七月とイカスミのパエリア

 和服姿以外の森田先輩は初めて見た気がします。半袖のTシャツに下はツナギ、存外豊かな胸と細い腰。先輩はきっと洋服も似合うのでしょう。ラフな格好でも少しばかり色気があります。


 さて、久しぶりに部員全員で顔を合わせたものの、場の空気はぴりぴりしています。理由は私たちがいまだ新入部員を獲得できていないからに他なりません。まぁ森田先輩もイレギュラーで入った私しか捕まえられなかったことを考えると、これで普通なのかもしれませんが。


 料理を待ちながら森田先輩はため息をつきます。


「もう七月よ? そろそろ積極的に動かないと廃部の危機じゃない」


 答える者はいません。新部長の瑞季先輩といえども、森田先輩には反論できないみたいです。昭島先輩も押し黙ったままですし。ますます不穏な空気になる中、料理が運ばれてきました。平たい鉄鍋に載った黒いパエリア。かすかに焦げ目のついたトマトの赤が目に鮮やかです。それから、別のお皿にくし切りのレモン。


「そうね、とっておきの秘策があるわ。食べながら話しましょう。ご飯は美味しく食べなきゃね」


 言って、森田先輩はスプーンを手に取りました。小皿に一人分ずつ、きれいによそってくれます。トマトとホタルイカとレモンは一人にひとつ。


「頂きましょうか」


 変わらない森田先輩の声がやけに心強く感じます。シンプルな銀色のスプーンでひと口すくうと、ほわりと控えめな湯気がたちました。


 口にすればイカスミの濃い動物性の旨味、あとを追うようにトマトとオリーブオイルを感じます。絶妙に芯の残されたお米は火に当たったところがカリカリとしています。ホタルイカもイカスミも、余計な臭みのない爽やかな味わいです。そして遠くににんにくの香り。


 レモンを絞ればさっぱりとして、しっかりとした味付けを引き立てます。雰囲気が変わって、飽きが来ません。それからなんといってもトマト。表面のこんがりとしたところは香ばしさもあり、中は熱を加えたことで果物のような甘さが立っています。噛めばみずみずしさが舌に広がります。


 結局誰も口をきかないまま、すぐに食べ終わってしまいました。森田先輩は口元を拭いながらにこりと笑います。


「ごちそうさま。すっかり夢中になっちゃった。遅ればせながら秘策を伝授するわ」


 全員の視線が一点に集まります。


「浴衣会よ。浴衣は和装の入り口としてぴったりだもの。きっと興味を持ってくれるわ。企画はもちろんみんなが決めてね。ポスターやビラを配るのはやった方がいいかも」


 伝票を持って席を立った森田先輩は、私たちにもう一度微笑みかけます。


「日にちが決まったら教えてね、きっと顔出すから」

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