先輩の不在とさくらんぼパフェ
プラタナス食堂のテーブルで、先輩からのメッセージを読み返す。季節限定のさくらんぼパフェがもうすぐ終わってしまうからと誘ってみたけれど、断られてしまった。いわく、
「今は卒業制作に打ち込みたくて。申し訳ないんだけど、今回は行けない。もしよかったら、食べて感想を教えてくれると嬉しいかな」
メッセージはいつもながら丁寧な言葉で、忙しいのを知っていて誘ったのに気遣われてしまったのが心苦しい。息をついてスマホを鞄に戻す。誰もいない向かいの席が、寂しさを加速させる。
とはいえ、パフェが来てしまえばわくわくしないわけもない。それは夏を思わせる爽やかな姿をしていた。足つきのガラスの器には、きらきら光る気泡入りの透明なゼリーが満たされていて、底のほうには真っ赤なシロップが溜まってグラデーションを作っている。その上に、煮たさくらんぼの粒々も鮮やかなムース。それから、赤いソルベと白いアイスクリームの球が乗っていて、てっぺんには大粒の真っ赤なさくらんぼ。若緑色のへたもついたまま、はちきれそうな皮をつやめかせている。
そっとスプーンを入れる。ひと口めはソルベを。さくらんぼそのものみたいな甘くもすっきりとした味に、ひんやりとしてきめ細かい口当たり。隣のアイスクリームはシンプルなミルク味で、一緒に食べればとたんにまろやかになる。
ゼリーをすくいとる。舌に触れてびっくりした。ほの甘いゼリーは炭酸を含んでいて、崩れるときに口の中でぱちぱちとはじける。下のソースと絡まれば、胸がぎゅっとする甘酸っぱさになる。
土台部分がゼリーだから、あっさり食べられて後味もどこか儚い。最後に残しておいたさくらんぼはあまりに瑞々しくて、ひと粒だけなのが惜しいくらい。
スプーンを置いたら向かいの空席が目に付いた。感想を送ろうと鞄の中のスマホを探る。先輩も、たまには息抜きくらいすればいいのに。卒業制作は大変だってことは色んなところから聞くけれど。
そこではたと気づく。わたしはどうしてこんなに、先輩の不在に影響されているのだろう。だって来年になったら先輩は卒業してしまうのに。いないのが日常になるのに。
向かい合って静かにパフェを食べる。そんな年に何回かの行事がなくなってしまうだけで、きっとすごく寂しい。
先輩が届かないところまで行ってしまう前に、手をつかんで引き止めたらどうなるのだろう。浮かんだ妄想に小さく首を振る。最初から届いていないっていうのに、ばかみたいだ。
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