模擬店準備とちくわの磯部揚げ

 「休憩にしない?」

 瑞季先輩が声をあげたのは、模擬店テントの設営を終えて一息ついたところでした。今日はさすがにみんなTシャツやジーンズといった服装です。お昼にはまだ早くて、でも小腹がすいてくる時間帯。誰も反対なんてしなくて、ぞろぞろとプラタナス食堂を目指します。


 注文を部長が勝手に決めるのは、森田先輩の代から変わっていません。瑞季先輩のチョイスはちくわの磯部揚げ。ずいぶん渋いところをついてきます。歯に青のりがついてしまわないかだけ心配なのですけれど。あれって一度つくとなかなか厄介なんですよね。取れなくて。


 料理を待つ間、学園祭本番のシフトを配ってくれました。人数は多くないし、受け持つ時間は長いけれど、みんなでお店を切り盛りするのが待ち遠しく思えます。緊張気味に紙へ目を落としているルイサちゃんにちらっと視線を送ってみました。去年の私と同じように楽しんでくれればいいのですが。


 店員さんが料理を運んできます。大皿一つにたっぷりと、ちくわの磯部揚げが載っていました。厚手の陶器でできた焦げ茶色の浅鉢です。ちくわは三、四センチほどの輪切りになっていて、鮮やかな緑の青のりが入った衣をまとっています。古代のガラスビーズみたい、というぼんやりとした感想が浮かびます。磯部揚げってこんなに綺麗な色をしていましたっけ。


 からりとした表面からは、ほわりほわりと湯気がたちます。つられて息を吸い込めば、揚げ油の香ばしさが鼻に届きました。粗く削った竹の取り箸で分けるのは、浅鉢とおそろいの小皿です。冷めないうちにみんなにいきわたり、手を合わせました。


「いただきます」


 熱々を口に入れれば、うっかりやけどをしそうになります。口から息を吸いながら舌で転がすと、仄かな青のりの香りと油の豊かな旨味が溶けだしてきました。それから、噛む瞬間のさくりとした食感。衣はちくわに触れるきわのところまでカリカリになっていて、次に感じるのはちくわの弾力です。魚の滋味がふんわりと感じられました。味わううちに、衣とちくわが一体になって磯の香りを強く感じます。


 ひとつひとつはさっくりと軽くて、けれど身体に沁みていく気がしました。ふたつみっつと手は伸びて、食べ終わる頃には程よくお腹も満たされて元気が湧いてきます。しらないうちに疲れていたのかもしれません。


 ごちそうさま、をした後でふと瑞季先輩を見ると、唇の端に青のりがついています。あとで言ってあげようと思うと同時に、こっそりハンカチで自分の口の周りを拭っておきました。

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