先輩の卒業と桜のパフェ
「ほんっとうに! 先輩の作品は素敵です! ずぅっと絵の前を動けなかったんですもん。卒業しちゃっても見に行きますから!」
ありがとう、と微笑む先輩。麗しいお顔はちょっとひきつって見えるけれど、褒め言葉は止まらない。だっていま伝えなきゃいつ届くっていうのだろうって話だ。溢れんばかりの想いを乗せて、声がうわずる。反対にどんどん静かになっていく先輩。
だから、パフェが運ばれてきたときはちょっとだけほっとしたのだ。久し振りの、先輩とのお茶。やっぱり目的があった方が心は落ち着く。透明な切子のガラスの器はしゅっと背が高くて、ガラス自体は厚いのにとても繊細にみえる。透けた中身は、ほのかな桜色の、たぶんクリーム。ちょこんと上に載るのは三つの球体で、花びらの混ぜ込まれた白いアイスと、それよりは小振りな抹茶アイス、それから餡子。若葉のようにふわりと、抹茶の粉が飾られている。
パフェ用のスプーンは木で出来ていた。微かに波打つ文様に、もしかして桜材なのかなと考えがめぐった。桜のアイスをひとくち。さっぱりとしたベースのミルク味はむしろソルベのようで、塩漬けになった桜の花の香りが控えめにたつ。舌に残る塩気の余韻が次のひと口を誘った。
抹茶のアイスはこちらも甘さは控えてあって、苦みと風味がどこまでも広がる。桜のほうと一緒に食べればかぎりなく大人っぽい味だ。餡子はきめ細やかなこしあん。さらりと溶けて、全部を甘みで包み込んでくれる。すこし香ばしさも感じられて相性は抜群。
下の土台部分は、ふんわりと空気を多く含んだムースのよう。こちらは塩漬けの葉を入れて、あとから色をつけたものらしい。切なく儚く溶けて、あとに残るのはやはり香りとかすかな塩気だけだ。
夢を見ていたように食べ終えて、先輩と目が合う。なんで申し訳なさそうな顔をしているんです?
「あのさ、今生の別れみたいに盛り上がってるけど」
息を呑んで続きを待つ。
「四月からも別に会えるよ? 院行くから」
「えぇ、ということ、は」
「たまにこうやって付きあってくれたら嬉しい」
大学院。存在を忘れていたけれど、実際ありそうな話だ。先輩は優秀なのだから、研究室も大歓迎だろう。そして思わせぶりな言葉に揺れてしまう。本当のことを言えば、このまま遠くから眺めていたい気持ちばかりじゃないのだ。
猶予は伸びて、あと二年。それとも三年だろうか。じっと先輩を見返す。今の姿はやっぱり今しかないし、記憶に焼き付けておきたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます