夏制作と薬味たっぷりそうめん

「この暑いのに昼まで何も食べないなんて、体に悪いって」


 呆れ顔で加奈が言う。


「逆だって。暑いと朝はお腹空かないから。昼は早めに食べるつもりだったし」

「今何時か分かってる?」

「十時ジャスト」

「美佐子が工房に来たのは?」

「七時半くらいかな」

「かれこれ二時間半も飲まず食わずで働いているんだから、そろそろ休憩でいいでしょ」

「うん、だから降参してる」


 私たちの目の前には汗をかき始めたお冷のグラスがある。ここは空調のいまいち効かない工房じゃなくて、清潔感のある食堂だ。夏休みとあって普段よりずいぶん空いている。

 土埃だか石膏だかわからないザラザラにまみれた作業場が嘘みたい。あそこは教室というより倉庫だし。


 やがて加奈が勝手に注文した料理がやってくる。切子の透明なボウルに、半ばくらいまでつゆに浸ったそうめん。

 上にはこれでもかと薬味が積まれている。大葉、おくら、万能ねぎ、みょうが、生姜、すりごま。


「このくらいなら食べられるでしょ」


 確かに夏にはぴったりだし、涼しげで食欲をそそる見た目だ。だけど加奈があんまり得意気だから黙っていることにした。元々自信家なんだからこれ以上鼻を高くしてやることはないだろうし。


 加奈は快いスピードでそうめんを口に運んでいる。薬味を噛む、ぱりぱりという音が向かいの私にまで聞こえる。


 つられて私も箸を動かす。そうめんの水のようになめらかな表面が口を通り過ぎる。おくらの粘りのある食感と生姜の辛さとすりごまの甘さとみょうがの香り、ねぎのつんとした風味が味蕾と鼻腔を刺激する。最後に歯に触れた葉の厚い大葉は懐かしい味がした。


 むかし母の実家で食べた、井戸水で洗ったばかりの大葉。その滴り落ちる透明な雫までありありと思い浮かんだ。


 現実に立ち返ると、にやけた顔でこちらを伺う加奈がいた。私も観念して、唇で笑う。


「参りました」

「気に入ったなら、今度アイスおごってよ」


 友人の言葉を表面上は無視して、帰り道にアイスを買う算段をつける。夏休みは始まったばかり。夏課題もまだ始まったばかりだ。

 工房で毎日顔を合わせるのだろうから、加奈が忘れた頃でもいいかもしれない。

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