裸婦クロッキーとラズベリーソーダ

「まさか真衣子がモデルだなんて」


 私がそう言うと、白いブラウスをまとった幼馴染はわざとらしく顔をしかめた。純日本人にしては彫りの深い顔の目の前で、ラズベリーソーダがぱちぱちと泡を生んでいる。


「私も。まさか咲に裸体を見られるとは」


 均整の取れたからだ付きを思い出しかけて慌てて止める。本人が目の前にいるのが少々気まずい。終わった後に呼び止めてお茶に誘ったのは私だけれど。


 毎年夏休み最後の週、自由参加のクロッキー会が催される。クロッキーというのは短時間で描くデッサンみたいなものだ。自由な画材をつかって、一分から十分くらいの短い時間で区切ってモチーフのかたちを捉える。

 モデルさんはその度にポーズを変え、描かれている間は動いてはいけない。見た目以上の重労働である。


「真衣子は昔からバレエやってたし、しっくりはくるかなぁ。脚のかたちも綺麗だし」

「ありがと。私は本当にそれだけで生きて来た感じなんだよね」


 彼女はストローをかるく噛んで笑った。小学生の頃から、背筋が伸びて外股ぎみのダンサーらしい立ち姿だった。踊りというのはその人の動きの全てに深く関わっているのだろう。


 私は自分のグラスに目を落とす。底に沈んだラズベリーから次々に気泡が立ちのぼる。

 添えられた長いスプーンで底をかき混ぜると、ルビー色のシロップが蜃気楼のように広がった。

 ラズベリーをひとつ掬いあげて、口に入れた。炭酸を吸った実は表面がしゅわっとした。噛めば粒々の種と鮮やかな酸味を持った果肉が弾ける。


「私はあの頃ほんとうに目立たない子どもだったからなぁ」


 羨望を込めて言葉を放る。真衣子は意外そうに首を傾げた。


「そうかな。私はいつも、咲の描くイラスト見るのが楽しみだった」


 私はつかの間ことばを失って、まじまじと彼女を眺めた。すぐに嬉しさが追いついてきて、小さく呼吸をした。


「ありがとう」


 ストローで吸い上げたラズベリーソーダは甘く酸っぱく、森の日向の香りがかすかにした。泡が舌を喉を通り過ぎながら幾度も弾けた。

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