幼馴染と茄子のミートソース・スパゲティ

 咲がアトリエを訪ねてきたのは、初秋の太陽が眩しいお昼のことでした。


 風が涼しくなってきて、そろそろ浴衣も終わりの時期かもしれません。和装倶楽部の先輩が言っていた「浴衣で作業」が今年は実現しそうにありません。


 ひらひらと手を振ってくる咲に応えて席を立ちました。口数は多くないのに意外と物怖じしないようで、知らないはずのアトリエにも緊張したそぶりを見せません。

 廊下に出ると、昔から変わらない柔らかな笑顔で咲が話を始めます。


「久しぶり。こんなに近いのに今まで遊びに来なかったなぁ」

「確かにね、油画と日本画は建物も隣だし、必修も結構かぶってるのに」

「だよね、授業でも喋ってない。そもそもどこに座ってるのか知らないもん」

「同じ専攻の子と話す方に必死だったかも。咲とは地元でも会えるし、メールだって出来るし」

「いざとなると、どっちもしないけど。結局前期は一度も会わなかった」


 咲とは幼稚園からクラスも離れたことがないのに、共通の友達がさほど多くないという妙な関係です。まさか同じ大学に進むとは思いませんでした。


「咲は変わらないね、なんか安心した」

「そっちこそ。大学デビューして別人になってたらどうしようかと思ってたけど、全然変わらないね」

「まさか私がそんなこと」


 着物デビューはしたけど、と思いつつ答えておきます。どちらにせよ別人になるつもりはありませんし。


「そうそう、一緒にお昼でも食べようかと思って来たの。学食でどう?」

「私もそろそろご飯にしようと思ってたとこ。ねえ、学食より良いところがあるんだけど、行かない?」

「プラタナス食堂?」

「何だ。知ってたの」

「うん、お昼は混んでそうで行ったこと無いんだけど」

「どうだろう、待つかなぁ。午後授業ある?」

「無い。ちょっと待つくらいなら学食より良いかも」




 ちょうど席が空いて、待たずに座れました。昼時の食堂はいつもよりせわしなく感じられます。カトラリーやお皿が触れ合う音だとか、話し声だとか、様々な音が混ざって空間に満ちています。


 私たちの話す声も、まわりの人たちの音と一緒になって広くはない空間に散っていきます。お喋りはいつも、他愛もないことばかり。久しぶりの話は尽きることがありません。笑い転げる咲の、昔から変わらない言葉や声を懐かしく感じました。


 待つ時間はとても短く思えました。私たちが実技の課題について話している時、湯気の立つお皿が運ばれてきました。


 丸いグラタン皿を大きくしたようなお皿に、とろけたチーズの海が広がっています。透けて見えるのは、輪切りにして揚げたナスでした。お皿のふちの方にミートソースとぷるんとしたスパゲティが覗いています。


「いただきます」


 私の声を追うように咲も手を合わせました。フォークを手に、さっそく取り掛かります。


 溶けたチーズは糸のように伸びて麺と一緒にフォークに絡みつきます。ミートソースの絡んだ麺からは湯気が盛んに出ています。

 口に運ぶと、まずミートソースのお肉や野菜の旨味が舌に広がりました。それからスパゲティの弾力と、かすかな塩気が追ってきます。


 噛むほどにチーズの豊かな風味が溶けだして、すべての味と調和していきます。チーズってかなり何にでも合う味なんじゃないでしょうか。

 ナスは油を吸ってピカピカに照っています。フォークを刺せばすんなりと通ります。そのままパスタを巻きつけて一緒に頰張りました。


 ぱりっとした表面が歯に快く、すぐに熱く柔らかい中身が舌に触れました。ナスの水分と油とが交わってみずみずしく感じられます。

 それにチーズが合わされば、動物性と植物性の旨味がかけ合わさってもう言うべきことなどありません。


 かかっているものだけでも素晴らしいと言えるのに、茹で加減もぴったりアルデンテのスパゲティが油分を中和して、いくらでも食べられそうです。


 もちろんずっと食べ続けられるわけもなく、お皿はきれいに空になりました。


「ごちそうさま」


 とフォークを置くと、咲がくすっと笑いました。


「ねえ、口についてるよ。拭きなよ」

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