学園祭打ち上げとミルクレープ

 今日は学園祭の打ち上げです。ティータイムのプラタナス食堂に、和装倶楽部のメンバーが集まっています。ちなみに学園祭では模擬店をやりました。具をいろいろ選べる鯛焼きは好評で、最終日には売り切れも出てしまいました。鯛焼きの型は森田先輩がどこからか要らなくなったものを引き取ってきたそうです。いったいどんなツテなんでしょうか。


 席は入学式以来の予約席です。それにしても、ご飯以外でこうして集まったのは初めてなんじゃないでしょうか。


「今日はどうしてランチじゃないんですか?」

「まあ、見ればわかるよ。私はこれを学祭打ち上げの定番にしたくてたまらないの」


 森田先輩はにやにやするだけで、詳しく教えてくれません。余計気になってしまいますよ。ほどなくして先輩の言う「これ」を知ることになりました。


 運ばれてきたのは、丸のままのミルクレープです。卵色の生地に網目状の焼き色がまんべんなく入っています。レースの模様みたいにも見えますね。上にはクリームをはじめ、装飾のたぐいは一切ありません。つや出しの飴みたいなものも掛かっていない、さらっとした表面をしています。


 テーブルの真ん中にどん、と置かれたそれを昭島先輩が均等に切り分けていきます。すっ、すっ、とナイフが入っていくのが心地よく感じられました。


 いよいよ、各自のお皿にミルクレープが取り分けられます。現れた断面は白と卵色のみごとな地層を描き出しています。かぎりなくバランスの良い、生クリームとクレープの重なり。余分な飾り付けはひとつもありません。


 私のお皿にもミルクレープがやってきました。年輪のような、地層断面のような側面がしっかりと白いお皿の上で立っています。


「いただきます」


 いつものようにみんなで手を合わせて、いっせいに食べはじめました。フォークをあてると、ぷちぷちとした感触でクレープがはじけていきます。


 口にしたとたん、優しい甘さが舌を包みました。クリームもクレープも、それぞれ程よい砂糖が加えられているようです。クレープは卵の風味とバターの香りが噛むたびにふわりと立ちます。その奥に焼いた香ばしさがほのかに感じられました。生クリームはひたすらになめらかで濃く旨く、クレープの素朴な味を引き立てています。


「このミルクレープは模擬店の売り上げから払いますよ。まさに学祭の集大成ってわけ」


 一足先に食べおわった昭島先輩が、爽やかな笑顔で言います。舌の上でほどけるミルクレープの味が、またひとつ特別に感じられました。でも、利益はもう少しありそうですよね。あんなに売ったんですから。疑問はあとに続いた森田先輩の言葉によって解けました。


「残りの売上金は、着物のメンテナンスに使うの。具体的には丸洗いが主かな。言ってしまえばドライクリーニングね。水性の汚れは取れないけど、だいたいはこれで済むわ。今年はシミ抜きが必要なの、あったっけ?」

「今のところはなさそうかな。っていうか、そこらへんは香夜の方が知ってるはずだよ」

「うーん、もう一度チェックしておきますか」


 和装倶楽部は今日も平和です。その幸せにひたりながら、私はミルクレープをもう一口頬張りました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る