、宙に浮かす。そして、浮いた金色の歯車は物凄い勢いで、回転した。まるで丸い球体のように見える、金色の歯車。稲光を帯びてきた。これは、まずい… と、誰もが思う。なぜなら、今にも爆発しそうだからだ。
「うらぁ! 俺様の船を壊してんじゃねぇ!」
叫びながら、フックは金色の歯車に跳びかかった。回転している金色の歯車の上から、手にした一本の丸太棒を投げる。丸太棒を当てて、回転速度を弱めたのだ。さらに、金色の歯車に近づきフックは左手の鉤で抑える。そして、金色の歯車を蹴り上げた。フックの真上に上がった金色の歯車を見て、
―――― ナイスですね。
シェインは意識の中で微笑んだ。
凄まじい光を放つ、エルノアの必殺の一撃。希望のプランタン。を、金色の歯車に向けて放った。光の中で爆発を起こしながら消滅していく、金色の歯車。確実に消滅するまで、数秒もかからなかった。
「今度こそ、終わった… か?」
気が抜けたのか、その場に尻もちを付いてフックは言う。
大の字になって、フックは倒れ込んだ。そこに、薄汚い金属製の懐中時計が落ちてきた。フックは、それを掴むと胸元に忍ばせた。
「はぁはぁ… ったく、かなり危なかったぜ。これで、本当に外にでられるんだろうな?」
タオは訊くが、
「さあな」
と、へらへらと笑いながらフックは言う。
「何!? チックタック・コアを倒せば腹から出られるって言ったじゃねぇか!」
「ばっか。倒した事もないのに、知るわけないだろ。ははは… ただ、音が耳障りだったから倒すのを手伝ってもらっただけだ」
「てめぇ!」
タオは怒鳴りながら、フックの胸倉を掴んだ。
「まあまあ、落ち着けって。あながち、嘘は言ってないと思うぜ」
フックは、宥めた。
「どういう事だ?」
タオが訊くと、
「気づかなかないか? よく下を見てみな」
と、フックは返答した。
「タオ兄! 海面に… 空が…」
言ったのは、船から下を覗くシェインだ。
言っている意味が分からないので、とりあえず全員は下を覗いてみた。真っ暗な海が輝いていた。その輝きの中は、白い雲と蒼い空が見えていた。まるで、空の上から眺めているような光景だ。空のさらに下には、海が見える。
「なっ、外に出られるだろ」
まるでこうなる事を分かっていたかのような口ぶりで、フックは言う。
「どうなってんだ… これは…」
驚きを隠せず、タオは声を漏らす。
エクスにいたっては、驚きすぎて言葉もでない。
真っ暗な海に輝く光は、徐々に広がっていく。小さかった光は、いつのまにか船よりも大きく広がっていた。そして、上向きに風が吹いている事を感じた。
「こ、これって… まさか… あれよね? ここから落ちるなんて無いわよね?」
いやな予感がして、レイナは恐る恐る訊く。
「あ? いや、落ちるだろうな。この状況からみてな」
冷静に、当然のように、フックは言う。
「おいいいいいいい! マジかよ! 落ちちゃうのかよ! どうすんだよ!」
タオは、これまでにない焦りようで叫び出す。
皆の焦りようを見て、フックは、けらけらと笑う。
「まあ、安心しろって。お前たちは、ほんとっラッキーだぜ! 俺様の船に乗れてるんだからな」
フックが言うと、
「どういう意味?」
エクスは、訊き返す。
「聞きたいか? いいだろう。俺様のふ――――… 」
フックが話をしている最中、船は急降下した。
沈んでいくはずの船底は、晴天の空から姿を見せていた。曇り雲など見えないはずの晴天に、黒い霧が漂っていた。そこから、船は姿を現す。かなりの速度で急降下しているので、海面に叩きつけられたら終わりだ。船の速度を落とす事もできなければ、操舵もできない。
「うわあああああああああああああああああああああああああ」
全員、涙目になって悲鳴をあげる。
もう駄目だ… と、思う。刹那、船の降下速度が落ちた。宙に浮いていた足が、地に着く。ふわっ… と、浮いた体が地に着いたような感覚だった。
ゆっくりと、船は海に着水した。まるで、空を飛ぶ乗り物が海に着水したかのような、見事な着水だった。
「助かったのか?」
辺りを見渡しながら、タオは言った。
「そのようね… 」
小刻みに体を震わせながら、レイナは言った。
エクス、レイナ、シェイン、タオは、全身の力が抜けて、その場に座り込んだ。お互いの顔を確認しながら、強張った笑いを浮かべた。
「なっ! 凄いだろ、俺様の船はよ!」
鼻息を荒くして、フックは言った。
「この船… 空を浮いたの?」
エクスが訊くと、
「その通り! 俺様の船は空を飛ぶ事だってできたんだぜ! 昔はな。妖精の粉って知ってるか? それを船に撒いてるのさ。まあ、最も効力が切れかけているみたいだったから焦ったがな。がははは――――…」
自慢気にフックが返答して笑うと、
「そういう事は早く言いなさいよ! 死ぬかと思ったじゃない!」
そう怒鳴りつけながら、レイナはフックを蹴とばした。
「ぶほっ! お、落ち着け! 言おうとしたら、落ちたから… べ、別に、黙っていようって思ってたわけじゃ――――… 」
フックはレイナの怒りを鎮めようとするが、話している間に、もう1発くらう。
こうなったレイナを止める勇気はない… と、エクスは思う。もちろん、タオとシェインも口には出さないが同意見に違いない。
フックの無事を祈って、見守る事しかできなかった――――…
日も沈み、辺りは暗くなっていた。
「がはははは。外に出られた祝いだ。どんどん、食って飲んでくれ」
傷だらけの痛々しい顔で、フックは豪快に笑う。
「こんな料理くらいで、もぐもぐ… 許されると、もぐもぐ…」
口から料理が毀れそうなほど詰め込んで、レイナは話す。
さすがです。姉御… 結構食べているのに、許さないなんて… これがツンツンってやつですね… と、シェインは思う。
そういうシェインも、いつもよりは食べていた。エクスも。タオに至っては、浴びるほど酒を飲んでいた。全員で、無事にチックタックの腹の中から出られた事を祝う。おかげで、いつにも増して浮かれていた。
「でも、まさか黒い霧から出てくるとは思いませんでしたね。もしかして、黒い霧から現れたヴィランは、チックタックの腹の中から出てきていたのでしょうか」
シェインは、冷静に黒い霧について分析していた。
エクスも食べながら、シェインの言った事について考えていた。
シェインの言う事が正解なら、自分達がここに着いてからずっと狙われていたんじゃないか… と。
「おい! ぬぁに、しけたつぅらしてんらぁ! せぇっきゃく、らっしゅつできたっていうのによぉ!」
酒臭い顔を近づけて、タオは言う。
「そうだぞ! 今は、生きて出られた事を祝おうじゃねぇか!」
言いながら、フックはエクスとシェインのコップに酒を注いだ。
楽しい宴会は、夜遅くまで続いた。
◆
次の日――――…
「んっんー、もう朝… か?」
眩しい太陽の日差しを浴びて、エクスは目を覚ます。
妙に狭い場所で、寝ていた事に気づく。そこは、ヘンリーが貸してくれた小舟の中だった。見渡すと、タオ、レイン、シェインも寝ていた。確かに、昨夜の記憶はない。エクスは、
「何で、こんなところに…」
疑問を抱く。
なぜか小舟は、紐で吊るされていた。がたっ… と、紐で吊られている小舟が動く。その衝撃で、
「何だ!?」
「敵襲ですか!?」
と、タオとシェインも目を覚ます。
「うお! 何でこんなところで寝てるんだ?」
タオも、小舟で寝た記憶がない。もちろん、シェインも。
困惑している時、船の上から、
「あら、起こしちゃったか? 申し訳ないな」
フックが手を振りながら、話しかけてきた。
「おい! これはどういう事だ?」
タオが訊くと、
「言ったろ? これは、俺様の船だと。それが、お前らの乗ってきた船だろ? ここで、さよならにしようと思ってな。名残惜しいから、寝かせたまま別れようと思ったんだがな」
笑いながらフックは、返答した。
「ふざけるな! さっさと、船を上げやがれ!」
タオは、怒鳴り散らした。
「何なの… 五月蠅いなぁ… 」
やっと、レイナは目を覚ます。だから、状況を把握しているわけがない。
「じゃあな。もう会う事はないだろうが再会できたら、また酒でも飲もうぜ。そうだ! 言い忘れてたが、これは船賃に貰っておくぜ」
言って、フックは手にしている本を見せた。
フックが見せるのは、エクス達が持っていた空白の書だった。あまりの出来事に、驚きが隠せなかった。しかも、導きの栞まで。
「おい! ふざけるのも――――… 」
タオが話している途中、フックは小舟を吊るしている紐を切った。
勢いよく海面に着水した、小舟。幸いにも、転覆はしなかった。そんな小舟の様子など気にする事はなく、フックは手を振りながら船に姿を隠した。
「やろう… 」
怒りを溜めこむように低い口調でタオは、言う。
海賊船ジョリー・ロジャー号は、小舟を置き去りにして去ってゆく。
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