スカート禁止と鶏の唐揚げ定食
森田先輩と二人でランチです。浴衣にはだいぶ慣れてきて、一人でなんとか着られるようになりました。和服を着るようになる前の想像よりも、帯が苦しくなくて快適なのは発見です。森田先輩の着付けには敵いませんけれど。
「先輩、楽に着付けるコツってありますか?」
「慣れだねぇ。自分に合った腰ひもの位置とか、着崩れない程度にゆるく結べる感覚を覚えるとか。それにしてもどうしたの、急に」
「洋服だったら、ご飯おかわりしても平らげられそうなんですけど。ちょっと難しそうなので悔しいんですよ」
「君、結構食べるんだね」
最近知ったのですが、定食の場合ご飯とお味噌汁のおかわりは無料なのです。学生には嬉しいですね。
「さ、冷める前にいただこう」
目の前には、出来立ての鶏の唐揚げ定食。山盛りの鮮やかな千切りキャベツと、からっときつね色に揚がった鶏の唐揚げのお皿がメインです。
それから、つやつやふっくらなご飯と盛んに湯気を上げるお味噌汁、小鉢に入ったほうれん草のおひたしがお盆に乗っています。
まずは唐揚げを一口。ざくっとした薄い衣を破ると、さらりとした肉汁が溢れ出します。下味のお醤油と生姜の味と香りが口いっぱいに広がりました。火傷しそうに熱いですが、止まらなくなってしまいます。
均一に細く切られたキャベツは、それでもシャキシャキとした食感を保っています。歯に当たるごとに控えめな甘みが染み出して、肉汁をあっさりと中和していきます。
すかさずご飯に箸を伸ばします。粒が立ってもちもちとしたお米は、噛むほどに甘さを増して唐揚げやキャベツの旨みを取り込むのです。塩気を和らげながら単体でさえ魅力を感じられる白米、万能と言えますね。
そしてお味噌汁に口をつけます。今日は油揚げとカブが具材です。カブのほっこりした食感とトロリとした甘み、油揚げのコクが相性ばっちりです。カブの葉が刻んで入れてあるのも、食感を楽しめて良いです。
おひたしはしっかり冷えていて、みずみずしいほうれん草が箸休めにぴったりです。葉物野菜らしい仄かな甘みも感じられます。大きく薄く削いだかつお節が乗っていて、醤油と共にほうれん草だけでは足りない旨味を補っています。
大きなくし切りのレモンを一絞りして、唐揚げの二巡目を始めます。ボリュームのある唐揚げを酸味でさっぱりと食べられます。レモンの爽やかさが更に食欲をそそるのです。
お米の最後の一粒を口に入れると、お腹はいっぱいになっていました。それなのに味覚としてはもっと食べていたい気がします。
名残惜しくお冷を飲んでいると、食前の会話がよみがえりました。以外と和服は生活しやすいこと。そういえば、和服の動きやすさで思い出したことがあります。
「先輩って、インダストリアルデザイン科でしたよね」
「そうよ」
森田先輩がお冷を飲みながら答えます。インダストリアルデザインは、工業製品の設計からプロトタイプ制作までを行います。
「この前、他科交流授業でインダストリアルデザインを取ってたんです。あの工房、スカート禁止ですよね。普段どうしてるんですか?」
その工房では本格的な工作機械を使います。ゆえにスカートを始め、サンダルや半袖など肌が見える格好や装飾がひらひらするような服は禁止なのです。つまりほぼ全員、スニーカーにツナギを着用している場所です。
対して、森田先輩の普段着は和服です。いつ会ってもそうでした。まさかそのまま工房に突撃はしますまい。
「部室で着替えてるの。何のための部室って話よ」
そうですよね、安心しました。
「君は日本画科でしょ。割烹着で作業できるじゃない。いつかやれば?」
今すぐ、と言わないのが森田先輩のさりげない気遣いなんでしょうね。和服で作業。想像すると、ちょっと楽しそうです。
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