雨の日とロールキャベツ

 昭島がお冷をコトンと置いた。白いワイシャツとジーンズという格好。ふだんは掛けない眼鏡をしている。部活のときは和装だから、いまひとつ見慣れない。


 かくいう私も作業を抜けてきたばかりで、長袖のTシャツにレギンスをあわせた適当な服装だった。髪の毛もきっちりお団子に結いあげているし。


「で、今日はどうしたんだ」

「どうもしない」

「僕ひとり呼び出す時はいつも何かあるじゃないか」

「人恋しくなっただけよ。もうずっと雨だし」


 食堂の大きな窓からは、雨に濡れた構内が見える。このところ晴れる日はほとんどなくて、いつも雨音がまとわりつくように感じていた。


「香夜は雨が嫌いだね」

「そう、雨はきらい。わけもなく寂しくなるから」

「でもそれだけじゃないんだろ」

「それだけよ。課題の締め切りが近いのはいつものことだし。中間講評でボロクソに言われるのもいつものことだし」

「そういうの全部言えばいいんだ。ほかには?」

「学生課は対応が悪い」

「それはもはや周知の事実」

「うん、知ってる」

「困ってたら、っていうか何もなくても手伝うから必ず言えよ」

「ありがと。いつも頼ってばかりでごめんね」

「頼ってくれた方が安心するんだよ」

「そっか、もっとうまく生きられたら良かったのにね。私」


 昭島は私と目を合わせたまま少し黙る。答えに困っているのかもしれない。タイミングよく、店員がお皿を持ってやってきた。


「来たよ、ロールキャベツ。また悩ませちゃったね。あんまり気にしないで」

「気にするよ。香夜は時々、頑張り過ぎる」

「ごめん……じゃないね。ありがとう」

「ん、食べようか」


 白い深皿に入ったロールキャベツが湯気を立てている。鮮やかな黄緑色のくるんと丸まったキャベツが、コンソメの海のなかに浮かんでいる。


 どちらからともなく手を合わせて、カトラリーを手に取る。金属の冷たさを妙に強く感じた。


 ロールキャベツはさしたる抵抗もなく切れた。ハンバーグにも似た断面から肉汁が溢れて、コンソメの表面に広がる。


 口にすると、まずキャベツの表面が舌にふれる。火の通りかたも程よくて、柔らかいのに弾力が残っている。甘みのあるキャベツそのものの味とともに、お肉とコンソメの味が染みている。


 噛めばキャベツがはじけて、お肉の旨味があらわになる。塩気がほの甘いキャベツを引き立て、風味をより強くする。コンソメと肉汁がとろとろと舌を潤した。


 スープをひとさじすくう。澄んだコンソメがスプーンの上で光る。コンソメにロールキャベツからの味がとけて深みが出ている。優しくて、安心する味。


「香夜」


 名前を呼ばれて顔を上げた。昭島が手を止めてティッシュを差し出している。駅前でよく配っている、スポーツジムの広告付きの。


 反射的に頬を触る。右だけすこし濡れていた。


「ありがとう」


 慌てて拭って、フォークをふたたび手に取る。温かなロールキャベツを噛みしめると、今度は左から涙が落ちた。


「泣きながら食べても味なんかわからないだろ」

「平気。もう泣かないもの」

「無理するなよ。泣ける時は泣いた方がいい」

「少なくとも、今じゃないわ」


 それから、私は思い立って言う。


「週末、ケーキを焼こうと思うの。良かったらうちに来て」


 返事よりも先に、 昭島のほっとしたような笑みが答えを教えてくれた。

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