先輩の向かい側とチョコレートパフェ
久しぶりに眺める先輩の顔。相変わらず完璧な造形だと思う。人間だからわずかなバランスの崩れは存在していて、それもまた魅力的で。
「先輩、卒制お疲れさまです」
「あとは展示が残ってるよ。ともあれ単位が来れば卒業はできそうだね」
「おめでとうございます」
お水のグラスで乾杯する。ちょっと指が触れるのが嬉しい。すごく話が弾むわけでもなくて、なんなら緊張ばかりしているのに向かい合っていると落ち着くのはなぜだろう。
注文していたチョコレートパフェが登場する。冬の間の限定商品。すらりとしたガラスの器に、白と茶色の地層が出来ている。上にはチョコレートとミルクとピスタチオの三色のアイスクリームが飾られていて、薄いチョコレートのお花が添えてある。砕いてキャラメリゼしたナッツがトッピングされていて、見ているだけで香ばしさを感じてしまう。
ひんやりとした銀のスプーンを取る。長くて、普通のとは重心の違うパフェ用のスプーンが特別感をくれた。三つ子のアイスクリームの一角を崩す。チョコレートとミルクのあいだ。ひんやりと溶けて、なめらかな甘さが舌に広がる。濃いチョコレートの味が立つ。香りで酔ってしまいそうなほど。ナッツが乗っているところは、歯ごたえも楽しい。冷えたキャラメリゼがナッツのかたさを引き立ててくれる。かりっ、と音が頭蓋骨に響く感じ。チョコレートとはまた違う風味が抜ける。
チョコレートのお花はその薄さゆえに儚くて、でも割れる時には確かな感触を生んだ。ピスタチオのアイスも、ちゃんとしっかり味を感じる。ちょっと癖があるような、でも豊かで複雑で。甘みのずっと奥に控えめな苦みをもっているような。
土台になっている地層へと切り込む。白いムースやチョコレートソース、砕いたナッツが繊細に繰り返されている。口に運べば、それらが全部まざりあう。すくう場所によって少しずつ表情を変える味を楽しんでいると、あっという間に底に行きついてしまう。チョコレート、ナッツ、キャラメリゼ。ミルク、アイスクリーム。どれをとっても、どれを組み合わせても幸せでしかない。
顔を上げれば先輩の柔らかな笑顔に行きつく。あぁ、やっぱりずっと見ていたい。
「先輩、卒業前にもう一回くらい付き合ってくださいね」
「そうだね。春にはまた新作出るだろうし」
たぶん、わたしは最後まで先輩を自分のものにはしようとしない。それは決めたことだから。でももしかしたら、これを初恋と呼ぶ日が来るかもしれない。卒業してしまうことを想像するときに広がる苦さが、喪失の味なのだと気づいてしまったから。
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