和洋折衷とブッシュドノエル

「クリスマスでも着物なんですね」


 私は向かいに座った森田先輩を眺めながら思わず呟きました。今日は特別、気合いが入っているように見えます。真っ赤な着物にモスグリーンの帯、極めつきはクリスマスツリーの帯留め。髪は編み込んで金色の星の飾りをつけています。いつにも増してキラキラした姿です。


「言うまでもないわね。最近はクリスマスモチーフの着物や帯もあるの。使う機会が限られているから、なかなか手が出ないけどね。この帯留めもブローチを改造したものだし」


 他の先輩たちも、なんとなくクリスマス仕様に装っています。雪花模様の着物の真紀先輩に、紺地の着物に銀の帯を合わせた瑞季先輩。男性陣はいつも通りというか、シックな感じですけれど。でも色は昭島先輩が深緑、及川先輩が臙脂でちょうどクリスマスカラーです。


 そして目の前にあるのは、白いクリームで装ったブッシュドノエル。六人では少し多いのではないかという大きさです。上にはココアパウダーが振りかけられていて、白樺を思わせるような見た目をしています。年輪をかたどったチョコレート細工が、木の断面にあたる場所に添えられていました。


 森田先輩がナイフを手にニコリと笑いました。ステンレスのきらめきがちょっと怖いです。


「やっぱりイベントは思い切り楽しまないとね。色んな国の文化を変化させながら自分たちのものにしていくのって、すごく日本らしいと思わない? 和洋折衷って言葉もあることだし」


 すっと、ケーキの丸太が切り分けられました。断面のスポンジはこっくりした緑色をしています。巻き込まれたクリームは外と同じ純白です。


「もしかして、抹茶ですか?」

「当たり。これも和風アレンジの一例よね」


 クリームと一緒に、あずきも入っているようです。赤みを帯びた黒の粒がちらりとのぞいていました。森田先輩は大きく切ったそれぞれをお皿に載せていきます。それでも配りきれない分が大皿に残っています。


「おかわりは早い者勝ち。では、いただきますっ!」


 おかわりをする余裕などあるのかなんて、誰も思わないようでした。私も慌ててフォークを取ります。


 新入生特権ね、と言われて森田先輩がくれたチョコレートから一口。限りなく薄いそれは、ホワイトチョコとビターチョコで出来ていました。舌に触れてすぐに溶けてしまう儚さの中に、ビターチョコの苦さとホワイトチョコのまろやかさが混じり合います。


 次は本命の、ケーキにフォークを当てました。切れるときの確かな弾力、きめ細やかなスポンジの質感が期待を膨らませます。


 クリームはさほど甘くなく、見た目よりずっと軽く食べられます。そこへ噛むたびに抹茶の豊かな香りがとほろ苦さがしみてきて、絶妙なバランスで一体になっていきました。


 糖分を抑えた全体のなかで、あずきのストレートな甘さがときどき感じられます。うん、見た目よりもたくさん食べられそう。


 そうこうするうちに、大皿はすっかり空になってしまいました。私もお腹いっぱいです。森田先輩はいつものように手を合わせます。


「ごちそうさまでした!」


 私たちもそれにならって、声を揃えました。森田先輩が柔らかく笑って立ち上がります。


「今年の活動もこれで終わりね。来年もよろしく、良いお年を」


 私はその表情のあでやかさに、一瞬言葉を失ってしまったのでした。

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