雪像とフォンダンショコラ

 昨日の雪で、キャンパスは一面の銀世界だ。まっさらな冬の青空が眩しい。加奈は子供みたいに突っ込んでいった。それでもって動きだけは真剣に新雪を掘り返している。シャベルで大まかに積み上げたら、棒やらヘラやらで何かを彫りはじめる。眺めていたら羨ましい気もしてくる。追いかけてとなりに雪の塊を作りはじめたら、私も子供の仲間入り。


 過ぎたのは一時間か二時間か。やっと満足して振り返る。無自覚だった指の冷たさが痛い。凍ってしまいそう。学内の広場に現れたのは真っ白なオオカミとネコ。どちらも高さおよそ千五百ミリメートル。加奈がネコで私がオオカミ。出来はまずまずかな。でもまず口をついたのは感想なんかじゃなくて。


「寒っ!」

「いや指凍る寸前だよこれ」

「避難しよ避難」

「甘いもの食べたいぃ」


 逃げ込んだプラタナス食堂は程よい暖かさだった。店も気をきかせたのか、お水ではなくて熱いほうじ茶が出てきた。指を温めながらメニューをめくる。


「フォンダンショコラ」


 魔法の呪文でも唱えるみたいに加奈は言う。確固たる感じで。なんて魅力的な響き。私だって食べたくなるってもの。影響されすぎかな、とは思うんだけど。とはいえ便乗しない手はないので同じのを二つ注文する。あたたかいおしぼりで手をふいて、ほうじ茶に息を吹きかける。やっと寒さも落ち着いてきたみたい。


 やがて待ち望んだものが運ばれてくる。淡いシルバーグレイの陶器のお皿にちょんと乗ったフォンダンショコラ。粉砂糖の雪が飾られている。ゆるく立てた生クリームも。かすかに湯気を立てているのがわかった。華奢な銀のフォークを取る。

 表面はかりっと硬い。乾いた感じがするくらいに。ぐっと力を入れる。抵抗はあるけれどちゃんと切れて、とろりと溶けたガナッシュがこぼれた。お皿の上に広がってしまわないうちに口へ。チョコレートの甘くて豊かな味と香ばしさが立つ。表面のさくりとした歯触りと中身のとろりとした食感がちょうどのバランスでやってくる。温かくて、ほっとする。

 生クリームをすくって、一緒に食べる。あつあつのフォンダンショコラの表面に、ひんやりと甘い。かえってチョコレートの味が引き立つ気がした。香ばしさがクリームの向こうにふわふわしていた。


「はやく春が来ないかなぁ」


 呟くと、加奈が首をかしげた。


「すぐだって。私にも来たんだし」

「えっ? そういう?」

「えぇっ、違った?」

「うん、そんなつもりじゃなかったけど……」


 慌てふためく加奈はちょっと可愛い。年相応の女の子らしい反応というか、話題というか。言葉をつぐ。


「ありがと、まぁ私にとっては今の感じも春って気もするけど。制作とか、こうやって加奈と遊んだり食べたりするの」

「私も……美佐子が好きだよ」


 どストレートな告白に吹き出せば、加奈の顔はもっと赤くなる。チョコレートには媚薬の効能があるって言われていたのだっけ。いくらかは信じたくなっちゃうような反応。でも私だって実は笑って流せないくらい、今この時間が大事だって思っているみたい。きっとチョコレートの魔法じゃなくて。


 いつか私も恋をするのかな。その時までは、私のいちばん特別な「好き」はたぶん加奈のものだ。

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