学園祭と講評会とタラコ・スパゲティ

 講評が終わって一息つくと、咲からメッセージが来ていることに気づきました。お昼を一緒にどう? という内容です。もちろん異論はないのですぐに返事をして、咲のいる教室を目指します。


 隣の棟は油画の建物で、日本画とほぼ同じ構造をしています。ただ、一歩入れば空気の違うのがすぐにわかります。油絵具の匂いは独特ですし、行きかう学生たちの雰囲気も意外と違うものです。日本画はわりにおとなしくて真面目な感じ、油画は自由でアーティスティックな感じと言えばいいでしょうか。


 こちらも講評でもあったのか、教室からぞろぞろと人が出てきます。私が見つけるより先に、咲が手を振ってくれました。表情が明るいのを見ると、悪くない評価だったのかもしれません。並んで歩きだせばすぐに咲の話が始まりました。


「この時期の講評が終わると、いよいよ学園祭って感じだよね」

「うんうん、ちょっと浮かれちゃう」

「綾乃は今年も部活?」

「そう、また模擬店やるから来てね」

「何出すの?」

「お団子! 試作ではすんごい上手くいったから、期待しといて」


 そうこうするうちに、プラタナス食堂の入り口にたどり着きます。お昼どきではありましたが、運よくすぐに席につくことができました。


「咲、今日は何食べる?」

「私はねー、タラコ・スパゲティ。もう断然この気分」


 言い切られてしまえばなんだか引っ張られてしまって、私もそれ以外は考えられなくなってしまいました。注文を済ませてお冷に手を伸ばした咲が目を細めて笑います。


「早いものだよね、もう二年も半分終わりだもん」

「本当。大学来て何か変わったかっていえばそうでもない気もするし」

「美大なんて道楽みたいなものじゃん」

「だからこそ何か一つくらいは得たいなぁ」

「綾乃は本当真面目だよね。昔から」


 純粋に褒めてはいないその言葉を、かすかに首をかしげて受け流すことにします。


「あ、そうだ。私部活でも後輩できたよ」

「へぇ、この間言ってた子?」

「そうそう、先週正式に入部したみたい。そのあとはまだ会ってないんだけど」

「なんかいいよね、部活の後輩って」

「今からでもなんか始めれば」

「やだよ、学年上であとから入るなんて気まずいもん」


 口をとがらせる咲の目の前にお皿が運ばれてきました。素朴な茶色の陶器の上に、ぷるりとしたスパゲティが湯気を立てています。表面にはオイルが絡んで輝いていて、ちりばめられたタラコの粒は極小の珊瑚の粒のようです。粉チーズの代わりに、刻み海苔の小鉢がついてきて、銀の小さなトングが添えられていました。


 フォークにくるりと巻き付けて、ひと口。オリーブオイル、それからかすかにバターの香りが感じられます。茹で加減は完璧なアルデンテ。噛めばタラコがはじけて、塩気と濃い旨味が広がりました。つぶつぶした食感はさして強くないものの、確かなアクセントになっています。


 海苔をぱらりとかけると、立ち上る湯気にふわりと揺れます。口にすれば、磯の香りがタラコの風味を引き出しているのがわかりました。もともとお魚の卵ですし、海のものとも相性が抜群なのです。ぱりぱりだった海苔は、時間と共にしんなりして、ソースの塩気を吸って一体となります。はじめから味付けの一部だったのかと思うくらいです。


 油脂をたっぷり使っているはずなのに、少しもくどくありません。いくらでも食べられそう。そう思ってしまえばあっという間にスパゲティは減っていきます。


 やがて私たちの前には、綺麗に空っぽになったお皿が残されました。咲は食べ終わってしまったのが残念だと言いたげな顔で、わかりやすさに苦笑しながら私は小さく手を合わせました。


「ごちそうさまです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る